シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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アズラーッド=カルバーン東方戦記
〜シャルル=ダ・フールと七人の将軍〜

2.ハダート-3

 砂漠の日差しは苦手だ。からっからの空気に吹きすさぶ風が運んでくる黄色の砂。それが口の中でざりざりと音を立てる。どこまでも続くような地平線に、丸く覆う青い空を見ていると、世界のとめどない広さを身でもって感じることができる。
 ハダートは、いつものように頭から布をかけている。北方渡りのハダートは、ザファルバーンの人間よりやや色素が薄いのでさすがに砂漠の日差しに弱い。ここの所は大分慣れてきたので、目が痛くなることも少なくなってはいた。
(なんで、オレが砂漠くんだりなんかに)
 ハダートは胸の内で密やかに舌打ちした。
 先日、ここについたばかりのハダートは、ひとまずシャルルの後見人であるカッファと、この前からシャルルについている七部将のラダーナに会っていた。だが、シャルル本人は、夜も遅いので会うのを控えていたのだ。
 二人とも、以前に会ったことがあるので良く知っている。カッファの方は、あきらかに自分に対して警戒心を向けてきていた。どうやら、さすがに後見人のカッファとなると、警戒はするらしい。だが、結局は、直情径行に走りやすい彼のこと、把握しやすいところもあるので、ハダートはそれほど難しい相手だとは思っていない。
 どちらかというと、ラダーナ将軍の方が厄介かもしれない。
(また、喋らなかったな)
 ハダートはラダーナの様子を思い出していた。相変わらず、一度押し黙ると貝より無口だ。無表情で無感動で、おまけにしゃべらないのだから、彼が何を考えているのかは、さすがのハダートにもわからない。頭は切れるのだろうが、それを見せつけることも少ないので、実力のほどが読めないのも苦手な要因の一つといえる。
(何考えてるんだか、わかりゃしねえ)
 毒づいたハダートは、あの得体の知れない男が自分をどう思っているのか、気にかかっていた。もし、疑われているなら、この「仕事」をやるのに大きな障害になるだろう。
 ハダートはそんなことを考えながら、砂漠をふらふらと歩いていた。内面はともかく、見た目は優男のハダートだが、その分将軍には見えないので、単独でふらついていてもあまり気にならない。そういう意味では、ハダート=サダーシュはかなり自由の身でもあった。
「ん?」
 黄色の砂の中で、いやに目立つ青い色が目の前にちらつき、ハダートは足を止めた。何やら、向こう側の天幕に近い柵に青い布が引っかかっているように見えた。ハダートは軽く目をこする。光にやられて何か幻でも見えたのかと思ったが、よく見ると、やはり青いモノが柵の上にある。それどころか、どうもそれが青いマントを被った人間らしいということがわかって、ハダートは怪訝に思った。天幕に身を半分隠すようにしながら、一体何を見ているのだろう。
「おい」
 ちょっと派手な服を着ているが、まあ一般兵士の部類だろう。そう思って、ハダートはぶっきらぼうに声をかけた。物腰の柔らかさで知られるハダートだが、こういう場では結構地が出ていることが多いのだ。
「何をしている?」
「ふへ?」
 間抜けな声とともに、ひょっこりと顔を向けた男は、思ったよりも若い。少年と言うには大人びているが、青年と断言はできない。そのくらいの微妙な年頃らしかった。くるくるの癖の強い髪の毛を、上にまとめてゆいあげているものだから、妙に怪しいことになってしまっている。大きな目はやたらと白目の多い三白眼で、妙にその印象が強かった。冷静になってみれば、まあ、二枚目とも言えなくないのだが、とにかくインパクトが強すぎて、正直そういう言葉とは結びつきにくい。
 青い服に青いマント、腰には一応妙な形だが、剣らしきものがあるので、恐らく軍の関係者ではあるのだろう。
「一体何をしているんだ? こんなところで」
 ハダートは妙な奴とかかわっちまいそうだぜ、と毒づきながら男の方を見やる。彼は、きょとんとしていたが、大きな目をぱちりとやった。
「何、アンタも見たいの?」
「アンタ? あのな、オレは――」
 そう言いかけて、ハダートは口を閉ざした。別に将軍位をふりかざすのがおもしろくなかったからである。権威を嫌う分、ハダート自身も普段はそういった行動を避けるところがあった。
 別に飾り立てる必要のないときのハダートの目は鋭い。薄い色の瞳でキッと相手を睨みながら、彼は訊いた。
「何を見てるんだ? じゃあ?」
 ポニーテールの男は、しいっと指を立てて小声になった。
「声が大きいよ! もっと小声で!」
 こっちへ来い、というように、青年はちょいちょいと手を振った。正直、これ以上、つきあいたくなかったのだが、ハダートは仕方なく相手に近寄る。
「あれあれ……」
 近くの天幕に半分身を隠しながら、青年が指を指した方を見やる。
「ん? あれは……」
 ハダートは、一目見てそれがどこのどれに属しているかを見て取った。
「なんだ、ラギーハの女性兵士の教練じゃねえか」
「へ〜、一発でわかるとは、アンタ、案外博識じゃん」
 にやりとして、青年はハダートの顔を覗きやる。それが鬱陶しいので、ハダートは手でそれを払うようにした。
「あんなのは、紋章をみればすぐにわかるだろ?」
「ま〜、そりゃそうだけど。でも、美人じゃない? みんな案外かわいいよ」
 でれっとする青年は、いかにも軟派そうでさすがのハダートも閉口してしまいそうだった。
 この地方には、案外女戦士が多い。将軍が女であることも別段少なくないので、そう違和感のない光景ではあるのだ。まれに、家族を戦場に連れてくるものもいるし、戦場で女がいるというのは、取り立てて珍しくない。もちろん、ザファルバーンにも女性兵士はいるわけで、それぞれの軍に数人だが混じっている場合がある。
 ラギーハは特に小国だけに、女性の比率が大きくなるのかもしれない。ラギーハ領は、領主が先の戦の後に同盟を結んで、すっかりザファルバーンについた為に、一時借用してきたラギーハの援軍も、シャルルがまだ借り受けているという話だ。恐らく、この女性達は、そうした援軍なのだろう。
「さあすが、美人の多いといわれるラギーハだけあるねえ。また、こう、本国とは趣向がちがうじゃない?」
「は、興味ないね。……ただのデバガメじゃねえか」
 ハダートは、でれでれする青年にそう言い捨てる。彼は、不満そうにええっと非難の声を上げた。
「何? ……アンタ、野暮な男だねえ。ツラだけ色男でも、心が色男じゃなきゃ〜、この世は渡ってけないんだよ? わかる?」
「教練覗いて何が楽しいんだ? ただ、女共が剣振ってるだけじゃねえか」
 冷たいハダートの言葉に、青年はやれやれと肩をすくめた。
「あ〜、あんたはわかってないねえ。砂漠の中に咲く一輪の花。いいや、オアシスでもこの際いいや。ともかく、こ〜いった不毛な場所で、若い女の子のぴちぴちした姿なんて滅多に拝めないのよ。今の内に綺麗なものをみといたほうが、人生満たされるじゃない」
 やたらオヤジのような事を言う青年だ。
「人はそれを風流と呼ぶんだよね〜」
「何が風流だ?」
「あらあら、日常でヨロコビを見出せないと不幸よ。ささいなことで幸せ見つけてると、世の中万々歳じゃない?」
「……いい加減見つかって殺されない内に、どっかに行った方がいいんじゃないか?」
 さすがに、こんな所から覗いているのがばれたら、心証がよくない。だが、青年は話をきいていないのか、あっと声をあげてでれでれと笑った。
「アレアレ、アレ見てよ」
「ああ? 何だ?」
 いい加減つきあいきれなくなったハダートだが、あまりに青年がしつこいのでうんざりと顔を上げる。青年が指さす先には、教練の指揮を執っているらしい女がいた。
 髪の長い女で、長い黒髪をひとまとめに結い上げている。健康的な顔色にすらりとした鼻に大きな目をした、なかなかの美人だ。年齢は、恐らく二十そこそこだろうか。戦士というには華奢だが、鍛えられている感じはした。
「いや〜、この中でも、あの人が一番綺麗よねえ。オレ様、あまり年上は好みじゃなかったんだけど、ついふらふらいっちゃいそう……」
(じゃあ、ふらふらついていって、蹴り殺されてこい)
 ハダートは、そうひっそりと悪態をついて、そのまま立ち去ろうとした。今なら、青年はこちらを向いていないので、きっとそのまま逃げられるだろう。
 そのまま、後ろを向いて数歩歩いたところで、ふと彼は青年のわめき声をきいた。一応振り向いてみると、案の定青年が一人の女性に捕まっていた。甲冑姿の女は、先程見たときは、もっと日焼けしているかと思ったが、こうしてみると案外色が白い。それは、先程指揮を執っていた例の美人だ。
「あ、ああいや、その、すみません。こそこそと」
 三白眼青年は慌てて弁明し始めた。
「謝るようなことをしていたの?」
 にっこりと顔をほころばせつつ、女戦士は訊いた。彼女は、右手で青年をひっつかんでいるが、実は逆の手には剣を握ったままだ。青年が怯えても仕方のない状況である。
「でも、オレ、別に着替えとか覗いた訳じゃないんですよッ! ただ、教練の様子をですねぇ!」
「……どちらにしろ、覗かれると気が散るの? おわかり?」
 睨まれて、青年は大人しくなる。ハダートは、「それみたことか」と言いたげに鼻を鳴らすと歩き始めようとしたが、ふと女の声が彼の足を止める。
「そこにいる殿方は、もしかして、サダーシュ将軍でしょうか?」
 女は、にやりと笑って、そのまま続けた。
「まさか、将軍にも覗きの趣味があるとは思いませんでしたわ」
 嫌味たっぷりの声に、ハダートはムッとして顔半分だけ振り返る。女戦士は綺麗な顔に挑発的な笑みを浮かべていた。
「ええ? 将軍? あんた将軍なのお?」
 マントを捕まれて、捕まった虫のようにじたばたしていた青年は、もとから大きい目をさらに大きく見開く。
「身持ちの悪い遊び人風だからわかんなかったや」
「黙れ!」
 ハダートは、苛立ちもあってそうきつくいうと、きっと女の方に目を向けた。思わず、肩をびくうっと引きつらせた青年は、やや怯えたような素振りを見せている。
 ハダートは、わざと上品ぶった笑みを浮かべた。
「私の名前をご存じとは、貴殿は一体どなたでしょうか?」
 言葉遣いはいいが、あきらかな皮肉のこもった声に、女戦士は肩をすくめる。
「あなたに名乗るのは、気が引けますわ。……恐れ多くて」
 でも、と女戦士は微笑む。
「なかなか、噂通りに美男子でいらっしゃるのね」
「お褒めいただいて光栄ですな」
「でも、性格は大いに難ありという所かしら」
 ハダートの笑みが大きく引きつった。女戦士は、してやったりと微笑んで、さらにこう続ける。
「女にもてるからって、あまり自惚れない方がいいわよ。……それにねえ、アナタ、案外内面が透けて見える方だから」
 さすがにハダートは、上っ面をかなぐり捨てて表情を歪めた。
「なんだと? そりゃどういう意味だ!」
「そのままの意味だけど? それもわからないぐらいお粗末な頭をお持ちなのかしら?」
 女戦士は、わずかに口に嘲笑を乗せた。ハダートは、ぐっと歯がみする。初対面でいきなりここまでいわれる謂われはない。どうして、ここまで言われたのか理由はわからないが、こういう言われ方をすれば、そこまで高いつもりはないハダートの自尊心も傷つこうものである。
「あの、……なんかよくわかんないですが、初対面なのに、なんでこんなに険悪なんですか?」
 女戦士にとっつかまったままの青年は、このびりびりした雰囲気に耐えかねるようにしてそろそろときいた。だが、この神経を逆撫でするような青年の声も、もう二人には聞こえていない。怒られなかったことに安心するより、青年はこの険悪すぎる雰囲気からどうやって逃げようかと策を巡らすばかりである。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。
©akihiko wataragi