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Truck Track

風を浴びるとき

 抜けるような青い空から吹く風が、全開の窓から激しく吹きつけてくる。軍人の割には長いので、軍曹殿に「軟弱者がー!」と怒られたりもする髪を風にそのまま遊ばせつつ、ジョシュアはぼんやりと今日のご飯を考えていた。
 相変わらず、トラックは、がたがた道を行く。基地を目指してはいるけれど、行き着く先は、どこになるのかわからない。
「ジョッシュ!」
 となりから聞こえてくる声は無視である。いいや、これは幻聴だ、幻聴。だらりと座席にもたれかかり、ジョシュアは隣を視界から消した。飯ぐらいゆっくり考えさせてほしい。
「聞いているのか、ジョシュア!」
「何となく、鼓膜は響いたようです、軍曹殿」
 やれやれ、と、言いたげなジョシュアは、やる気のない目を軍曹殿に向けた。一見男前なのだが、周りを熱い男のロマンオーラが取り囲む軍曹殿は、相変わらず、岩砂漠を走るには熱すぎる雰囲気の持ち主だった。
「ならば、返事をせんかー!」
「タイミングを逸しましたもので」
「それでも返事をせんか!」
(無茶言うなあ、この人は)
 ハンドルを握りつつ、いかにも古めかしい軍人口調で言うのは、リョウタ・アーサー・タナカ軍曹である。こちらはジョシュアとは対照的で、少々気力が暴走しがちのようだった。そもそも、今、こんな発音の仕方をする軍人も珍しいぐらいだ。
(暑い砂漠でよくも熱くなれるね、この人は)
 そのうち、自然発火しないんだろうか。となると、オレも巻き込まれるなあ。
 そんなことをジョシュアが思っている事は、絶対に秘密だ。ばれたら、延々と軍曹殿に説教を食らってしまう。
「にしても、一向につきませんね、軍曹殿。地図もないのに、やっぱり体内羅針盤はあてにならないんじゃないですか?」
「いうな! 信じて走ればなんとかなる!」
(それで何とかなったためしがないんじゃないんだろうか)
 軍曹殿にばれたらまた小言ですまなさそうなことをジョシュアはひっそりと考える。


 軍曹殿とジョシュアが、この昔の文明の大陸にさまよいこんで、ちょっとと少し。順応性の高いジョシュアは、がたがたゆれるトラックでも、快適に眠れるようになっていたし、別に高度な科学がなくても全然かまわなくなっていた。
 軍曹殿は順応性は高くないのだが、もともとデジタルが駄目な男なので、別に不便もないのだろう。そうだ、どちらかというと、軍曹殿は原始人に近い方なのだから。
「結構風がきついですね。軍曹殿」
「当たり前だ。今何キロで飛ばしていると思っている?」
「……でこぼこ道だからそんなに出ませんよ」
 実際、メーターを見ても、五十キロそこそこ。これでも、頑張って飛ばしているのだ。しかし、それでも、窓から吹き付ける風は相当なものである。暑い砂漠地帯をぬけるには、少々ありがたいかもしれなかった。なにせ、このトラック、そもそも、冷房なるものがついていないのだ。
「風に吹かれすぎると、ちょっと目が疲れますね」
「軟弱者がーっ! このぐらいでへこたれるとは、貴様、それでも、ニホンダンジか!」
「うーん、それは多分違うと思いますけど」
 とりあえず、男なのは認めるが、ニホンは違う。そもそも、ジョシュアは、ニホンというのがどこにあるのか、よくわかっていないのだが、とりあえず、軍曹殿のような男があふれているのだとしたら……と考えて首を振った。そんな暑苦しい場所でもないのだろう。
「いいえ、風には慣れてないんですよ」
「貴様のような男からそういう言葉がでるとはな」
「いえいえ、本当に慣れてないんですって」
 ジョシュアは、それだけいって、ふと今まで乗った車を思い出した。ジョシュアは、どこにいくのも専用の車を持っていた。運転は自分でさせてくれなかったし、いつも最上級のもてなしで乗せてくれた。シートに座るとジュースがでてきて、ちゃんとお菓子まで用意してくれるが、外の様子はカーテンで仕切られて見えなかった。おまけに、ジョシュアの今まで乗った車は、空気すら入らないほど密閉性の高いものだった。窓は最初から開かないように設定されているし、仮に開いたとしても、こんな風に風を浴びさせてくれることはなかった。
 いいもてなしだと感謝したことはあるが、でも、ジョシュアは、お菓子やジュースが欲しかったわけでもない。もし、あれで満足していたなら、ジョシュアは、別に軍隊などに入らなかっただろう。
 軍人にしては不埒に長い髪の毛を風に遊ばせながら、ジョシュアは、ふとつぶやいた。
「……たまにはいいもんですね」
「何が?」
「自然の送風機ってやつも」
「自然に送風機などあるか!」
 何をいっておるのか、といいたげな顔つきで、軍曹殿は言った。
「それはそうかもしれません」
「大体、送風機などがある環境がおかしいのだ」
「それもそうかもしれません」
 ジョシュアは、淡々とそう応える。
「まったく。最近のシティの輩は、おかしなことばかりいう」
 田舎者の軍曹殿は、知らないかもしれない。気候が人為的に管理された一部の大都会では、もはや自然の風など吹かないのだ。仮に吹いたとしても、それは空調設備がもたらす熱風が元だったりする。
 車だけじゃあない。
 ジョシュアはふと心の中でつぶやいた。こうやって熱い太陽の光にさらされながら、風に髪の毛を揺らせることも出来ない環境に、今まで自分はいた。それは、どれほど異常な環境だろうか。
「……こっちの方がオレは好きですが」
「何かいったか?」
「いいえ、何でも。それより睡魔がひょっこりやってきました。そろそろ、眠らせていただきます」
「な、何だと! 貴様、任務中に何を考えているかーっ!」
 なにやら軍曹殿がぶつぶつ言い始めたが、ちょっと窓の方に耳を傾ければ、風の音で、かなりお小言の声は気にならなくなる。
 運転は小うるさい軍曹殿に任せておこう。仮に迷ってとんでもないところに出たとしても、もはや、これ以上状況が悪くなることもあるまいて。
 ジョシュアはそう思いながら、降りてきた睡魔に身をゆだねた。風が耳を切る音が、鋭くさわやかに鳴っていた。
 多分、ジョシュアは、夢を見るのだろう。それは、彼の知らない草原の大地で風に吹かれる夢かもしれない。


 軍曹殿とジョシュアが、基地につく頃には、冷たい大都会にゆるやかな風がまた吹いてくるかもしれない。





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背景:MIZUTAMA様からお借りしました。
©akihiko wataragi