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3ジートリュー-9




 こそこそと人気のない場所で休んでいたスーバドは、周りの目を盗んでさらに人気のない場所に移動していた。
 本当は、危ないことがあるといやなので、あんまり一人でいるのは好きではないスーバドだが、今日はこそこそしたい理由があったのだった。
 ジートリューの一団の中の兵士が、こっそりと彼宛の手紙を言付かってきていたのだ。その手紙を開封するべく、人気のないところをわざわざ探して、先ほどからこそこそ移動してきたのだった。
「ふー、ここなら大丈夫だろう」
 万一、あの三白眼に見つかったらえらいことだ。あの男は、調子がよくて人がよさげにみえて、結局のところ奥のほうで根性が曲がっているので、こんなところを見られたらどうなるやらである。
 それが、まさかにくからず思っているかわいい女の子からの手紙だとわかったら……。
 と、そこまで考えたとき、スーバドの肩に、にゅっと手が伸びてきた。その感じだけで、一瞬で誰だかわかってしまい、彼は慌てて飛びのこうとしたがもう遅い。なにやら間延びした、そのくせちょっと絡むような声が、背後からとんできていた。
「やあ、スーバドちゃん、無駄に元気にそうだね」
「うわあっ!」
 後ろから肩をつかまれてスーバドは、慌ててそこから飛びのいた。
「な、何するんですか!」
 振り返ると、案の定、なにやら恨めしそうな目をした三白眼がこちらを見ていた。
「いやあ、幸せそうにしてるから、ちょいとねえ。なあに、その手紙。故郷の彼女。お母さんじゃあなさそうだよねえ。君にもそういう子がいたのかい〜?」
 そういうところには、やたらと鼻のきく男らしい。来なくていいのに、と思いつつ、スーバドは、招かれざる客の来訪を嘆いた。
「ち、違います」
「あ、じゃあ、片思いなわけ?」
「だからそういうのじゃなくて、故郷の親戚の……」
「お姉さんのお手紙? どうせ美人なんでしょ?」
 今日はいやに絡んでくるシャーである。シャーが絡んでくるときは、彼が暇なときか、それかちょっと機嫌が悪いときのどちらかである。今はどちらだろう、と思いをめぐらすまでもなく、今日のシャーは機嫌が悪いのだ。スーバドをいじめて憂さを晴らそうという魂胆なのだろう。
 また厄介なやつにつかまったものだ。
「オレは、幸せそうな奴を見ると反射的にちょっとかまいたくなる性分なんだよなあ。さあ、手紙の内容をここで大公開しちゃえよ」
「な、何ですか、そんな……。だめです。いくら上官の命令とはいえ、信書の中身なんて……」
「およ、えらく反抗的だな。それじゃあ、力ずくで内容を……」
 ぎゃあっと悲鳴をあげて逃げるスーバドにかまわず、シャーは、スーバドの肩をつかんで、手紙をひったくろうとした。
「おやおや、相変わらずお元気なようで……」
 ふいに、そんな冷静な声が聞こえ、シャーは、いったん手を止めて、前の方を見た。冷静でそっけないが、どことなく不気味なものを感じさせる声だった。
 スーバドも手紙をとられる危機がなくなったのに安堵し、サーにつづいて彼の視線をたどる。
 なるほど。不気味な印象があったのも仕方がない。目の前にいるのは、諜報から暗殺をこなす秘密結社シャービザックの頭領のギョール・メラグだった。
 小太りのいいおじさん風の外見に、いつも笑った顔立ちのせいで、大分不穏な気配は隠れているがそうであるという事実を知っていれば隠しきれていないものがあるらしい。
 スーバドは、何事かとどぎまぎするが、シャーの方は落ち着いていた。こんな風におおっぴらに出てくるということは、逆に裏がないということの証拠でもある。殺すつもりなら、もっとうまくやるはずだ。
 それに。第一、彼はハダートに雇われている身分である。ハダートは、王妃と切れたというようなことを言っていたし、あの様子をみても、今更自分を狙ってくる可能性は少なかった。 
「おや、珍しいねえ。あんたこそ、こんなところに何の用だい? まさか、オレの命をまあだ狙ってるんじゃあないだろうね」
 そうシャーがきくと、ギョール・メラグは、相変わらずそこの見えない薄ら笑みを浮かべた。
「私の趣味としては、いまだにあなたの命を狙いたくはありますが、依頼されていないことまでやるのは、越権ですからね」
「へえ、それじゃあ、一体何のようだよ」
「いえ、あなたの勝手だとは思っているのですが、すこし、気になることが……」
 ギョールは、そういって相変わらずへらへらしたまま続けた。
「あなた、近頃、メグをからかっているそうじゃないですか」
 そういわれて、シャーは、少し苦い顔をした。メグが、彼に言いつけたに違いない。ということは、メグは、さっぱりシャーに好感を持っていないということになるのだろう。
「からかってるっていうわけじゃないよ。メグちゃんがかわいいから、オレは割りと本気で」
「それはそれで問題じゃないですか」
 横でスーバドが、余計なことを言ったが、すぐにひっと息をのんで黙り込んだ。シャーが、なにやら凄い目でにらんでいたのだ。さっと目を返し、シャーはギョール・メラグのほうを見る。
「そうだよ〜。オレは、あの子が好みだっていってるじゃない? 別にいきなり好いたのなんていわないけど、ちょっとかわいいからさりげな〜く、オレの気持ちを伝えようかなあと」
「さりげなくですか」
 ギョールは、あごをなでやりながら薄く笑った。
「あの娘は、私の意向もあって、色仕掛けの手管などをまったく教えていないのですよ。あまり、悪い影響を与えないでいただきたいものです」
 なにやらひどい言われように、シャーは、眉をひそめて彼を軽くにらんだ。
「意外にきついこというね。オレはそういうつもりじゃあないよ。ただ、ちょっとお話をしようかなと思って……」
「あの子が、不気味がっておりましたので、私としても心配で。なにせ、親代わりなものですから」
 思わず彼は、うっと詰まる。不気味がられる、などと言われて、さすがにシャーも少しショックだったのだ。
「不気味がられるなんて、お先真っ暗ですね」
 横にいたスーバドが、小さい声でそんなことをいうが、すぐに悲鳴を上げた。横から伸びてきたシャーの手が、スーバドの首をつかんだのだ。首を絞めつつ、むっとシャーは、眉をひそめた。
「そんなことないでしょ。あれは、オレの親愛の情なんだから、誤解しないでっていっておいてよ。あんたも、オレを誤解してるんじゃないの?」
「さあ、どうでしょうかねえ」
 ギョールは、そこの知れない笑顔を浮かべながら、そう答えた。さて、彼が本気でシャーをそうみているのかいないのか、顔からは到底読めそうにない。からかいにきたのか、それとも、本気でメグのことを心配しているのか。後者だと、メグが、シャーのことを不気味がっているのが本当なのだろうから、それはそれでシャーとしては見込みがなくてショックである
 それはともあれ、と彼は前置きすると、少し表情を変えた。
「まあ、それだけを言いに来たわけでもないのですがね」
 少し彼は考えるようなそぶりを見せた。
「私はハダートの旦那に頼まれて動いている身分ですから、別にあなたに告げる必要はないのですが。まあ、あの方も、あなたには、なんだかんだで入れ込むところがおありのようですから、告げておきましょう」
 ギョール・メラグは、薄く微笑んだ。
「実は敵方の方に不穏な動きがありそうでしてね、ちょっとそのことでお話が……」
 シャーは、首をしめていたスーバドを突き放すと、興味深そうな顔になった。
「不穏って? どういうことだい?」
「どう不穏かといわれましても、私にもそこまではまだわかりません。ただ、少々、動きがおかしいのは確かではありますのでね。見ていれば、どこぞ、怪しげな人間が、こちらの陣地にもいるようで……どうやら、私のような人間が関わっているのかもしれません」
 シャーは、ぱちりと瞬きした。
「あんたのような人間というと、つまり、そういう裏仕事の人間かい?」
「ええ。ここいらには多いのですよ。もともと、私達の組織は、さる神を崇めていたものたちが、弾圧を受けて地下にもぐり、そして生き残るために独自に技術を磨いたのが始まりです。その際、さまざまな派閥や血族、集団によっていくつかにわかれていきました。その際に消えていったものもおりますが、勢力を拡大したものもおります。われわれは、まだ少数派の方ですから」
 とギョールはいった。
「そして、実のところ、ザファルバーンの東側の砂漠からリオルダーナにかけて、追われたのが始まりだったのですよ。ですから、言ってみれば、このあたりは、巣といってもいいわけです」
「つまり、リオルダーナの連中は、あんたたちみたいな人間を使っているということだな?」
「可能性があるということです」
 ギョールは、そういうと、それから、と付け加えた。
「今はとりでの様子は、異様に静かなようです。ザファルバーンが近づいているということ自体を知らされていないものもいるほどです。あそこには、現在戦上手で死ぬほど戦争が好きな、例の戦王子がいるというのですが」
 戦王子、ときいて、シャーも思い当たる。リオルダーナには、遠征をまかされて勝ち戦続きの王子がいるらしい。自分も似たようなものだが、相手の方が戦歴が上で、しかも年齢も上だった。
 小耳に挟んだ情報によると、この前の戦のときに「いた」らしいという話もある。今度は彼と直接あたるかもしれないという話は聞いていたが。
「リオルダーナの三男坊か。結構おっさんだろ」
「三十路ちょいというところですよ。自分でもお分かりでしょうが、あの男は、あなたより経験が豊富で慣れているだけに厄介です」
 ギョールはそういうと、あごをなでた。
「今回も、その戦王子が何を考えているのかわかりません。彼の行動は、私にも読めません。断片的に情報をつなぎ合わせていますが、兵を雇って兵力を増強していることだけが確かですが、ここまでまったく動かないのも変ですね。援軍をよこさせるつもりもないようです」
 シャーは、なにやら考え込むような顔をした。
「ハダートは知っているのか?」
「ええ、もちろん。おそらく、いずれあなたにも話すつもりだと思われますが。あの方も事情はあまりつかめていないのですよ。なにせ、私がわからないのですから」
「そうだろうね」
 ハダートは、ほかにも情報源をもっているようだが、さすがのハダートでも、敵地の情報を知る方法は少ない。彼らの一団に任せているのだろう。
 ギョールは、いつものように静かに言った。 
「何にせよ、このままいくと、明日あさってには、ぶつかることになるでしょう。あなたも十分に注意したほうがよろしいかとおもいまして」
「そうだな。ありがとう。そうするよ」
 シャーはそう答えた。なにやら考え込んでいる様子だったが、スーバドには、なんとなく、シャーの表情がいつもよりさえない感じがした。
 




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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。