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Truck Track

6.Fireworks syndrome   

 ――坊ちゃん、お疲れではありませんか?
 そういって、手を引く執事の影のむこうで赤い閃光が走っていた。うなずきながら、ジョシュアは、空を見上げていた。
 真っ暗な空の上、ぱーっと輝いて広がる普段見なれない色の炎を見た瞬間、とどろく音にびくりとする。直後、その後その後あがってくる、ひゅーっと笛を吹くような音に、ジョシュアは次の花が開くのを予感したものだ。
「見ろ、ジョッシュ!」
 わはははは、と笑いながらこちらに寄ってくる、軍服の男はさておき、ジョシュアたちは、さる街で今日も夜を過ごしていた。例のぼろトラックは、一日のお勤めを終えて、休ませろ、とばかりに、夜の道にどすんと乗っかっている。ジョシュアは、その荷台に座って、今日、この街で行われているという花火大会を見上げていたのだ。
「聞いているのか、ジョシュア!」
 とうとう、駆け寄ってきた、例の存在がうるさい軍曹殿。リョウタ・アーサー・タナカが、そう声を荒げる。正直、返事をするのが面倒だったが、返事をしないとうるさいので、ジョシュアはやれやれと思いながら返事をした。
「どうしましたか、軍曹殿。子供みたいな振る舞いして許される年でもありませんでしょう?」
「き、貴様、いきなり何を無粋なことを言う!」
 軍曹殿は、なにやら出店で買い込んできたらしいものを抱えたまま、むっとした顔になった。
「こういう祭りの時は、多少子供に帰ってもいいことになっている。大体、オレはまだ若いといえば若いのだ!」
(傍目からみりゃ、結構おっさんだけどな)
 そんな辛らつなことは、さすがに口には出さない。とはいえ、実はジョシュアのほうが若干老けて見えるぐらいだから、下手すると軍曹殿は若く見えるのかもしれない。
「ふん、貴様、どうせ花火などみたことないのだろう。だからはしゃがないのだな!」
「失礼な、それぐらいありますよ」
 ジョシュアは、そう返す。
「ま、今じゃ、シティでは、天球スクリーンのイルミネーションが普通ですけれどね」
「なんだ。それは」
「知りませんか? 大空をスクリーンに見立てて、レーザーで絵を描くっていうアレです。植民市ならではの、人口大空が役に立つというわけですね」
「音が鳴らないのか」
「騒音扱いですからねえ。スクリーンならCMも流れますし、一石二鳥なんですよ」
「それは、果てしなくつまらなくないか?」
 軍曹殿が、拍子抜けしたような顔をした。
「まあ、そうかもしれませんが」
 花火のあがるおとは甲高くないといけない。
 ヒューッと甲高く、けれどもそんなに硬質になりきれない、ちょっと幽霊がふざけているみたいな、ああいう音でなければならない。
 本当は、ジョシュアだって、珍しくそんなこだわりを持っているのだった。実はジョシュアも、あのおとは好きだった。続けてくる大きな破裂音は、小さい頃、嫌いだったのだが、でも、あのけたたましいようで、儚い音は、好きだった。
 ジョシュアが花火を見たのは、随分子供の頃の話だ。ジョシュアは、執事の爺さんに連れられて花火大会を見に行ったのを覚えている。忙しい両親は、彼が物心ついてから、こんなイベントにつれていってくれることはなかった。やさしかった執事との楽しい思い出だけれども、ジョシュアにとってはどこか複雑な思いを思い起こさせるものだった。
 それに、……さきほどからぼんやり音を聞いていて、ジョシュアはあることを思い出したのだ。
「……ここのところ、火薬といえば、爆弾の破裂するのしか見てませんので、あんまりはしゃぐ気持ちじゃありません」
「貴様、発想が不毛な上に不幸なやつだな。こういう場合は、すかっと仕事のことは忘れ去って楽しむのだ」
 軍曹殿があきれた顔で呟いた。そんなことをいわれても、実際このごろはそうなのだから仕方がない。
 そう、だって、この前にああいう音を聞いたのは。ジョシュアは、夜空に緑色に輝く炎色反応を見ながら、ぽつりと思った。
 そう、この前、ああいう音を聞いたのは、軍曹殿とこっちに落っこちてくる前だ。

 ジョシュアは、あの時、ぐっすりと眠っていた。輸送機の中では交替で、あれやこれやをするものだから、その前の日、ジョシュアはちょうど夜に番をした後だった。だから、そのとき、輸送機に銃弾が撃ちこまれていても、全然気付かずにぐっすりと寝ていたのだ。
 ジョシュアが、とうとう目を覚ましたのは、突然コックピットからドーンという爆音が鳴り響いたときだった。花火か、などという平和な考えが浮かぶはずもなく、ジョシュアは、敵の襲撃を知ったのだった。
 慌ててジョシュアが、休憩室から外に出たとき、すでに人気はなかった。音のした操縦室のほうまでいくと、そこは真っ赤に燃え上がっていた。
 地獄のような赤い色に、見慣れた輸送機の中は、まるで機体ごと異世界に投げ込まれたかのように見知らぬものになっていた。ジョシュアは、何かに憑かれたように、赤い炎がはじけるのを見ていた。
 いいや、あの時、別に死ぬつもりなどジョシュアにはなかったのだ。だが、妙な、もしかしたら、諦めみたいな気持ちが、彼のどこかにあったことは否めないのかもしれない。もしかしたら逃げられないのかもしれない、という気持ちが、瞬間的にジョシュアの心にあったのは間違いない。それでだろうか。ジョシュアは、その場に立ちつくしてしまっていた。
「ジョシュア!」
 いきなり、肩を力任せにつかまれて、ジョシュアは我に返った。背後には、鬼のような形相の軍曹殿が立っていた。赤く染まった部屋の中で、顔色はわからなかったが、もしかしたら、あの時軍曹殿はヘルメットの下で真っ青になっていたのかもしれない。
「貴様、何をしている! 死ぬ気か!」
 開口一番、軍曹殿はそう怒鳴った。思わずジョシュアは、返事なのかどうなのか、曖昧に答えてしまった。
「い、いえ、あの……」
「なら早く脱出しろ! ここはもうだめだ!」
 ジョシュアの言葉を否定と決め付けて、軍曹殿はそういってジョシュアの肩を押した。慌てて駆け出すジョシュアの後から、軍曹殿は、誰か残っていないか確かめてついてくる。
 そしてあの時、燃え尽きる前の輸送機から、彼らは飛び降りたのだった。
 
 あの時、軍曹殿がいなければ、自分は本当に死んでいただろうか。
 ジョシュアは、そんなことを考える。軍曹殿は、そういえば、ジョシュアを助けなければ、こうやって妙なところに迷い込まずに済んだのかもしれない。けれども、軍曹殿は、隊長だから、自分の部下の無事を確かめずに降下するわけがないから、軍曹殿が最後に輸送機を飛び降りるのは、決まっていたといえば決まっていたのだ。それに、通信機を落としたのは、軍曹殿の責任である。
 そう考えれば、別に自分が申し訳なく思わなくてもいいのかもしれないが、だが、珍しくジョシュアは、ちょっとだけ軍曹殿に対して申し訳ないような気持ちになった。
「軍曹殿は……」
 ジョシュアはぽつりと言った。
「こういうアテがあるような、ないような旅はお好きですか?」
「む、なんだ。いきなり何を言い出したと思えば! 曖昧な言い方をするな! 大体、オレは若い頃、ヨーロッパを放浪したといっているだろうが。オレは元から旅好きだ!」
「あれ。そうでしたっけ」
 ジョシュアの気持ちを理解はしていなさそうな、軍曹殿が、そんなことを返してくる。
「今まで各地の話をしただろうが! 忘れるな!」
(あれはそういうことだったのか)
 ジョシュアは、なるほどね、と顎をなでつつ、そう思う。頭上では、大きな音と共に、赤い花火が閃光を夜空にひらめかせていた。
 と、ふと、近くで何かが軽くはじける音がしたので、ジョシュアは、ふと足元のほうを見た。いつの間にか、軍曹殿がしゃがみこんで何かやっているのだ。
「何を不審なことをしているのですか」
 ジョシュアがひょいと覗き込むと、軍曹殿の手元になにやら細い糸のようなものが握られている。そこから、ちらちらと火花が出ていた。上で繰り広げられる壮大な花火とはえらい違いで、それはささやかで、どこか可憐な印象もあった。最初は盛大に炎が出ていたが、徐々にそれは静かにちらちらと散り始める。
「何です?」
「先ほど買ってきたのだ。こんなものが売っているとは思わなかった!」
 軍曹殿は、子供のような笑顔を浮かべながら、無骨な手でそうっとその先を握っていた。
「これは、線香花火という奴だが。うまくしないと、長続きせんのだ」
「……軍曹殿、そんな地味なもので何が楽しいんです?」
「き、貴様! 線香花火を侮辱するのか!」
 軍曹殿がそういって、思わず食って掛かりそうになったとき、握っていた線香花火の先のかたまりがぽとりと地面に落ちて、すぐに冷えて黒くなっていった。
「あっ! 貴様がいうから! もっともたせる予定だったのに!」
「……儚いですねえ」
 冷たいジョシュアの言い方に、軍曹殿は、ちっと舌打ちして、線香花火とやらをもう一本取り出した。
「貴様は、童心に帰るということを知らん。ドラゴンを並べて点火する時の喜びもわからんのだろうな」
「ドラゴン?」
「ふん、ハイカラ家庭の貴様には、わからぬ世界だ。貴様には全然わからん」
 ハイカラ家庭とは一体どういう意味なのか。ぶつぶつ言い始める軍曹殿を鬱陶しそうに無視して、ジョシュアはいつものように聞き流すことに決めた。
 花火なんて見ると感傷的になっていけない。空に上がる花火も、軍曹殿の手元にある線香花火も、儚いからこその美しさがあるから、余計そういう気分になるのかもしれない。どうも、感傷的になっていけないのだ。
 本当に、花火なんてみると感傷的になっていけない。けれども、ジョシュアは、あの時、執事とみたように、またシティで花火を見られるといいなあと、なんとなく思った。


 軍曹殿とジョシュアが基地につくころには、シティにも花火大会が復活しているかもしれない。
  





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背景:MIZUTAMA様からお借りしました。
©akihiko wataragi