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3ジートリュー-12



 真昼。
 ちょうど、強い日差しが、彼の背を焼いていた。
 あちぃな、と、一言つぶやき、セトは、さっと建物のかげに滑り込む。
 相変わらず、進展のしない要塞の中は、奇妙な緊張感と、長くそれが続くことからくる弛緩とが、同時に支配していた。いや、緊迫感は、少し薄れつつあるようにも思えた。兵糧もたくさんあるから、実際、今のところリオルダーナ軍は、切羽詰った状況におかれていなかった。だから、逆にザファルバーンの連中があきらめるのではないかという、雰囲気すら漂っていた。
 だが、それが表面上のことであるのを、セトは知っていた。ジャッキールに、戦王子がなにやらたくらんでいるというのをきいていたので、彼は注意して周りをよく見ていたが、確かに、正規軍の中でも少人数ではあるが、時々動きのおかしな奴らがいるのである。配置が毎日かわったり、かとおもえば、極端にある区域に増えたりと、なんとなく裏の動きを想像させるものがあった。
 正規の連中もそれほどしらないのだから、雇われた人間の中で事情をしるのは、ほんのひとつまみのものだけなのだろう。あるいは、それも、戦王子の計算のうちだったのかもしれないが。
 動きが起こるまで暇だ。ことが起きるのをおそれて、気を張り詰めさせて生きるのは辛い。しかも、ほかにやることがない。セトは、そうしたときに、なにかしら暇つぶしを見つけるのだった。
 セトは思わず立ち止まって、息を潜める。むこうに黒服にヒゲの男が歩いているのが見える。
 今の暇つぶしは、まさにそれだった。この前見かけたザハークという男を、それとはなくちらちらと追いかけて様子を見てみたりしているのである。とはいえ、セトは、ザハーク本人に興味があるというわけでもない。ジャッキールとザハークに、何かしら因縁があるらしい、というのを知って、面白そうだから追いかけているだけであった。
 しかし、それが面白いからといって、当のジャッキールに頼まれた本を渡すのが、のびのびになっているのもまた事実である。セトが、単にザハークを追いかけるのに忙しいだけだが、それでも内心、旦那には悪いとは思うものの、ザハークについているときは、あまりジャッキールに近寄らないほうがいいようにも思うのだった。仲の険悪さを思うと、迂闊に手をだすわけにはいかない。
 ここのところ観察してみると、ザハークという男、意外に真面目なところがあるらしかった。時折、神に祈りを捧げているのもみかけるので、案外敬虔な男なのかもしれない。普段はあまり口をきかないほうで、そういうところは、ジャッキールと少々似通ったところがある。
(もしかして、同族嫌悪ってやつなのかね)
 セトは、そんなことをぼんやりと思うのだった。ジャッキールのほうが、彼のことをどう思っているのかは知らないが。
 と、ふと、セトは、動きをはやめた。先ほどまで見ていたはずのザハークの姿が見えなくなっていた。今の考え事のうちに、見失ったのだろうか。
「しまった! 巻かれたか?」
「そうでもない」
 いきなり背後から声が聞こえ、セトは飛び上がった。はっと後ろを向くまでもなくすぐにわかったことだが。
 いつの間にか、ザハークが背後にまわっていたのだった。
 当然、といえば、当然だが、ザハークはいかにも不機嫌そうな顔をしていた。しかめつらしい顔に、眉間にしわをよせて、セトをにらみつけていた。
「貴様、人の後をつけるとは命知らずだな」
「い、いえ、それは誤解でございます」
 セトは、慌てて愛想笑いを浮かべたが、相手はおさまらない。
「黙れ、貴様がここ、一日二日、おれのあとをつけていることは知っている。誰の差し金か?」
「い、いえいえ、誰の差し金でもありません。ただ、旦那があまりにもご立派なので」
 おべっかを使って逃れようとするが、それは不可能だともわかっていた。
 さすがにこれはまずった。彼にしては珍しい失態でもあった。
(ここんところは、こんなヘマなんてやったことなかったのに!)
 この、異常な緊張感のなさが彼に災いしたのだろうか。しかし、まさか、ジャッキールと因縁がありそうだから、面白そうで調べたなどといえるわけがなかった。少なくとも、ザハークのほうはジャッキールに、好感情など抱いているわけがないのだ。ジャッキールに何かとくっついていることを知られたら、切りすてられかねない。
「いわんのか? 貴様」
「い、いえ、本当に、誰の差し金でも……」
 セトの言い訳をきくのがわずらわしいのか、ザハークはいきなり剣に手をかけた。セトがさっと後退して緊張したとき、不意に金属のきしむ音がなった。同時に、薄い煙がさっと頭上を流れたような気がした。ザハークが、すばやくそれに目をとめて眉をひそめるのをみて、セトは彼の視線を追った。
「貴様……」
 ザハークは目をいからせた。当の男は、先ほどから立ってこちらをみていたのだろう。腕を組んで、興味なさそうに視線を投げやっていた。だが、その興味なさげな態度の割りに、妙に殺気だっていた。
 ジャッキールである。先ほどの音は、わざと彼が剣の柄を揺らしてたてたものだろう。なにやら銜えているようだが、煙管らしい。先ほどから煙がこちらに来ていたのは、そのせいか。
(旦那)
 思わずほっとするセトだが、そのセトにしても、このときのジャッキールの態度は、少し妙な感じがしたのだ。
 ジャッキールは、珍しく煙管に煙草をつめて吸っていたが、わざとらしく煙を斜め横に吐き捨てている。元々、見ようによっては不遜な男に見えるジャッキールだが、今日はわざとその印象を強めているという感があった。
「きさま、エーリッヒ」
「そんな名前など忘れたな」
 鼻であしらうジャッキールに、ザハークは、あからさまに顔をゆがめた。それを、明らかに楽しそうに見やった後、ジャッキールは、白々しく切り出した。
「さて、そこもとが誰だったか、名前がすぐ思いだせんが。そういえば、ザハークとかいう男がこの辺にうろついているのだったかな」
「その台詞、三度めだが、人の名前も覚えられぬ鳥頭をしているのか?」
 ザハークが憎しみもあらわにはき捨てると、ジャッキールは鼻先であざ笑う。その笑い方が、彼にしては少々大げさで半ば芝居がかっていた。
「貴様も知っているだろうが、俺はいちいち人の名前を覚えていられるほど、まともな頭はしていない。とはいえ、貴様ほどでもないがな。まあ、貴様の顔や名前など覚える必要もないわけだが」
 ジャッキールも、いやに辛らつな口をたたく。
「それはまあいい。なにやら、どうでもいいことで揉めているようだが?」
「貴様には関係のないことだ」
「それが関係がある」
 ジャッキールは、ザハークの言葉をさえぎって言った。
「こやつは、俺の耳でな。なくなるとなくなるとで、ちと不都合があるのだが」
「ふん、貴様の事情など知ったことではない」
「だが、俺は困るといっている」
 ジャッキールは口だけ笑いながら、相手をにらみつけた。思わず、ザハークは、反射的に剣の柄を握った。
「やるつもりか?」
「俺は別にやるとはいっていない。だが、別に時と場所は問わんとも普段からいっているつもりだがな」
 ジャッキールは、薄く笑って、腰の剣を引き寄せた。ザハークは、一瞬眉を引きつらせる。どうやら、ジャッキールのほうがこの場では有利らしい。
 だが、ザハークはひかなかった。先ほど握りかけた剣を再び手にする。それをみて、ジャッキールは、いらだたしげに片眉を吊り上げた。
「きさま、俺が親切にも遠まわしに、ここではきさまに不利だと言ってやっているのがわからんのか?」
「不利だろうが、おれはきさま如き相手に退くわけにはいかん!」
 ザハークは、きっぱりとそういい、一気にまくしたてた。
「大体何が親切だ! ただのいやみだろうが根暗男!」
 と、いきなり、ジャッキールのほうが、急に表情を変えた。
「なんだと! 根暗はきさまだ!」
 セトは、その豹変に面くらう。ジャッキールは、確かに戦闘になると、コロッと人が変わる男だが、こんな風になるのは、珍しいことなのだ。
「そんな陰気な面をして、何を言うか!」
 ザハークは、彼の豹変を受けて、自分も声を高めた。
「大体、いつもいつも青白い顔をしやがって! 鬱陶しい顔を覗かせるな!」
「貴様こそ、その不潔なひげをどうにかしたらどうなのだ! 存在が目障りだ! 消え去れ!」
「何だと! 貴様、われわれの習俗の冒涜かそれは!? きさまこそ、男ならひげのひとつでも生やしてみろ!」
「は、男ならだと? 悪いが、俺は、そういう固定観念という奴には捕らえられたくない。貴様のように単純ではないからな!」
(固定観念?)
 思わずセトは、ふきだしそうになったが、慌てて我慢した。
(旦那みたいなカタブツが固定観念だって? 単純ではないって……)
 それはザハークも思ったのだろう。すぐさま反撃がとんだ。
「誰が単純だ! きさまみたいな古くさい型にはまりくさった骨董男が、何を格好つけたことをいっているのだ! 馬鹿なのか、きさまは!」
「馬鹿だと!」
 いらだったジャッキールは、思わず銜えていた煙管をはずすと、乱暴にそれをふりおとし、いきなり剣を半分抜きかけた。
「ここで決着をつけるか、ザハーク!」
「だから、最初からやるといっているだろうが! この鳥頭!」
 ザハークのほうも、負けずにいらだち、柄を握りなおす。
 先ほどまで笑っていたセトも、さすがに流血の気配がにじみ出したのに感づいて、少々あわてた。セトは、ジャッキールが負けるとは思ってはいないが、さすがにこんなときにこんな場所で、刃傷沙汰を起こして無事すむとは思えない。ジャッキールは、あのザスエンとかいう老人にもにらまれていることなのだ。
 セトにとっては、相当に長い沈黙が通り過ぎた。いきなりジャッキールの笑い声が飛んだ。
「はっ、やめだ、やめだ。こんなところで”丸腰”の貴様の首を飛ばしても、面白くもない。俺の大事な剣が無駄に汚れるだけだ」
「丸腰だと! おれを侮辱するつもりか! エーリッヒ!」
「ほほう、”武器”も持たずに、”丸腰”でないというのか? 俺が親切にいってやっているのに、侮辱だのなんだのと、そろそろ、頭のほうにきたのか?」
 むっと、ザハークが詰まった。彼らのいう「丸腰」やら「武器」の意味は、セトにはわからなかったが、どうやら、ことは戦闘回避のほうに向かっているようだった。
 少しにらみ合った後、ザハークは、剣を収め、同時にきびすを返してスタスタといってしまった。それを見て、ジャッキールも剣を収める。ザハークは、すぐに回廊の角をまがって見えなくなってしまった。
「だ、旦那、ありがとうございます」
 セトは、ようやくほっとしてジャッキールにそういった。
「礼などいらん。貴様も災難だったな」
「いえいえ、本当に助かりました」
 セトは、先ほどジャッキールが投げ捨てた煙管を拾い上げ、布でふきとると、彼に渡した。そして、率直な感想を口にする。
「そういえば、珍しいですね。旦那が、煙草なんて……」
「あまりにも暇だからな」
 そう答えるジャッキールの言葉には嘘はなさそうだった。もっとも、ジャッキールはあまり煙草は好きでないらしい。水煙草はまったく吸えないし、普段も喫煙はしないのだが、時々気分転換にやることがあるらしかった。
 彼のような男でも、ここのところの独特な緊張は、身にこたえるものだったのだろうか。それとも、単にそれほど暇で暇で仕方がなかったのかもしれない。セトが訪れなければ、ジャッキールの元に人間が遊びにくることもないのだろうし、暇にはちがいない。
 セトがそんな失礼なことを考えているとき、ジャッキールのほうは、思い出したように眉をひそめていた。
「しかし、あの底抜け馬鹿の根暗男がここにいたとは驚きだ。意識して目にいれんようにしていたのもかもしれんが」
 ジャッキールは、容赦なくそういい捨てる。その言い方があまりにも敵意にみちているものだから、セトは、内心ふきだした。
(……お互い、よっぽどそりがあわねえんだなあ)
 セトはジャッキールとそれなりに親しいが、それでも、彼のこういう一面を見るのは初めてだった。普段のジャッキールは、周りが思っているほど短気でもないし、怒りっぽくもないのである。先ほどの反応は、少々過剰で、見ているほうが笑ってしまうほどだ。だが、妙に気がかりなことがある。
「しかし、旦那ならあんなやつ、イチコロじゃないですか」
 お世辞半分、本心半分で、セトはそういった。先ほどからどうも引っかかっているのは、それだった。あの強いジャッキールが、どうしてそこまで彼を気にしているのか、それが気になったのだった。まさか、それほど頭がいいわけでもなさそうであるし、身分としても、零落した貴族という程度なら、別にジャッキールが目をつけるほどでもなさそうである。
「そうは限らん。俺が圧倒的に有利なのは接近戦だけだ」
 ジャッキールは、珍しく殊勝なことをいう。
「距離をとられたらどうなるかわからん。底なしの間抜けだが、なめてかかると、俺でもわからん。だが、こういうところで機会を与えずに一方的に俺が勝っても、俺が卑怯ものになるだけだからやめただけだ」
「はい? しかし、あいつは……」
 セトが妙な顔をしたとき、ジャッキールが視線だけ後ろにやりながら答えた。
「あんな顔をみて、わからんのも仕方がないが。あいつは、サギッタリウスだぞ」
「サギッタリウス?」
 そうきいて、セトはさっと顔色を変えた。
「あいつが、サギッタリウスですか?」
「ああ。そうだ。その二つ名で呼ばれている弓の名手だよ」
 そうきいて、セトはようやく先ほどの丸腰だという意味がわかった。屋内のため、ザハークはたまたま弓を携帯していなかったのだ。
「まさか、それがリオルダーナの没落貴族出身だとは……。あまり聞かない話ですよ」
「奴が自分で名乗らんからだ。今回はリオルダーナに雇われたものだから、元貴族という名前のほうが先行して伝わっているだけだ。誰か将軍級の人間に知り合いでもいたのだろう」
「なるほど」
「普段は、自分が元貴族だなどと言うやからはいないだろうが。奴とて、零落した家柄であることを吹聴したくはあるまい」
 ジャッキールは、嘲笑を浮かべて言う。
「ともあれ、奴の人格はともあれ、弓は本物だ。まあ、そのうち見る機会もあるだろうから、そのときに見ておくといい」
「旦那とは、何か浅からぬ因縁でも」
 どちらかというと、ジャッキールのあの剣幕のほうに興味があるセトは、さりげなくそんなことを聞いてみる。
「因縁というほどの因縁はない。お互い、虫が好かんというだけかな」
 そういいつつも、ジャッキールは不機嫌そうだった。因縁はないと言い切っているが、きっと少しは因縁があるのだろう。とはいえ、そんな深刻なものでなく、セトのような男からは、どうでもいいような些細でつまらないなことなのに違いない。
(どうせ、見せ場を取ったとか取らないとか、そういう妙な意地の張り合いなんだろうなあ)
 やたらプライドが高いのも大変である。セトは、そんな時、自分はいい家に生まれなくてよかったと思うのだった。特に、没落している名家などに生まれたら大変である。自尊心だけで飯は食っていけない。零落しても、自尊心を捨てるわけにはいかないジャッキールやザハークを見ていると、何となくそういうことを考えてしまうセトであった。
 と、不意にジャッキールが、思い出したように言った。
「先ほどの様子をみると、やつは、貴様が俺に金をもらっているのぐらいはしっているらしい。しばらく近づかんほうがいいぞ」
「それは、ご親切にどうも」
 セトは、ひょこりと頭を下げる。本当にこういうときは、妙に親切なジャッキールである。あまりにも親切なので、何か下心でもあるのではないかと疑ってしまうほどだった。結局、いつも、何が起こるわけでもなかったが。
 危険を回避するという意味では、案外単純な彼の性格をつかんだつもりのセトだったが、それ以外のところでは、意外にわからないところも多かった。
「しかし、また何故ザハークなどを?」
「ああ、いえ」
 不意にセトは、ジャッキールから頼まれていた本のことを思い出した。忘れていたといったら怒るだろうか。
「ああ、いえ、この前頼まれた本を手に入れましたので、ご献上をと思いまして、このあたりをうろついていましたら、あの男が目に入りましてね……。ちょっとわけアリな男風だったので思わず」
「ふむ、なるほどな」
 どうやら、ジャッキールの機嫌を損ねたわけではないらしい。
「ああ。すみません。遅くなりましたが、これが……」
 もっていた本を差し出して、今のうちに解決を図ろうとしたセトは、不意に本を袋から出す手を止めた。
 いきなり、わあっと声があがったのだ。思わずあっけにとられたセトと同時に、ジャッキールも鋭くその声のほうをみていた。
「何だ?」
「始まったな?」
 ジャッキールは、口元をゆがめた。
「はじまったって?」
「戦王子が撃って出たんだろう?」
 ジャッキールはこともなげに言ったが、セトは、思わずえっと声をあげた。ここのところ、ザハークを追いかけるのに忙しかったのもあるが、それにしても、今日仕掛けるなどという情報は聞いていない。
「旦那は知っていたんですか」
「いや、まったく知らん」
「ええ? 旦那もきいていないんですか」
「まあな」
 ジャッキールの奇妙に落ち着いた返事に、セトは思わず腰が抜けそうな気分になった。
「そろそろ仕掛けるだろうなと思っていただけだ」
「しかし、旦那にぐらい一言あっても……」
「今回はわれわれの力を期待してのことではないのだろう。自分の手持ちでやる作戦なのだろうな。まあ、それでなくても、俺は奴の側近に嫌われているから、故意に黙っておかれた可能性もあるが」
 そういいつつ、ジャッキールは、足を進め始めた。知らなかったとはいえ、何か作戦が動いているのに配置につかないわけにもいかない。セトはそれに従った。
「さっきの奴が、旦那の代わりにきいていたということは?」
 セトの頭の中に、あのザスエンとかいう老人と密談を交わしていたザハークの姿が思い浮かんだが、ジャッキールは軽く嘲笑した。
「あの男はそこまで頭がまわらんよ」
「そうでしょうか」
「情報屋のお前が感づいていないような情報だぞ」
「しかし、特別にきかされていたら。旦那の代わりに指揮をとるように」
 セトは、少し険しい顔になっていたが、ジャッキールのほうは、薄ら笑いを浮かべていた。 
「はは、貴様らしくもない。奴には、そういう小細工のできる頭がないのだ。ここいらをうろついていたということは、奴も事情をまったくきかされていなかったのだろう。そもそも、事情を知っていたら、もっと俺のことを間抜けだとかなんだとか言ってくるはずだ。本人も出し抜かれている証拠だな」
「そ、そうでしょうか。……しかし、落ち着いて出て行って大丈夫ですか、旦那」
「ふん、どうせ俺など期待されていないのだ。ほどほど急ぐ程度でよかろう」
 そういいつつ、ジャッキールは、少し急ぎ足になっていた。セトはそれについていきながら、ジャッキールの先ほどの言葉に、なるほど、と思わず頷いてしまった。
 少し離れたところで、先ほどわかれたばかりのザハークが、弓と箙を手に慌てたように走っているのが見えたからだ。
(なるほど。小細工にまわす頭がない、ねえ)
 それはジャッキールにもいえることなのだが。と、ふと、セトは、例によって大分失礼なことを考える。
(出し抜かれているのに気づいてたんなら、手をうってりゃいいのに)
 セトはそう思いつつも、ジャッキールが何かと小細工をし始めたらそれはそれで幻滅だな、などと、自分勝手なことを考えているのだった。
 




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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。