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3ジートリュー-18


 メグは、そろそろと岩の間を進んでいた。
 一度敗退してから、今は出方を決めかねているようで、ザファルバーン軍は街に近い場所まで後退していた。オアシスの水で癒されながら、少し出方を考えているというところらしい。
 メグは、気配を殺しながら岩の間を進んだ。その先に誰かがいるはずだったのだが。 
「やあ、メグちゃん」
 唐突に後ろから声をかけられ、メグはびくりとした。直後に肩に手を置かれ、思わず悲鳴を上げてしまう。
「もー、オレを探してくれてるんだったら、そんなところにいないってば」
「触るな! 変態!」
 メグは悪寒を覚えてシャーの手を払った。シャーは顔をしかめる。
「あいってて……。なんだい、容赦ないなあ」
 と、手を振りながらも、ふとうっとりとしたような表情を浮かべて、シャーはメグを流し見た。
「ああでも、そーゆーとこがすごく可愛いなあ。ねえ、今からちょっと街のチャイハネでお茶でもしない? メグちゃんの好きなもの、何でも言っていいからさあ」
「気持ち悪い!」
「な、なんだい。人を害虫みたいにさあ」
 はっきりと拒否されて、シャーはさすがに困惑気味に首を振ったが、立ち直りも早い。
「あ、でも、いいよ。オレ冷たくされるのは慣れてるし、気が長いから。そのうち、メグちゃんもオレのこと好きになるかもしれないし」
 それに、とシャーはにんまり笑う。
「オレ、結構女の子に冷たくされるのって好きなんだよね」
 思わず、ぞっとしてメグは後ずさって、懐に忍ばせてある短剣を握った。
「あ、ちょ、ちょとまって! 今の、駄目?」
「近寄るな、変態!」
 むしろ、生理的に受け付けない。そんな説明をしても、この男に通じるだろうか。シャーは、いまさら慌てて彼女に弁明しはじめた。
「ごめんごめん。軽ーい冗談だってば。ねえ。許してよ、メグちゃん」
「あたしの名前をなれなれしく呼ぶな」
「そんな冷たい。でも、メグちゃん、オレを探してたんでしょ?」
「別にお前なんて」
 あ、とシャーはにんまりする。
「その突っぱねた言い方は図星だねえ。いやあ、オレなんか、探してもらえるってきいただけで嬉しくってさあ」
 シャーはにんまりとしながら、メグの嫌そうな顔を見やる。どうやらそれも楽しいらしく、余り反省した様子はない。
「でも、あのオッサンの使いか何かできたんじゃないの?」
「別に使いじゃないけど」
「それじゃあ、状況を知ってオレが気になったりとか?」
 シャーは、あつかましくいいながら、メグの肩に手を置こうとして、一応ひっこめた。メグが心底嫌そうな顔をしたからである。これ以上やると本気で嫌われてしまいそうだ。
「わかったよ。変なことしないから」
 シャーは困ったようにそういって、メグから少し距離をとった。
「でも、メグちゃんなら、状況を知ってるんでしょ? ねえ、ちょっとぐらい教えてくれたっていいじゃない」
「……」
「ね、どうせ、ハダートの奴が、あのオッサンに何か調べるようにいってんでしょ? あの蝙蝠も親友の危機を見捨てるわけにはいかないんだよな」
 無言のメグにかまうことなく、シャーはべらべらと喋った。
「どういう裏があるのか、ねえ、教えてよ」
「……。そこまでまだ調べはついていないんだ」
 メグは、少し考えた後そう答えた。
「ただ、ジートリュー将軍の兵隊の中には、なにか混じってる、それは確かだよ」
「混じってる?」
 シャーは、反芻して思わずにやりとしてメグにちょっとだけ近づいた。
「混じってるとは、なんか不穏な言葉だねえ」
「その情報はあんたも知ってるんだろ」
「まあそれはいろいろなところから」
 その先を教えて欲しいんだよねえ、とシャーはねだるように言ってみる。メグがきっと睨んだので、シャーは慌てて目をそらして、姿勢をただした。
「ジートリュー将軍のところに、敵の間者がどれだけいるのかは、いまのところわからないんだ。買収された部下を探すのはできるけれど、仕掛け人は逃げちまってるかもしれないんだし。それに、ジートリュー将軍は、部下を疑うっていうのがいやだっていうからさ、調べがすすんでないんだ」
「なるほど」
 シャーは、少し唸った。
「困ったな」
「だけど、もし、仕掛け人が短期間で兵隊の中にもぐりこんでいただけなら、一過性のものになるかもしれないっていってたけどね、おかしらは」
 メグの言葉をききながら、シャーはぐるりと彼女の周りを一周した。
「けれど、一過性じゃなかったらまずいんだよね」
「そりゃあそうさ。だけど、あんたならわかるだろ?」
 話しているうちに、やや心を許してきたのか、メグは雄弁になってきていた。
「でも、あんな手は何度も同じ場所で使えるものじゃないといっていたよ。もしかしたら、こけおどしなのかもしれないし」
 メグのいうことも一理ある。実際、命令系統の乱れに驚いて、自分たちはここまで逃げてきたのだ。もし、他に目的があるとすれば。
 そこまで考えて、シャーは愕然とした。元々大きな目を見開いて、彼は呆然とつぶやく。
「まさか……」
「どうしたの?」
 シャーは、顎をなでやり、ついでくしゃくしゃの頭をかきやった。
「やられた! 畜生、奴等、あそこで戦う気なんてなかったんだ」
「なんだって?」
 メグが驚いた顔をして、シャーを見やったが、シャーは苦い顔をして腕を組んだ。
「メグちゃん。もし、よかったらだけど、誰かにあそこの砦を調べるようにいってくれないか」
「え、ええ、別にそれはいいけど」
 シャーは、メグによろしく、というと、たっと駆け出した。
「あっ! あんたは、どこにいくんだよ!」
「ちょっと、オレは、話をしにいかなきゃならないんだ!」
 シャーはそう答えると、青い衣装を翻して走っていった。


 戦闘が終わり、敵がいなくなった砦には、ひと時、少しだけゆったりとした時間が流れていた。だが、次に敵がいつ攻めてくるのかわからない。おまけに、アルヴィンがどんな命令を出してくるのかがわからないため、それほど兵隊たちに安堵の気配はない。
 だが、このほとんど休憩時間といってよい、短い安息の時間を、皆思い思いにすごしているところだった。
 その中では、セトは比較的忙しく立ち回っているほうだった。彼は、自分とジャッキールの分の食料を確保したあとで、自分の好奇心を満たす活動で時間をつぶしていた。
 周りで水を飲んでくつろいでいる傭兵たちが座っている。その中で、リオルダーナ出身の、おまけに年季のはいった男を一人みつけた。おまけに彼が顔見知りなことを確認し、セトはさりげなく話しかけた。
「おお、元気そうだね、旦那」
「おや、セトじゃねえか。まだ生きてたのか」
 三十半ばをいくらか越えた男が、セトをみてそういう。セトは、相変わらず軽くわらいながら、隣に座った。
「まあね。運がいいのと、しぶといのは、俺のとりえでねえ」
「ふうん、そうだろうな。まあ、お互いよかったということさ」
 男は、にやりとする。
「それはそうと」
 セトは、さりげなく壁際に座っている黒いターバンの男を指差した。
「あそこにいる黒い服の男をしっているかい?」
 セトはさりげなく聞いた。
「ああ、もちろん。サギッタリウスのザハークだろ」
 男は当然といわんばかりにいった。
「本名は、ザハーク=アスラーン=ハイダールっていうんだ」
「あいつが、サギッタリウスだとは知らなかったぜ」
「そりゃそうだろ。あいつはリオルダーナの貴族の家柄だ。それなりの名家の出だし、今回、国に里帰りってなところだからな。上の連中が、サギッタリウスと呼ぶよりは、ハイダール家の長男だっていうので、そっちで呼んでるんだろ。さすがに傭兵としての通り名はマズイってさ」
「へえ。それにしても、蛇の王(ザッハーク)とは、不吉な上に押しのきつい名前だな」
 セトは胡坐をかきながら、顎をなでやった。
「曰くのある名前なのかい?」
「奴の母親が、密儀宗教にはまっていたということらしいぜ。ほら、ここいらには多いっていうだろ。昔弾圧された邪教を信じていた奴等が、秘密結社をつくってて……ってさ。あいつの死んだ母親が、そういうトコの出だったんだとさ」
「なるほどねえ」
「その影響なのか、奴も母親も、その後に別の異教にはまっていてな。相当敬虔なものだというぜ。奴が祈っているのはそういうことさ。まあー、奴も今じゃ、一人静かに祈っているだけなんだが、まだ青二才のころに過激な秘密結社に入って指導者の敵討ちをやったりしていてな。それで死にかけてから、結社を抜けたという噂だ」
 なにやらきなくさい話に、セトは眉をひそめた。
「家が潰れたのはそのせいなのか?」
「いいや、ハイダールの家は、その前にすでに傾いてたのさ。奴が成人した頃にはもう手遅れで、潰れるのを待つだけだったんだろ。そういうところは、あいつのかわいそうなところだぜ」
 男は、少し同情するようなくちぶりになった。
「若い頃に、一度死に掛けてからはまじめに、リオルダーナの一領主の下につかえていたんだが、主君ともめてな。まあ、でも、あいつが悪いんじゃない。むしろ、悪い主人に仕えちまったというところだからな。だが、それ以降は放浪の身なのさ。身内もいないみたいだしな」
「へえ」
 セトは、興味深げに向こうで弓の手入れをし始めたザハークを見やった。彼はこちらには気づいていないようだ。
「今回は、地元で有名な男だし、たまたまリオルダーナに立ち寄っていたから、元貴族のよしみで雇われたんだろう。まあ、腕は確かさ。弓矢をとっては百発百中だし、強いことは強いしな」
「でも、その蛇さんがさあ、なんでジャッキールの旦那とあんな仲なんだい」
 ジャッキール、とようやく本題に入ったところで、男は目を瞬かせた。
「お前さん、あんなにあいつにくっついていて知らないのか?」
「旦那は、あまり自分のことははなさないから、知るわけないぜ」
 セトがそういうと、納得したらしく、男は軽くうなずいた。
「昔の因縁があるのよ。あの二人は昔戦ったことがあるのさ。一騎打ちでな」
「一騎打ち?」
「それで勝負がつかなかったことから、ああいう仲らしいんだが、そこまでは俺もしらねえよ。他のやつから、あいつ等が一騎打ちしたのを見たことがあるときいたから、実際知ってる奴が他にいるんじゃねえか」
 男は、そういって首を振った。セトは、そうかい。とうなずいた。
(一騎打ち? あの旦那と戦って、生きて戻ってきているんだよな、サギッタリウスは)
 セトは、ザハークを眺めながら腕組みをした。
(どういう経緯があったんだ。本人から聞き出すのは難しそうだが)
 セトは、男に挨拶をして立ち上がった。飯をもっていくついでに、ジャッキールからそれとなく聞き出してみようか。
 と、ふと、セトの目に、他のものとは少しはなれたところで座っている少年の姿が見えた。ラトラスとかいう小僧だ。何となく元気もなく座り込んでいる様子に、セトは一瞬気をとめたが、そのまま視線を変えて歩き出した。




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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。