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アズラーッド=カルバーン東方戦記
〜シャルル=ダ・フールと七人の将軍〜

3ジートリュー-1


 ベルバアの要塞は日干しレンガで出来ている。砂漠の向こうから見ると、ぞっとするほど威圧感のある要塞だ。
 ラトラスは、この前、ベルバアの要塞を目の当たりにして、正直少しびくりとしたのを覚えている。もっとも、そんな風に気後れしたことを、彼は恥ずかしく思っていたので、思い出したくもなかったが。
 青い空と黄色の砂の中、それは蜃気楼というには、物騒なほどの威圧感を持ってたっていた。
 リオルダーナにやとわれた傭兵達は、例の「戦王子」アルヴィン=イルドゥーンにひきいられ、この要塞に来ていた。そして、雇われたばかりのラトラスも、彼らとともにここにきていたのだった。
 ラトラスは十五歳になったばかりの少年だ。剣はそれなりに覚えはあるが、まだ戦争に参加したことはない。剣の腕にはそれなりに自信はあったが、身分も高くないので、あえて傭兵の道を選んだのだが、それにしても、初めてのことばかりで、内心焦ることが多かった。
 ラトラスは、あたりを見回した。要塞の中の宿舎の一角は、意外に広く作ってある。中庭になっているそこで、部屋にあぶれた傭兵たちが休んだり、博打をしたり、話をしたりしていた。ラトラスも、部屋にあぶれたのもあり、ひとまずそこで休息をとることにしていた。夕方までには、残りのものにも、部屋が手配されるという話だった。
 周りはいかつい男達ばかりで、ラトラスは、少し気後れしそうになった。連中は歴戦の勇士らしい風格もあれば、それに見合う体格もある。それに比べて自分を見ると、まだひよっこなのがわかってしまうからだった。 
 リオルダーナの戦王子のところなら、きっと自分が生計を立てることもできるだろう。そう思って応募してきたが、実際採用されてみると、周りの連中の体格のよさにも、外見から垣間見られる経歴にも圧倒されてしまうものだった。
 だが、ラトラスは、その自分の弱さを認められるほど、大人ではなかった。だからラトラスは虚勢をはり続けなければならなかった。
「何きょろきょろしてるんだ?」
 ラトラスが、居場所を探すように目をさまよわせていたのに気づいたのだろう。いきなり、そんな声がかかった。
 周りにいる傭兵達が、ラトラスを見て、少し笑っていった。
「なんだ、まだ子供じゃねえか」
「こんなとこいるとあぶねえぞ。餓鬼はとっとと家に帰れよ」
 わはははは、と笑い声が上がった。ラトラスのまだ貧弱な様子をみて、あざ笑ったのだろう。
「こ、子供じゃねえよ!」
 事実、まだ子供のラトラスは、それがゆえに虚勢を張らねばならなかった。だからこそ、ラトラスは、むっとして彼らに食って掛かった。
「子供じゃねえか。鏡みてからいえよ」
「ったく、なんだ。最近は餓鬼も戦わせるのか? コイツ、使い物になるのかねえ」
「馬に蹴られて死にそうじゃねえか?」
 ラトラスがむきになったのを見て、彼らはいっそうざわめいた。ラトラスはかっとなり、思わず彼らにつかみかかった。周りでラトラスを止める声がしたような気がしたが、そんなことなど耳に入らない。男たちにつかみかかって、そのまま倒してやろうとした。
 だが、相手は歴戦の勇士達だ。さすがにラトラスには分が悪い。ラトラスがあっという間に組み伏せられるのも、また一瞬だった。
「全く、餓鬼は仕方がねえな」
「はははは、まあ、その生意気な口がいつまで続くかだがな」
「離せよ!」
 ラトラスは必死でもがくが、首の辺りを押さえつけられて、全く身動きが取れない。男たちの嘲笑は激しくなっていく。ラトラスは、怒りと悔しさで真っ赤になりながら、それでも、どうにもならない現状に悔し涙を浮かべそうになった。
 と、その時、いきなり男たちの手が離れた。
「……お前は……」
 傭兵達は、後ろにいる男に気を取られたらしかった。いつの間にか、そこには、背の高い男が立っていた。蒼白な、どちらかというと人形のような顔をした男だ。黒い衣装を身につけ、剣を背負っている。
 彼が、近頃、例の戦王子に傭兵部隊の隊長に任命された傭兵だということを、彼らはどうやら知っていたようだ。
「戦う前から揉めるな……」
 男は、彼らが静かになったのをたしかめてから口を開くと、ちらりと彼らをにらんだ。
「そんな元気があるのなら、本番にとっておくんだな。実戦で死んでも知らんぞ」
 あざ笑うように口元に笑みを刻みながら、男は不吉な色を引きずる声でそうつげた。自分に言われたわけではないのに、ラトラスは、体の芯のほうが、ぞうっと凍るのを感じた。
 男はそれだけ言うと、そのまま立ち去ろうとしたようだが、ふと、騒いでいた傭兵の一人が声をかけた。
「な、何を偉そうに! ちょっと、戦王子に認められたからといって」
「何だ? 何か不服か?」
 男は立ち止まって、ほとんど無表情な顔に薄く笑みをのせた。
「決まったことに今更なんだ? 不服があるのなら聞くが?」
「ちょっと上に気に入られたぐらいで隊長になった、お前の命令なんか、聞けるかという話をしているんだ!」
 若い傭兵は、多い血の気に任せてそう叫んだ。
「そうか、それほど不服なら仕方がないな」
 男は、にやりとした。
「我々の信条は力がすべてであることだろう。ならば、それにのっとって、俺から地位を奪えばいい。俺はいつでも構わんぞ。寝首をかきたいならかきにくればいい」
 男は冷たい薄ら笑いを口の端に浮かべた。
「ただし、どちらの首が先に飛ぶかという話になるだろうがな?」
 一瞬、視線を向けられた男が動きを止める。
「いつでも相手をしてやるが……。だが、な」
 男は意味ありげに、言葉を濁した。
「……俺はな、自分で自覚があるからいってやっているのだ。俺は、血を見ると、何をしでかすかわからん性質でな。それに、さすがの俺でも咄嗟に手加減はできん。それを念頭においてから来い」
 男の冗談とはとれない不気味な発言に、一瞬場が静まりかえる。彼は、それを事態の収束とみて、そのまま身を翻して歩いていった。
 だが、背を向けた瞬間、それをチャンスととったのか、いきなり若い傭兵が、剣を抜いて飛び掛ったのだ。
 勝負は一瞬だった。
 男が振り返った直後、彼に飛び掛った者は、悲鳴を上げて反り返っていたのだ。倒れこんだ男の手からは血がにじみ、その手にあった剣は、遠く弾き飛ばされていた。
 反対に、彼の手には、いつの間にやら剣が握られていた。
「……ふっ、ふふふふふふ。言ったはずだ。俺は血を見ると、容赦が出来ん性格だとな」
 男は不気味な含み笑いを浮かべながら、彼を見た。若者は、びくりと肩を震わせた。
 男の瞳には、どこか陶酔の色があがっていた。普段は、感情を目に映すことがない彼だけに、それは際立って見えた。殺される……と彼は確信した。
 ――この男、まともじゃあない!
 しかし、男は意図して剣を横に寝かすように動かすと、ちらりと視線を振ってから彼のほうに目を戻した。その時には、例の陶酔の色は消えて、相変わらず冷たい光が宿っているだけだった。
「だが、今日はコレぐらいにしておこう。さすがに、いきなり部下殺しはまずい」
 男は、かすかについた血をはらって綺麗にふきとると、薄ら笑いを浮かべた。
「せっかく隊長格に上げてもらったばかりだからな。……俺も自重中なのだ。今なら見逃す」
 彼はそういい捨てる。若者は、それ以上、彼に絡む様子はなかった。
「エーリッヒ!」
 男が去ろうとした時、ふと、そんな声が聞こえた。
「お前は、エーリッヒ=ゲーベンバウアーだな!」
 男は、声のしたほうを見て、ふっと笑った。そこにいた傭兵に見覚えがあったのだろう。
「ずいぶん前の戦場で一緒だった男か? 久方ぶりとでもいっておこうか?」
 男は冷笑を浮かべながら、剣を収めた。
「それにしても、エーリッヒとはな。懐かしい名前だ。久しぶりにきいたぞ」
「貴様、生きていたのか」
 傭兵のほうは、いくらか動揺しているようだった。エーリッヒと呼ばれた男のほうは、それをあざ笑うように口元をゆがめた。
「そんなに驚くことはないだろう。……あの時、別に俺が死んだ証拠などなかったはずだが……。ただ、戦闘している間に本隊が移動して、俺がそれに乗り遅れただけのことだ。ただ、炎が少しきつかったから、それで俺が死んだと貴様らが勝手に思い込んだだけだろう」
 彼はこともなげにそういうと、肩をすくめた。
「だが、まあ、あのときの金が結局未払いになってしまったのが惜しかったがな。前金でもらっておくべきだった。今度はそうならないようにしておかねばな」
 にやりと笑うと、ぞっとするような冷たさが周りに立ちこめた。彼には、なにか、普通の戦士にはない妙な雰囲気があるようだった。存在自体から死の香りがするような男である。彼は、まだ何か言いたげな傭兵を尻目に、さっさと身を翻して歩き始めた。それ以上、話すことがないといわんばかりの態度だった。
 ふと、ラトラスの横を通る時、男は、ちらりと彼に目を向けた。冷たい目をした男だ。感情の一部が死んでいるようなところのある目なのに、異様な殺気を感じさせるところもあり、また、それに反して、何かを喪失した者の寂しさのようなものが、気配として瞳の中に残っているようだった。どこか生きている人間の温かみが欠落したような男だった。
 その男が、彼のほうをじっと見ているものだから、ラトラスは、少しぞっとした。だが、ここで怖気づくわけにはいかない。まさかここで怖気づいたのを悟られるわけにはいかないのだ。
「何だ!」
 わざと強がってきくと、彼は静かに唇を開く。
「貴様、まだ餓鬼だな?」
 ラトラスは瞬間かっとした。開口一番そういわれ、あざ笑われたのだと思ったのだ。
「ば、馬鹿にするな」
「馬鹿にしたわけではない」
 男はしかし笑みを浮かべず、無表情だった。彼を笑うつもりはなかったのだろうか。その言葉は、単に憮然としたものだった。
「どういうつもりで、ここに来たのか知らないが、……気をつけたほうがいいと思っただけだ」
 男は、ラトラスの敵意など、はなから相手にせず、静かに自分の言葉をつむぐ。
「戦場では、餓鬼だからといって、手加減する奴はいない。貴様が自分でこの道を選択したのなら、別に俺は止めもあざ笑いもせん。……まあ、せいぜい気をつけて生き延びるんだな」
 男は、最後にかすかに薄ら笑いを浮かべた。
 そうすると、彼はマントを揺らしながらくるりときびすを返すと、そのまま立ち去る。その歩き方は、明らかに訓練された人間のもので、彼の出自をどことなく予想させるものがあった。
 ラトラスは、ひたすら男をにらんでいたが、彼はその視線など気にも留めない様子だった。
 駆け出しのラトラスの、片意地をはった敵意など、男にとっては、相手にするほどの威力などなかったのかもしれない。ラトラスはむっとしたまま、しかし、別にそれ以上彼に絡むこともできず、ただ男が去っていくのを眺めるしかなかった。
「やっぱり生きてたか!」
 周りがざわつき始めた中、ラトラスの頭の上で、誰かが歓声を上げた。
 見上げてみると、傭兵というには、あまり体の大きくない、ひょろりとしたやせた男が満足げにうなずいていた。顎の無精ひげのほかは、これとして取り立てて目立つ印象のない男だが、世渡りのうまそうな感じがした。体も軽そうだが、口調からして性格も少し軽そうだ。
「やっぱりな! あの旦那が死ぬわけないと、俺が何度もいったじゃあねえか。へ、へ、へ。血を見た瞬間に、アッチにいっちまうところも相変わらずみてえだがなあ」
 一人嬉しそうな男を見上げて、ラトラスは思わず訊いた。
「あんた、あの男を知っているのか」
「まあな。ジャッキールの旦那だよ。俺が知ってたころは、エーリッヒとも名乗ってたこともあったがな。まあ、どっちも偽名だろうがねえ」
 やせた男はにやりと笑って、ひげの生えたあごをなでた。
「小僧命拾いしたな。あの旦那に睨まれると一瞬で首と胴が離れちまいかねないからな。まあ、お前にはそんなことしねえだろうけどさ」
 男はへらへらと笑ってそういった。ラトラスは何か言いかえそうかと思ったが、男はすでにラトラスのそばから足を踏み出していた。
「さあて、ジャッキールの旦那の相手でもしてくるかね!」
 男はそうつぶやくと、楽しそうに彼が去っていった方向に歩き出していた。




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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。