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Truck Track

   Gass Station


 砂に煙る町の風景はどこか寂れていて、一種の哀愁を感じさせる。
 昔の映画でこんな風景がそういやあったっけ。
 ジョシュアは、不意にそう思った。寂れた町を出て行く主人公と金髪のきれいなねーちゃんが、別れの抱擁をかわしたりして……。
「ジョッシュ!」
 それでもって、「どうしてもいくの?」などと、潤んだ瞳で聞いてくるわけだ。男は男で「どうしてもいかなきゃいけないんだ」などというわけだが、よく考えると贅沢な上にひどい奴だとジョシュアは思うのである。キレイな女性を前にして、お前、それはないだろう。
「聞いているのか、ジョッシュ!」
「金髪美人の話ですか、軍曹殿?」
「何をいっとるか!」
 軍曹殿があまりにもうるさく、ジョシュアのちょっと幸せな想像をぶち壊してくれた。仕方なく答えたジョシュアが、彼の顔を見ると、意外にも割と二枚目な軍曹殿の顔は何となく焦っている。
「貴様、何をしている! はやく、それを止めろ!」
「は?」
 ジョシュアは首をかしげた。
「何をしているといわれましても、オレは軽油を入れておりますが……。あ」
 そういえば、ぼたぼたと音がしていた。ジョシュアがそっとしたに目をやると、足元にはすでに油の海ができている。ジョシュアは、ガソリンスタンドで給油中だったことを思い出した。
「軍曹殿、軽油が漏れました」
「貴様が入れすぎたのだろうが! とっとと止めんか!」
 今日も今日とて、何となく波乱の予感がする軍曹殿とジョシュアの道行きである。


 軍曹殿とジョシュアが、この大陸にやってきて、ちょっとと少し。やっぱり、街に入れば、買い物という名の物資調達をしなければならないのだった。
 あんなボロでも車は車。燃料を食わさなければ、ただの鉄くずに成り下がってしまう。鉄くずになられても困るので、こうして軽油を補給しているわけであるが。
「貴様は、注意力がまったくたりん!」
 軍曹殿はすっかりお冠である。ジョシュアは、肩をすくめた。
「そんな怒ることはないでしょう?」
 食料を買いながらジョシュアはため息をついた。
「ちょっとの失敗じゃないですか?」
「やかましいわ! 我々に残された財産は限られておるのだ! 余計な金がいったではないか!」
 それはジョシュアも知っている。そもそも所持金などロクロクもっているはずもない。今は、軍曹殿が持っていた金でどうにかこうにかやっている所もある。そのうち、バイトでもして稼いだ方がいいのだろうか。しかし、軍人がバイトなどどうなのだろう。
「ともあれ! 危急の時のためにオレがもっていた金もその内そこをつくのだ」
「そりゃー、まあ、そうですけどね。いざとなれば、軍の用事だとかいって拝借して、後で経費で落とせばいいんじゃないですか?」
「そんなことだから、近頃の軍人はなっとらんのだ!」
 軍曹殿は、鼻息荒く言った。
「簡単にそんなことをするのは、略奪とかわらん!」
「軍曹殿だってトラックは徴用したじゃないですか」
「そ、それはーッ! か、金がなかったからだっ!」
 さすがにいいにくそうに、顔をゆがめる軍曹殿だが、ジョシュアはちょっとだけ軍曹殿が哀れになった。なにせ、その時貰い受けたトラックは、問題だらけのアレなわけであるのだから。
(やっぱり、こんなトラック、スクラップにする金がもったいないから、くれたんだろうなあ。というか、金要らないとか言われたし)
 ジョシュアはひっそりとそう思う。あの時、トラックを渡すときに、店のオヤジが厄介払いができてよかった、みたいな顔をしていたことは忘れられない。ニブイ軍曹殿は、そんなことにも気付いていない。
「ともあれ、燃料と食料ぐらいは手持ちの金で何とかするのだ!」
 そうだった。悲しいことに、こんな鈍い軍曹殿も、ついでに自分も人間なので、食料がないと生きていけない。軍曹殿なんて中身が半分機械仕掛けじゃねえかと思うこともあるのであるが、別にサイボーグではなかったらしい。人並みに、いや、人以上に飯を食すので、正直エンゲル係数は高いと思う今日この頃である。
「省エネって知っていますか? 軍曹殿」
 ぼそりとジョシュアは、内心皮肉を込めてつぶやいた。
「なんだ! 何か言ったか!」
「いえ、なんでもありませんけど」
 ジョシュアは、そういってわずかに苦笑した。


がたがた揺れる車。シートを通してわかる道の悪さも、慣れれば気にならない。
「コレ、意外にうまいですね。この米のかたまり」
 ジョシュアは、貪り食っていたものを示しながら言った。相変わらず無感動風だが、それは彼なりに感情をあらわしたものでもある。
「米の塊ではない。それは握り飯という」
「……パッケージには「おにぎり」とありますが」
「同じ意味だ!」
 憮然とする軍曹殿に、ジョシュアは疑いの目を向ける。
「本当ですか?」
「な、何を疑っているか! オレは、幼き頃よりそれを食してきたのだ!」
「……左様で」
 ジョシュアは、何やら必死な様子の軍曹殿を横目に、先ほどの町で買ってきた米の塊を食べる。中に入ったサーモンが、最近ろくなものを食べていなかったジョシュアには、結構新鮮な味である。
 軍曹殿は、やはり少々仏頂面だ。先ほど疑われたのが、軍曹殿のアイデンティティ意識に作用したのだろうか。
「それにしても、言葉が通じましたね、先ほどの町」
「うむ、言葉が通じるようになってよかった!」
 どこかほっとしたように軍曹殿は言った。
 ジョシュアと軍曹殿が所属していた連邦では、公用語をほとんどの人間が使っている。敵兵とも言葉が通じるぐらいだから、いかに公用語が広まっているかということがわかるだろう。
 言葉が通じない場所は本当に限られている筈だった。なので、余計に言葉が通じると安心してしまうのだった。
「やはり、言葉が通じると安心するな!」
 ジョシュアが先ほど思ったことを、軍曹殿が反芻するように言った。
「ジョッシュよ! 基地は近いぞ! 喜べ!」
 軍曹殿は、思い出し喜びなのか、妙にテンションが高い。少年のような笑みを浮かべる軍曹殿に、ジョシュアは怪訝そうな顔をした。
(基地が近い? それはどうだろう)
 ジョシュアは眉をひそめた。
 確かに、先ほどの町は、言葉が通じた。行きかう人々の噂話も、彼らがしっている言葉だった。
 でも、だからといって、基地は近くなったのだろうか。ジョシュアは、この大地が見知らぬ、いや、自分達の連邦の力など及ばない遠い世界に思えてならない。
 自分達が、この大地に馴染んだから、だから言葉がわかるようになったのではないだろうか。
「軍曹殿……」
「む、どうしたあ!」
「……いいえ、何でも」
 ジョシュアは首を振った。さすがの彼でも、訊けない事がある。ジョシュアはふと、ここがもしかしたら死後の世界ではないかと疑ったのだ。
『貴様は宇宙植民市の生まれだから、大地をしらん! 本来はこういうものなのだ!』
 確かに、宇宙ステーションでしか暮らしたことのないジョシュアにとって、今回の降下というべきか、逃亡というべきかがはじめての大地だった。だからといっても、ジョシュアには、この世界は違和感だらけだ。
 実際は、自分達は、あの炎上する輸送機と運命を共にしてしまったのではないだろうか。時々、そんな風に不安におもうこともある。
「確かに、ここは妙な世界だが」
 不意に軍曹殿が言った。
「でも、オレたちは生きておるのだ。生きているということは、走っていけば基地がある!」
 ジョシュアの考えを見通したように、軍曹殿が前向きに言った。
「楽観的ですねえ」
「ふん。そういうものだ!」
 どうだか、と心で毒づき、ジョシュアは、握り飯を口に運んだ。米の甘さが口に広がると共に、ジョシュアは、ふと確信を得た。
 食べ物を食べてうまいと思うのは、おそらく生きているからだろう。そうでなければ、別に腹が減る必要もない。
「飯のうまい内は、基地に着ける気がしてきました」
「うむ、そうだろう!」
 ジョシュアがそういうと、軍曹殿は明るく言い、自分も握り飯を食べた。ウメボシとかかれたソレが、なんであるかはジョシュアは知らないが、軍曹殿には懐かしい味なのかもしれない。
 どこか生気のない、夢の中のような町だった。でも、軽油を入れすぎて、足元に油の海が出来た時、それを踏み鳴らした音は、あまりにも現実的だ。
 ここがどこだかしらないが、自分達は間違いなく生きている。だとしたら、どうにかしなければならない。
「軍曹殿、これ貰います」
「ん? ああ、って、貴様ああ!」
 そういってジョシュアが取ってきたのは、ショーチューという飲み物らしい。それにアルコールが入っているのは、火を見るより明らかだ。
「貴様あ! 一体何を考えているかー!」
 ショーチューというのは、軍曹殿の好きな酒らしい。そんなことは前々から知っているのだが、ジョシュアは全く悪びれない。
「ワンカップで二本ありますからいいでしょう!」
「貴様ああ! 任務中に何を考えているかー!」
 今日はいつもより、激昂具合がやたら激しい。
「軍曹殿も飲みませんか? あ、運転中は駄目ですね」
 ジョシュアは平然と言って、きついアルコールを流し込む。癖があるが、なかなか旨い。
「うまいですよ。軍曹殿もいかが?」
「貴様! 飲酒運転が危ないことは知っているだろうが!」
「わかっています」
「オノレ! 覚えていろ、ジョシュア!」
 わざとらしいジョシュアの様子に、軍曹殿は、くうっと歯噛みする。ちょっとだけ可愛そうになったが、ジョシュアは、アルコールと握り飯に、舌鼓を打つだけ打っておいた。


 軍曹殿とジョシュアが基地につく頃には、あのこぼれた軽油も乾いてしまっているかもしれない。





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背景:MIZUTAMA様からお借りしました。
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