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3ジートリュー-8




「アイード。そろそろ、相手の陣地にはいったというのに、その体たらくはなんだ。貴様というやつは、いつになったら緊張感をもつように……」
 開口一番、甥をしかりつけるジェアバードに、当のアイードは、頭がいたそうな顔だ。
「私は私なりに、緊張感をもってがんばっているつもりです」
「そう見えん」
「そこまで否定してやるなよ。かわいそうだろ」
 今まで散々アイードをいじめて遊んでいたくせに、急にハダートが彼をかばいだした。
「大体、お前みたいにずーっとそんな調子でいくと、体がもたんよ、ふつーの人間は」
「何! 貴様、私を普通の人間じゃないというのか!」
「そんな調子上げっぱなしで生きていられるような奴が普通なわけないだろが」
「何だと!」
「お、叔父上! ハダート将軍、叔父上をからかわないでください!」
 一触即発の空気に、アイードがあわててとめに入る。ジェアバードは、むっとした顔で黙り込んだが、ハダートのほうはいまだにやにやしていた。
「そういうお前こそ、気合がちょいと空回りしすぎなんだよ」
 そういいやって、ふと彼は思い出したように言ったが、それはひどく白々しいものである。自分でもあまり演じる気がないのだろう。
「なにやら、不機嫌じゃねえか。例の殿下殿と鉢合わせしたっていううわさだが、それは本当か?」
 わかっているくせに、そんなことをいうものだから、アイードはその白々しさに辟易したものだが、叔父のほうは、思わずその言葉に乗ってしまう。
「ふん、私があの小僧が嫌いなのはよくわかっているだろうが!」
「ああ、わかってるよ。出てくる前きいたものなあ」
 ハダートは、暑くなったのか、片手で顔をあおぐようにした。
「しかし、いったい何がきらいなわけだ。俺は、あの凶相っぽい面がまず気に食わなかったんだが、お前はそういう理由じゃねえだろう?」
 シャーが潜んでいることを知ってかしらずか、ハダートは散々にそんなことをいう。もっとも、彼はシャーが潜んでいるのをしっていても、聞こえよがしにいうだろうから、どちらでもかまわないのだろう。
「まず生活態度だ。それにつきる」
 きっぱりというジートリューに、ハダートは、からからと笑い声を上げた。
「ははは、やっぱりそれか。わかりやすいな、お前は!」
 しかし、と、ハダートは、にんまりと笑って、あごにちょいと手を置いた。こういうときのハダートは、ろくなことをいわない。
「しかし、ジートリュー一族の旦那様は、ちょいとお人よしで名が通っているからねえ。その内に、あのガキに同情して、ちょっと態度が軟化したりしてな」
「なんだと!」
 ひく、とジェアバードの眉がつりあがった。アイードが、思わず慌てる。ハダートの奴、ジートリューをからかって遊んでいるのだ。
「しょ、将軍!」
「いやあ。お前は、基本人がいいからなあ。ちょっと窮地におちいった人間をみると、同情しちゃっていけねえ。さて、どうかなあとおもってさア」
 アイードのたしなめなど、はなからきいちゃいねえという具合で、ハダートはべらべらと続ける。
「そういう貴様こそなんだ! なにやら、面白いものをみせてやるといっていたくせに、来てみれば、こんなところでぼんやりと日干ししおって。貴様こそ、なにやら女狐とは切れたようなことをいいながら、今度はシャルルの方に肩入れしたのではないのか?」
「肩入れってほど仲がいいわけじゃないね。気が変わったんだよ。それに、状況も変わったしな。俺の気まぐれはいつものことだろう? そんなぎゃあぎゃあいいなさんなよ。で……」
 ハダートは、あごにおいていた手を置いて、腕を組んだ。
「で、どうなんだ? 今回はほだされない自信でもあるのかよ」
「失礼なこというな! 私はほだされたことなどない?」
「へへえ〜、言い切るじゃねえか。いっそ、賭けるかジェアバード」
 ハダートがとんでもないことを言い出した。
「私は賭けなどせん」
 まじめな叔父ののことだから、そうこたえるのはわかっていた。アイードが、ほっとしたとき、ハダートの恐ろしい言葉が響き渡る。
「ああ、なるほど負けるのが怖いからだろ」
 普段はそうでもないくせに、ハダートのやつ、いやに能天気な声で話す。
「ジートリュー一族たって、賭けのひとつもできねーような奴が棟梁になってるとは、お笑い種だな、わはははは」
「し、将軍、そ、それは……!」
 ハダートの挑発に、アイードは真っ青になった。慌てて叔父を止めようとしたが、その瞬間、既に叔父は、賭けにのることを大声で宣言していた。

 
「よーし、ちょっとでも、あいつに同情してるところをみせたら、俺におごれよ、ジェアバード」
 ハダートの、他人事だからこそののんきな声が、高らかに響き渡っていた。
 外で聞いていたシャーは、思わずさっと青くなる。
(あ、あの野郎! また厄介なことを!)
 他人事だと思って、とんでもないことをするものだ。そんなことをしたら、負けず嫌いのジェアバードが、ひたすら意固地になるにきまってるじゃあないか。
 余計なことしやがって、あの蝙蝠野郎!
 思わず、シャーが、そんな口汚くののしってしまいたくなるのも当然といえば当然だった。とにかく、状況は悪くなった。そんな気がする。
 どうしたものか。もう、いっそのこと、ジェアバードとは、そこそこに仲良くする道を探るぐらいにしておこうか、そんなことも考える。
 と、ふと、シャーは、顔を上げ、ちらりと反対側の岩場で身を隠している人物をみ、慌てて岩場に顔を隠した。
 そこにいるのは、カッファだ。いつのまにきていたのか、盗み聞きに集中していたシャーには、とんと気づかなかったが、カッファが、どうやらアイードにきたようだった。
 皆、考えることは同じだ。アイードにとりなしてもらおうと思ったに違いない。だが、カッファが飛び込んできたとき、不幸にも、ハダートが、面白がりながらジェアバードを挑発して、余計に状況が悪くなったという。カッファもジートリュー本人がきてしまったものだから、入るに入れず、おまけにこんな話を聞いては逃げ帰るしかなさそうだった。
 カッファの、気まずそうな顔をちらりとのぞいてシャーはため息をつく。
(ったく、どうすればいいんだよ。オレは……)
 珍しくシャーは、深くため息をつき、こっそりとその場を離れた。






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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。