シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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アズラーッド=カルバーン東方戦記
〜シャルル=ダ・フールと七人の将軍〜

2.ハダート-11


「殿下はどこにいったー!」
 小休止中のザファルバーンの兵士達がいる峡谷の中を、怒号が響き渡る。それもその筈で、この小休止自体、本来の行程には組み込まれていない休みなのだ。その理由は、もちろん、この遠征部隊の最高司令官であるはずの男が、ひょっこり消えたからである。
 カッファは、眉間に縦皺を増やしながらイライラと足を動かしている。
「隅々まで探したのか?」
「は、はい。一応。あの方がよく遊びに行く筈の小隊長や兵卒などからも話は聞いておりますが……」
 報告する部下も、ややげんなりしている。何も、こんな時に抜け出さなくてもよかろうに。
「そ、それが……。どこを探しても……。ま、また逃げたのではないでしょうか!」
「ううう、あの方は、昔っから放浪癖と脱走癖があるからな。この近くに小さな集落でも見つけて、ふらっと陽気に誘われていったとも……」
「ごくあり得る話ですね」
 部下に肯定され、カッファは深々とため息をついて、腕を組む。
「まったく、何を考えているんだか! 正直、アレが王子でなかったら、今頃一度は谷底に突き落として……!」
 文句を言っていても埒があかない。とりあえず、至急探すように周りに命令を下し、カッファは、再びため息をついた。
「スーバドまでいないということは、……押し切られたかな。やはり」
 確かに、あの青年ではあの三白眼は止められないだろう。ああみえて、強引なところもあるし、のらりくらりとかわされてしまったのかもしれない。
「全く、なあにを考えているんだか!」
 憤りもあらわにそう吐き捨てるカッファの所に、一人の若い将軍が歩いてきた。ラギーハの紋章をつけるのを見るまでもなく、エルギス=ハスである。
「どうなされました? カッファ殿」
「あ、ええ、まあ」
 さすがに殿下が逃げた、などと言うのも悲しい。カッファは、エルギスに慌ててぎこちない笑みを向けた。
「今日は少々暑い日よりですし、ここいらでもう一度兵を休ませた方が、と思いましてな」
「なるほど。確かに、今日は暑いですからね」
 エルギスは、そういって微笑した。だが、その顔はすぐに険しくなる。
「ですが、この辺りは、岩場で狭くなっています。襲われると危険かと思いますので、なるべくならすぐに出立した方がよろしいかと」
「あ、ああ、そ、そうですな……」
 それは一応はわかってはいるのだ。だが、さすがにシャーを置いていくわけにもいかないし。と、カッファは、作戦とお守りをしている子供の板挟みに悩む。
(本当に、もしアレでなく、むしろ、そうレビ様あたりが司令官だったら!)
 ふとそうカッファは考えてしまっても、それはそれで仕方がないことであろう。まあ、レビが例えシャー並の頑健な体をもっていたとしても、あのマジメでしかものんびりした性格を考えると、あれこれ苦労するのは目に見えているのだが。今のところ、そう考えることが、カッファのささやかな現実逃避になっているのである。
 と、ふとカッファは、思い出したように周りに視線を巡らせる。そして、ある一点で目を留めた。そこには、頭に布を被った銀髪の男が、すらりと高い体を岩場にもたせかけている。彼の肩には、黒い鳥がとまっていた。どうやら、彼が飼っているものらしいとは知っているが、それがどういう役割を果たしているかまでは、カッファは把握していない。
(ハダートは、間違いなくここにいるが……)
 彼は、水を飲みながらくつろいでいる様子だ。とりあえず、彼自身が直接関わってはいなさそうではあるのだが……。
(しかし……)
 何となく胸騒ぎがした。あの三白眼のこと、まさか、自分でハダートと話をつけたのではないだろうか。もし、そうだとしたら、この件にハダートが関わっているのかもしれない。しかし、それでも、ハダート自身に問いただす訳にはいかない。もし間違っていれば問題だし、例え本当でも応えてくれるわけがない。
「どうなされましたか?」
「ああ、いえ」
 カッファは首を振った。今は、とりあえず、シャルルが帰ってくるのを待つしかない。ああ、そういえば、と、カッファの複雑な思いに気づいてかどうか、エルギスが顔を曇らせた。
「私の妹を見かけませんでしたか? いえ、先程までいたと思うのですが、何故かいつのまにか姿を消しているようで……」
「お、おや、そうなのですか」
 何となく、カッファは同情してしまう。ともあれ、元気すぎる子と関わると言うことは、体力と精神力のいることなのだ。
 周りで兵士達がひとときの休みに雑談をしている。そのささやかな喧噪の中、ハダートは一人黙って立っていた。杯にくんだ水を口に含みながら、ハダートは、冷たくぎらぎらと輝く目で、岩山の向こうを見ていた。岩山の向こうにあるのは青い空だけだ。いや、彼は青い空などみているわけではない。彼は、自分の張り巡らせた罠にエモノがかかるのを待っている。そして、それを見通すようにしているだけだ。
「死んじまえ、……シャルル=ダ・フール!」
 囁くように呟いたハダートの言葉をきいたものはいない。ただ、肩に止まるカラスが、羽を少しばたつかせただけだ。




 追ってきた覆面の男達は、狭い岩場に入る前には、すでに下馬していた。岩場の前に、馬が二頭乗り捨てられているところをみると、相手もそうだったのだろう。個体識別があまりつかない、同じような格好をした覆面の男達は、そのまま静かに岩場の中に移動する。
 岩と岩に囲まれて人が一人二人通れるぐらいの場所の向こう側は、比較的開けたところがあるようだった。そろそろと進みながら、男達は向こう側を探る。
 相手もそうだったのだろうか。一瞬、向こう側から覗く顔と目があった。
「ひっ!」
 息をのむような悲鳴が聞こえ、男達は彼を見る。若い男だ。青い布を頭から被った彼は、そのまま身を翻して狭い岩場を走っていく。
 男は背後を見やり、何か合図を送ると素早く走り出す。逃げていく青年の姿は、すでに岩に隠れて見えない。そのまま岩の詰まった狭い迷路のような箇所を走り抜ける。と、突然、岩と岩の間が広くなり、足場も平らな場所に出た。
 そこの岩の影に先程逃げた青年の服がちらりと見えていた。彼らはそれを見るやいなや、素早く周りを取り囲む。そうして、そのまま青年を引きずり出そうとした。
「残念!」
 突然高らかな声と共に、鈍い光が男達の目に飛んだ。青いかたまりが、ばあっと走り出てくるのと、数人が倒れるのが同時だった。男達は、はっとすると警戒して後退して陣形を変える。
 青いマントを翻して、隠れている青年の前に立った男は、癖の強い黒髪を揺らしながらにやりと笑った。すでに抜刀している東方風の見かけない刀は、きつい太陽の光にはあまりそぐわない雰囲気を持っていた。
「お、遅いですよ!」
「ごめんごめん。うっかり、寝そうになってたの」
 スーバドの抗議に、刀をもっていない左手をひらひら振りシャーは応える。そして、ハッと身をひいた。ぎゃあっとスーバドが悲鳴をあげる。シャーの避けた場所、つまりスーバドの隠れている岩に敵の放った刀が当たってガッと音を立てる。シャーは、体重を移動した方向にそのまま身を倒しながら、さあっと流れるように走った。ついてくる男を見やりながら、シャーはわずかに前の方に進む。そして足を翻し、ついてきていた男の胸元を振り返りざま、柄がしらで突いた。 
 倒れた男がのしかかってくるのを上手く避けながら、シャーは、刀を持ち直した。そして、前を見て、ああ、とため息のように呟く。目の前に広がる敵達は、先程とは様変わりしていた。雰囲気一つとってもわかるし、シャーのように武芸に従事した者なら、その手つきをみてもすぐにわかる。先程まで、馬で追いかけてきた連中は、数こそ多かったが素人だった。そうでなければ、逃げ切れなかったかもしれない。だが、今広がる男達は、明らかに戦い慣れしている。岩場を進む間に、人間が入れ替わっているのだろう。
「あらら。いつの間にか、素人から玄人に交替してるじゃない。弱ったなあ」
 シャーはまるきり他人事のように呟き、かしゃりと刀の柄を叩いた。
「言っておくけど、オレ、玄人相手なら手は抜かないぜ?」
 明確な返事はない。ただ靴が砂の地面を蹴る音が、実質的の返答だ。
「あ、あの、オレはどうすれば?」
「嫌なら下がってろ!」
 慌てるスーバドに鋭くいって、シャーは、一番先に振るってきた相手の刀をはじき返して、横に飛んだ。そのまま飛び掛かろうと足を進めた先程まで剣を交えていた相手が、前のめりのままその場に倒れ伏す。スーバドには見えなかったが、はじき返して飛んだ直後に、すでに一撃を食らわしていたらしい。スーバドは、加勢しようか迷ったが、結局、足手まといになりそうなので、岩場に隠れておくことにした。
 相手はさすがに玄人だ。一人やられた程度では、ひるみもしない。群がってくる相手の剣を弾きながら、そのまま体を引いてシャーは後ろに逃げる。つかず、離れず、微妙な間合いを取りながら、しかも、敵は集団で取り巻くようにシャーを襲う。
「チッ!」
 鬱陶しいと思ったのか、シャーは大きく舌打ちすると近くにいた男を刀の柄で殴りつけて、そのまま素早く後ろ向きのまま斜め右後ろに、ついっと逃げる。これだけの人数がいたら、いちいち切り倒していたら刀の方がもたない。
「なるほど……。あんた達、マジモノなわけ?」
 シャーは、薄ら笑いをうかべた。
「噂にはきいていたが、……そーゆー手の人たちね」
 軽くあがった息を一度深く息を吸い込み整える。シャーは、身を起こして、右手にぶら下げた刀の切っ先を相手に向けた。敵は無言。表情をあらわにしない集団と戦うのは、いくらシャーでも慣れないことである。周りの空気は、彼にとってもつかみようのない不気味なものでもあった。
「ハダートちゃんは、顔が広いなあ。驚いたぜ!」
 皮肉っぽくそういって、シャーは、一歩分後ろにさげた左足を小刻みにずらした。さて、このままどうしたものか。
 全員をたたきのめすのはまず無理だ。刀が何本あっても足りない。逃げるとしたら真っ先にスーバドが邪魔になる。
(こういう場合で有効なのはただ一つ!)
 シャーは意を決すると、マントを翻しながら相手に向かっていった。今まで、反撃しながら少しずつ逃げていたシャーの突然の突撃に、多少相手には驚きが見えた。一瞬の隙を見せた相手の肩口を切り下げ、シャーは素早く目を走らせる。似たような覆面の連中の個体識別はつかないが、必ずこの中に頭領がいるはずだ。指導者を倒せば、いくら訓練された者でも、その動きは乱れるはずである。何とか戦いながら、それを見分けて、それに集中攻撃をかけるしかない。
 白刃が入り乱れる。自分に向かってくるものと、自分の刃を避けようとして振るわれるもの。それを一目で見分けて、シャーは、迫る刃を避ける。青いマントが揺れたまま引き裂かれるが、身を翻すたびに形を変えるそれは、シャーの細身の体をうまく隠してしまって、かえって傷をつけるのを防いでいた。
 ガシャアン、と鋭くけたたましい音が鳴り、金物がぶつかる。そのまま、さっと身を沈め、シャーは相手を蹴り飛ばしてはね除ける。頭領らしきものは前にはいない。乱れながら、しかし、ある規律をもって動く集団を、絶対に操っているものがいる。それを冷静に見極めなければならない。
 迫る切っ先を避けてそれを払ったとき、シャーは、ふいに集団の中程で、視線をあちらこちらに配っている男を見つけた。一人だけ、あきらかに違っている目の動きに、シャーはその男をこの場の頭と確信した。
「そこだ!」
 シャーは、叫びながら迫ってきた男達を一気に押しのけ、素早くその男に突っ込んだ。
「テメエが、正解だ!」
 いきなり飛び込まれたが、男も玄人だ。素早く抜いた短剣をかざした。シャーの振るった刀は短剣の柄の部分に当たり、動きを止める。金属の軋む音が、ぎりぎりと耳元に嫌な音を立てる。すぐに刀を返すと思った男だったが、シャーはそのまま押してくる。金属が当たってすれる音が激しくなり、軽く火花が散った。
「うっ!」
 首領らしい男が軽く呻いた。そのまま、シャーにぎりぎりと力で押されて、短剣を握った男は、身をのけぞらせた。最初は、このぐらいの細い体のシャーのこと、大した力もないだろうと高をくくっていたのだが、それは間違いだった。押し切られそうになり、男は、珍しく焦る。
 そのまま、シャーが男を押さえ込むかと、思ったとき、彼の背後に黒い影が飛んだ。シャーは素早く、男の短剣の柄を足で蹴って、身を翻しざま、背後に迫ってきていた男目がけて下から剣を振るいながら逃げる。
 一定の距離を掴んだ途端、首領はすぐに隠されてしまうが、一旦特徴をつかんだ以上、次はすぐに見極められる。周りの男達が、長を守りながら改めてシャーに向かってくる。
 と、いきなり、緊迫感を破るようにヒューッと甲高い口笛が鳴り響いた。シャーを取り巻いていたものたちは、その音をきいて、皆、ハッとしたように顔を上げた。そのまま、彼らは突然身を翻す。
「何だ?」
 シャーは、怪訝そうに眉をひそめたものの、それを追うことはしない。何か考えがあるのか、それとも単に指揮官を見破られたことに警戒したのか。砂煙が立つ中で、荒れた岩場を彼らは去っていく。ここで見つめていてもどうしようもない。一旦、こちらも様子をみるしかない。シャーは、刀をおさめる気になった。
 と、後ろで影が踊った。スーバドは、あっと声をあげようとしたが、その声が発せられるよりも、シャーの方が早い。影が繰り出そうとした短剣は、シャーが振り返った瞬時、空高くに舞っていた。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。
©akihiko wataragi