シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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アズラーッド=カルバーン東方戦記
〜シャルル=ダ・フールと七人の将軍〜

2.ハダート-12

 そこにいたのは、一番最初にシャーに矢をいかけてきた娘だ。取り残されたのか、それともそういう命令をされていたのか、どちらにしろ娘が彼の命を狙っていたのはすぐにわかる。黒い髪のきれいな娘は、大地に投げ出され、短剣を引っかけられたときに傷つけたのか、右手を押さえていた。
 陽光に煌めく刃の光の残像と、振り返ったシャーの目がちょうど娘の瞳を射る。逆光の筈なのに、いやに青みがかった目は無表情でどことなく獣じみていた。それは、娘にかつてきいたことのある凶眼の昔話を思い出させた。
 シャーは、ようやく相手が怯えていることに気づくと、軽く苦笑した。
「やあ、さっきの娘さん? ごめんよ、いきなり後ろから来られたから反射的に、さあ。でも、当たってはなかったでしょ?」
 シャーは、相手にそう呼びかけて、にこやかに笑った。だが、その顔は普段通りなのに、妙な迫力が奥の方に潜んでいるようだった。少なくとも、スーバドは、今、シャーに話しかける気にも、近づく気にもなれない。何となく、触れたらそのまま斬られそうな気がした。戦闘直後の殺気の残滓が、まだ彼の背後に取り巻いているようだ。
 横で見ているスーバドでもそうなのだから、その視線を向けられている娘はもっと恐ろしいだろう。びくりとした少女は、慌てて後ろずさったが、逃げ切れないことも同時に悟る。気の強そうな彼女は、きっと唇を噛みしめていった。
「こ、殺せ!」
「あのねえ……」
 震える声で気丈にいう娘の目は、大きく鋭かった。やれやれと言いたげにシャーは娘をまじまじとみた。
「そういう事言うと、オレが悪者みたいじゃない?」
 少なくとも、さっきは、悪党みたいな空気を背負っていましたが、と心の中でぼそりとスーバドは呟く。さすがに、いまだにいつもと違う空気を背負ったままのシャーにそんなことをいう度胸はない。
「そういうコトをいうもんじゃないよ。人生ってのは、すばらしーものなんだ。オレ達は若いんだし」
 シャーはそういって手をさしのべたが、それは何ととられたのか。娘は、慌てて身を守るように身をひいた。シャーは、明らかに誤解されているらしいことをしって、少なからずショックを受けたような顔をする。
「そ、そんな警戒されると、落ち込むなあ。オレ、こう見えても、スケベオヤジにはまだほど遠い年なのよ」
 シャーは、ため息をつきながら苦笑した。
「だから、普通に仲良くやろーよ、っていってるだけでしょっ? そのぐらいもダメ?」
「殺せっていってるだろ!」
「だから、無理な事言わない」
 シャーは、とうとう剣をひきながらやる気なさそうな声で言った。
「悪いねえ、オレはよほどでも、女の子には剣を向けない主義なの? あと、目の前で女の子に死なれたら後で一週間寝込むぐらい困るの。お願いだからさあ、危ないこと考えないで今日の所は帰ってくれないかなあ」
 娘は、驚いたように目を瞬いた。最初は、疑るような目だったが、シャーがいきなり刀を収めてしまったので、どうやら信じなければならなくなったようだった。タッと、立ち上がるが、シャーは動かない。警戒して目をむけながら、娘は少しずつにじるように後退する。どことなく、薄ら笑いをうかべるようなシャーの表情は不気味だったが、彼は刀を収めてしまって、今は腕組みをしながら彼女を見ていた。
「お、覚えていろっ!」
 娘はそう一言言うと、慌ててかけさっていった。
「アンタのことは、多分覚えてられるよ。だって、割とオレの好みだもん」
 どこまで本気なのか、シャーはそういって軽くあくびをした。娘は、すでに岩場の向こうに走っていって姿が見えなくなった。
「何だったんでしょかねえ、アレ」
「オレがききたいです」
 独り言のようにいうシャーに、ようやくはい出てきたスーバドは、そう言った。そして、娘が逃げていった方を見やりながら、そうっとシャーに訊く。
「あのまま逃がしていいんですか?」
 シャーは、目だけをこちらに向ける。その目には、先程の不穏さはなくなっていた。本当に、一瞬で印象が変わる。
「もし、捕まえて誰の指図かとか訊いた方が……」
「えー、だってかわいそうだし。オレは女の子には割と優しいの」
 ただでさえもてないんだから、マメさと優しさで勝負しないと、とシャーはもごもごいいながら、にっと笑った。
「それとさあ、ちょっと恩を売っておいたら、手ぐらい握ってくれるかもしれないよ」
 半分冗談だとは思いたいが、何となくシャーの目に映る表情には、そんな淡い期待がのぞいている。スーバドは、呆れ半分と哀しみ半分に、ため息をついた。
「それはまず無理だと思いますが」
「えー、なんで? 悲観的な男は嫌われるよ」
「楽観的すぎるのはどうかと」
 シャーは、不服そうな顔をしているが、スーバドは何故かかわいそうになって追求をやめた。思えば、自分もあまり立場はかわらないのだが、それにしても、そんな淡い期待に望みをつなげる王族というのは泣ける。
「しかし、ハダート将軍も、あんな女の子差し向けてこなくたって」
 話を変える意味もあって、スーバドは、ふとそんなことを言った。
「見れば、オレ達よりも年下みたいですし。ああいう子にあんな事をさせるのは、オレとしてもちょっと……」
 正直、もう少しハダートは、分別があると思っていたのに、とスーバドは、これは口に出さずに表情で語った。
「そうだねえ……。でも……」
 シャーは、ふとにやりとした。
「さぁ、アレはハダートちゃんの人選じゃないでしょう。作戦はしってるけど、選んだのは本人じゃないはず」
「また、何でそんなことが言えるんですか?」
「あの娘は、あの襲ってきた奴らの一味なわけね。だから、あの首領がわざと一人いれてたんでしょ、年頃の女の子なら、オレや君みたいな年頃の少年たちの心はざわつくってもんじゃない」
(うわ、この人から少年って言葉が出るとは。似合わないなあ……)
 スーバドは、いっそのこと不気味に思ったが、さすがに口に出せずとりあえず頷いておく。シャーは、スーバドの思いには気づいている様子がない。
「大体、あの人にしちゃあ、冗談にしても趣味が悪すぎるさ。……あの人が送り込んでくるなら、美人のコワイねーちゃんのが、よっぽど趣味にかなってるよ」
 と、のんきに話していたシャーに、スーバドはとりあえず相づちを返そうとしたが、その前に、シャーがふと表情を変えた。
「ん?」
「どうしましたか?」
 また、何かおもいだしたのだろうか。軽い調子できいたスーバドだが、シャーはすぐには返事を返さず、なにかに注意を傾けているようだった。そして、シャーは、元から大きい瞳をはっと見開いた。
「まずい! ここはやばい!」
 シャーはにわかに慌てだした。突然身を翻したと思ったら、シャーは走り出した。いきなり走られ、スーバドは訊いた。
「どうなさったんですか?」
「なさったもどうこうもねえって! ……馬蹄の音が聞こえるだろう?」
「は? ば、馬蹄、ですか?」
 スーバドにはそれはすぐには聞こえないのだが、シャーがここまで焦るということは、おそらくそうなのだろう。
「近くに、多分敵の軍勢がいるんだよ! ……さすがに捕まると尋問だけじゃすまないぜ!」
「ええっ! な、なんでまた!」
 スーバドは、慌ててついていきながら驚いたように叫んだが、シャーは返事を返さない。
「まさか、そこまでつなげてくるとは思わなかった!」
 シャーは、苦笑いした。確かに、あの連中がいきなり、さあっと蜘蛛の子を散らすような退却の仕方はおかしいと思った。だが、次にまさかここまでやってくるとは。
「つーたく、嫌なヤロウだねえ。ハダート=サダーシュ!」
 舌打ちしながら、シャーは忌々しげに言った。
「この借りはぜってぇ返させてやっからな! 見てろよ!」
 先程の入り口まで戻るのは危険だ。このまま進んだ場所で身を隠したほうが多分安全だろう。向こうは、また岩が減って平たい荒野になっている。そちらから、砂煙が上がっているのが、ようやくスーバドにも見えていた。

 
 砂煙をあげながら駆ける。逃げる二人組の姿は、隊長の目からも見えていた。だが、それが命令された「敵方の将軍」かどうかはわからない。
 元々は、偵察部隊だった彼らは、ザファルバーンの軍勢がこの辺りにいることはしっている。しかし、別にここですぐ争うつもりはなかった。ただ、峡谷続きのこの岩場で、どうにか決着をつけたいという気はあったのであるが、ここは、まだリオルダーナの領地に入ってはいない為、動きづらいのである。やるなら、もう少し先、と、上層部は踏んでいるらしかった。
 だから、今日も十数名をつれて偵察のつもりだったのだが、ふと今日は上官に呼び止められた。この付近に、敵方の将軍がはぐれてやってくるというのだ。そういう情報があったということだが、それだけなら疑って当たり前のものである。だが、上官は、「信じられる裏付けがある」ともいった。地元の暗黒組織と繋がりのある彼のこと、もしかしたら、そちらにもきいていたのかもしれない。
 逃げる二人組は、両方とも若い男で、まだ少年と言ってもさし支えない年頃のように見える。二人とも、取り立てて身分が高そうな感じでもないのだが、片方は、青いマントを身につけていた。荒野の赤い土の上では、それはよく目立つ。
 上官は、「敵方の将軍」の名を明かさなかったが、「若者」「青い服」と続くと、あの謎の多いザファルバーンの「青兜」、つまり「アズラーッド=カルバーン」と呼ばれる男を思い起こさせた。それがホンモノであるかどうかはわからない。だが、彼には、少なくともその若者を捕まえるか、殺すかする命令が下されていた。大体、例え人違いでも、若者一人二人死んだところで、隠してしまえば、大きな問題でもあるまい。
「よし! あの二人だ!」
 いっそう馬を駆り立てながら、彼は命令を下した。足場の悪い荒れ地を、必死に走る青年達の背は、すぐそこに見えていた。
 もちろん、それは逃げる側の彼らにもわかっていることである。
「シャーさん! そろそろやばいんじゃないですか!」
 走りながら、スーバドは、荒い息をつきながら叫んだ。一応シャーは、少々スーバドに合わせてくれているらしいのだが、それでも彼は案外足が速い。
「当たり前でしょーッ! 人が馬に足で勝てるワケないじゃんか!」
 シャーは、振り返らずにヤケ気味にそう返してくる。
「や、やっぱり、あそこで馬なんか捨てちゃったから……!」
「あの時はあーしかなかったのー! ったく、喋ってる暇があったら走って、あそこの迷いそうな岩場に逃げ込んで……」
 シャーは、痛いところをつかれて、さすがにややムッとしたような顔をした。自分で把握している失敗を突かれると、何となく痛いものである。
 確実に、背後から来る音と振動は近くなっている。シャーは、そろそろ追いつかれる事に気づきながら、どうしたものか考え始めていた。シャー自身はともあれ、スーバドはそろそろ限界だろう。このまま走っても、まずスーバドは捕まる。
(こうなったら、やるだけやるしかないか?)
 このまま走ってへろへろになる前に、迎え撃って戦った方がまだいい。
(ええい! 仕方ない!)
 シャーは、足を止めるのに前に出した右足でブレーキをかけようとしたが、ふと、何かに気づいて顔を上げた。別の場所から、違う音声が聞こえたような気がしたのだ。
「何だ?」
 きょとんとして、シャーは音の聞こえた方向を見た。そこからは、十人ほどの男が馬で走ってきていた。
「どこ見てるの? 早くこっちへ!」
 いきなり声が聞こえ、シャーは、そちらに目をやった。同時に十人ほどの騎馬兵が、わっと声をたてながら、彼らの横をすりぬけていく。その肩には、ラギーハの紋章がついていた。
「あ、あれは……!?」
 訊いたスーバドにシャーは答えなかった。代わりに彼はそこで走るのをやめて立ち止まった。続いてきていたスーバドが、思わず転びそうになる。
 少し離れた前に、馬に乗った身分の高そうな武人が立っていた。流れる艶やかな髪の毛が、ゆらりと流れる。なかなかの勝ち気そうな美人だが、今は不機嫌そうに見えた。
 シャーは、荒い息をつきながら、思わず苦笑した。
「ど、どうも。……エルテア姐さん……」
「大丈夫かしら。殿下。列を離れて、単独行動とは、なかなかやるわね」
 やっぱり機嫌が悪いらしい。
「そ、それって、お褒めの言葉でしょうか?」
 シャーは、頑張って愛想笑いをうかべたが、エルテアの鋭い視線を浴びて、慌てて目をそらした。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。
©akihiko wataragi