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3ジートリュー-7




「数日中には、奴らの砦につくっていうのに、この緊迫感のなさはなにかねえ」
 そんなのんきな声が聞こえ、アイードは、なんとなくため息をついた。
 今は休憩中で、日陰で少し休むことができたが、それにしたって、たまたま話しかけてきたのが、この外面のよすぎる男だったのは、アイードにとって不運である。一人でゆったり休ませて欲しかった。
 ハダート=サダーシュは、アイードのことは弟か子供ぐらいにしか思っていないのか、何かあるとすぐにからかってくるのだが、そんな彼には、ハダートは外で見せているおとなしい仮面などみせたりしないのだ。時々無理難題をおしつけてくることもある。しかも、叔父と一緒に結託するので、アイードにはたまらない状況なのだった。
 アイードには、きわめて得体の知れないこのハダートという男だが、存外に叔父は彼を信頼しているらしい。叔父には、多少だまされやすいところはある。ハダートが、ほかの将軍に見せるように、猫をかぶっているなら、だまされてもわかるのだが、ハダート=サダーシュは、彼の前では特に作った表情も浮かべることもないのだった。
 アイードの前でも、いまや作った優雅な表情をせず、ちょっと皮肉ぽい笑い方に、棘のある口調で話すのだから、最初アイードはひどく驚いたものだが、最近では慣れてしまってはいる。
「アイードさんも、うかねえ顔してるな」
 ハダートがからかうように声をかけてきた。
「ジェアバードの奴が、どうせ、シャルルに対して気にいらんとかどうとかいってるんだろ」
「そこまでご存知なら、どうにか叔父を説得してください」
 意地悪なハダートの口調に、アイードは少し恨めしく答える。
「そいつは無理だね。当のシャルルからも、どうにか話をつけてくれとかいわれたが、話したって無理だよ、無理」
 ハダートはあごをなでやりながら、にやにやと笑っていた。
「あの男がそういう性格なのは、付き合いの長いあんたならよく知っているだろう。下手に働きかけると逆効果さ」
「そりゃあ、そうですが」
 アイードも、それはよく知っているので、語調がおちた。ハダートはそれをみて、ますます突き放すように言う。
「だから、まあ、高みの見物でもするしかないね」
 そんな、と絶望的な顔をして、思わず天を仰ぐアイードに対し、ハダートはふらりととんでもないことをきいてきた。
「大体、アイードさんは、あのシャルルっていう奴が好きなのか、嫌いなのか、どっちなんだい」
「どっちといわれましても」
 アイードは、どちらかというと優柔不断なほうである。顔でその性格をはっきり現す彼を見て、ハダートは思わずにやりとする。アイードとしては、ジートリュー家とファザナー家のことがあるから、軽々しくシャルルのことについて言及してはいけないと思っているようだった。
「誰にも言ったりしないから、ちょっといってみたら気分も楽になるんだぜ?」
「ハダート将軍は、二枚舌だと叔父が言っておりましたが」
「そりゃそうかもな。あんな堅物にいわせりゃー、世の中の半数は二枚舌さ」
 ハダートはぬけぬけといい、アイードのほうに目をやった。
「で、実際はどうなんだ?」
「それは……」
 アイードは、眉をひそめた。しかし、ちらりと彼のほうに目をやる。
「個人としての意見ですよ、将軍」
「個人としての意見じゃあどうだっていうんだよ?」
 前置きが長いな、と、ハダートは眉をひそめた。
「私個人としては、シャルル殿下は、ちょっと……」
「ちょっと?」
 ハダートは意地悪く笑うと、その先を促した。
「いや、何と言うか、王族としての自覚というか素質というかには欠けているような」
「本人にそのつもりがないんだろ。まったく、相変わらず奥歯にものが挟まったような言い方をするな、あんたは。叔父貴をちったあ見習うがいい」
 自分だって、はっきり物事を言わずにごまかすじゃないか、アイードはそう思ったが、さすがにそれは口に出さなかった。
「アイードさんは、シャルルが、好きか嫌いか、どっちなんだよ」
「どちらかとうと嫌いだと思いますが、私はあの方のことをほとんど知りませんので」
「へえ、なるほどねえ」
「そういうハダート将軍はどうなんです?」
 アイードは、反撃とばかりにそうきいてみるが、ハダートには、大して効き目はなさそうだった。彼は軽い調子で答える。
「俺は、まあ、そうだな。どっちでもないが、あの王子には味方してやってもいいかな、と思っている程度かな」
「えっ?」
 アイードは、驚いて思わず聞き返す。
「ハダート将軍が、叔父と一緒に悪口を言っていたというのをききましたが?」
「まあなあ。俺にも、色々と事情があるんだよ」
 ハダートは、ため息をつきながら言った。
「成り行きとはいえ、あの女狐を裏切ることになっちまったし、それだったらあいつの味方をしてやってもいいかなあというか、そうしたほうが保身としても安全だしな」
「は? 女狐というと、あのサッピアとかいう……。あそことは切れたのですか」
「だから、言っているだろう。失敗してどうにもならんことになったから、結果的に裏切ったことになってるってこと」
 ハダートは、やれやれと肩をすくめた。
「別に進んで助けてやろうとは思わんのだが、死なれるとどうも後味悪そうなんだよなあ」
「はあ」
 ハダートの言葉はほとんど独り言に近かった。仕方なく相槌を打ったものの、アイードにはさっぱり意味がわからない。とはいえ、ハダートが親切に説明してくれるはずもないので、アイードは振り回されっぱなしのままであった。
 岩場で休んでいるのは、何も彼らだけではない。将軍の階級である彼らの周りなので、遠隔を守られているので、一般の兵士などは近づいてはこない。
 しかし、一人、こっそりと彼らの会話を盗み聞きしているものがいるのだった。
「あのこうもり男、適当なこといいやがって……」
 ぼそりとはき捨て、シャーは、気配を消しつつ、ハダートの好き勝手な言い分を聞いていたのだった。
それにしても、今の会話の内容は、実はシャーにとっては、少しショッキングなことでもあったのだ。シャーは、岩場で休んでいるアイードに、叔父をちょっといい感じにごまかしてほしいと頼みにきたのだ。
 せっかくアイードがジェアバードと離れてくつろいでいたので、これはチャンスと声をかけようとしたときに、あのこうもり野郎が、無駄話をしにきて、邪魔をしたせいでこんな岩場で盗み聞きなどする羽目になったのである。
 しかし、アイードに不審感をもたれているとなると、素直に叔父を説得してくれないかもしれない。アイード=ファザナーは、なんとなく押しに弱そうなので、強引に頼み込めばなんとかなるかもしれないが、それにしても、ちょっとまずいことになった。
(オレは別にいいんだけどねえ)
 シャーは、頭の上で腕を組みながらぼんやりと思う。
(どうせ、オレって、割と好き嫌いされやすい方なのわかってるし。別に嫌いだってんなら、無理に言うこときかせたってろくでもないことになりそうだし)
 問題は、カッファがやたらとジートリュー一族を気にかけていることである。それは、まあ、彼の立場を考えれば当然で、シャーとしても、カッファがそれに苦心する理由もわかる。
 シャーとしては、別にいやならいやでほっといてくれてもよかったのだが、カッファがあれほど焦っている以上、一応彼自身も何か行動をとらないといけないのだった。
 あれほど迷惑をかけていてと思われそうだが、シャーは、やはりカッファには弱い。
と、シャーは、あわてて少し緩みかけていた気分を引き締めた。誰かこちらに歩いてきているのだ。推測するまでもない。
 問題の元凶である、ジェアバード=ジートリューその人である。




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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。