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笑うムルジム30

 
「おう、すまなかったな」
 ゼダが、何度目かの手下の来訪に気軽にそうこたえ、にんまりとした。
「これで大体連中の行動が筒抜けになったぜ! ヤツら、人を探して、あの路地の周辺をうろついているっていうんだな」
「ええ」
 ゼダの関係者らしい、やや人相が悪いヒゲの三十がらみの男だったが、外見に比べて人はいいらしい。ゼダに困ったような表情を向けた。
「しかし、坊ちゃんの言いつけどおり、探らせていることは、ザフのヤツには黙ってますが、そろそろあいつも感づくんじゃねえかと思いますよ。あいつも、勘の悪いやつじゃないんで……」
「あー、そうなったらそうなったらで、何とか言いつくろうぜ」
 ゼダは、口うるさい側近にややうんざりしているらしい。彼は、シャーとゼダがつるむのも反対らしいので、こんな危ないことをしでかそうとしているなどきいたら、それはそれで何かとがみがみいうのだろう。
「まあ、いいや。ご苦労だったな。皆で酒飲んで帰れ」
 ゼダは、そういうと懐からいくらか取り出して、男に与えた。男は礼を述べて去っていく。
「って、ことだとよ」
 ゼダは、向かいに座っているシャーに視線だけ向けてそういった。シャーとゼダの間には将棋板やらサイコロが置かれていたが、先ほどまでそれで遊んでいたらしかった。シャーは、ちょうど将棋の駒をもてあそびながら、ゼダと男の会話を聞いていたものだ。
「あいつら都の西の廃墟の辺りをうろうろしているらしいんだが、リーフィが言ってたアイツがやばくなると逃げ込む場所からも近いから、そのあたりを調べれば会えるんじゃねえかな? 学習能力なさそうなヤツだし、逃げ込む場所の近くでちょろちょろ活動してるかもしれねえ」
「ガリガリうるせえな。口の中にもの入れてしゃべんなよな。お前、ちょっと木の実食いすぎじゃねえか?」
 シャーは、あきれた様子で言った。今日はさすがに酒を控えている二人は、茶やらコーヒーを飲みながら、口慰みにアーモンドなどの木の実や種を炒ったものを今まで食べていたのだが、明らかにシャーとゼダの器の中身の減り方が違っていた。器の最後の一塊をほうりこみつつ、ゼダは小首をかしげる。
「別に、今日はそんなに食べてない方だぜ。それに、こいつは手軽に栄養補給できるじゃねえか。美味いし」
 どうやらゼダは、木の実や種を炒った類のつまみが好物らしい。
(まんまネズミだな)
 ネズミとは、シャーがつけたあだ名だが、木の実を口いっぱいに方張りながら食べるゼダの姿に、その名は、あながち間違いでもなかったのかもしれないとシャーは思う。
 ベリレル達の居場所を調べるのに、ゼダの舎弟たちの力を借りていたのだが、どうもちょうどいい時間に最終報告が入ったものだった。シャーとしても、自分の舎弟たちは、それほど情報収集能力が鋭くないので素直に助かっていた。最終手段としてハダートを頼ることもできたが、彼に頼るとことが大きくなりかねないし、こういうことはゼダの伝手の方が詳しそうな上情報が早そうだったこともある。
 それに、ハダートに今回の騒ぎがあまり知れるのは、シャーとしてもあまり気分のよいものではなかった。あの男に、嫉妬の上暴走してジャッキールに殴られて諌められたなどと知れたら、弱みを握られたも同然だ。今後、そのことをちくちく弄られてしまうに決まっている。
「まあ、それはいいとしてだ。あいつら、まだムルジムっての、追いかけてるみたいだぜ。腹ごしらえもできたことだし、将棋の勝負は中途半端だが、先にやっちまうかい?」
 ゼダに話しかけられて、シャーはうなずいた。
「そうだな。動くにはちょうどいい時間だぜ。日も暮れたところだし」
 店の中には、すでに灯火が入れられており、まだわずかに西の空に赤みが残ってはいたが、窓の外は暗かった。
「それじゃ、そういうことで、勝負は預けとくとして、そろそろ行こうぜ。ミシェもあいつらに言って、落ち合う場所で待たせてあるから」
 ゼダが立ち上がるのと同時に、シャーも傍らの剣を手に立ち上がった。シャーが剣を腰に落とし差したところで、ゼダの方が、そういや、と声をかけてきた。
「ダンナ、見あたらねえな。ほっといてもいいか?」
「あ、そういやあ」
 シャーは、昼間、謎の男を連れて歩いていたジャッキールのことを思い出した。今まで何かと協力してきた……、というよりは、協力させてきたジャッキールなのだから、最後も手を貸してもらえるとありがたいことはありがたい。昼間の様子だと、ハダートのところに行ったのではないかとも思われたし、連絡を取れば呼んでこれないこともなさそうだったが。
「まあいいか。あのオッサン、たまに夜は、別人格みたいなのが暴走しちゃうからな」
 そう、あの男にはそれがある。何もない時は、ややぼんやりしているところはあるが、常識人ではあるのだが、一度プツンといってしまうと手に負えないのがジャッキールだった。
「それに忙しそうだし、まあ、ほっといてもいいんじゃねえかな?」
「それもそうだな。ま、そんな強敵もいなさそうだし」
 ゼダがそういって歩きかけた時、店の奥からリーフィが駆け寄ってきた。
「出かけるの?」
 シャーは、思わず焦った。リーフィの力を借りたものの、彼女を戦いの場に連れて行くことは気が引ける。もちろん、あの男とあわせることに、ある程度抵抗があったのももちろんだが、荒くれ者たちが集まる場所にリーフィを連れて行って守りながら戦うのは危険だ。その点については、ゼダも同意していて、リーフィにはうまいこといって待っていてもらおうという話になっていた。
「私も一緒にいくわ……」
「いや、リーフィちゃんは……」
「リーフィは、ここにいろよ」
 いいかけたシャーをさえぎるようにして、ゼダがゆったり笑いながら間に入ってきた。
「でも、私も……」
「そりゃあ、お前が気になるのはよくわかるけどよ。事情が事情だろ。それに、荒くれ者どもの集まっている場所さ。そんなあぶねえところに、女の子連れて行くのは、俺もコイツも気がひけらあな。なー?」
 ゼダが、ちらっとシャーの方に目配せして片目を閉じた。
「お、おう。そ、そうなんだよね」
「そう、ね……」
 シャーの同意をきいて、リーフィがしゅんと視線を下げる。
「私が行っても邪魔なだけね」
「い、いやっ、そういう意味じゃないんだけども」
「まあまあ、そう落ち込むことねえさ」
 慌てたシャーを押しのけるようにして、ゼダがさらりと話し出す。
「ま、もともとリーフィには深いかかわりのある話だし、全くかかわりなくこの件を済ますってのも、気分がおさまらねえだろうから、ちょっと頼みごとがあるんだよな」
 小首をかしげたリーフィに、ゼダは余裕の笑みを浮かべる。
「帰ってきたら腹も減ってるだろうから、うまいメシと酒でも用意しておいてくれ」
 リーフィの表情が、かすかに柔らかくなる。うっすらと微笑を浮かべて彼女はうなずいた。
「ええ」
「あ、あの、リーフィちゃん、あの」
 慌ててシャーが何か言いかけるが、ゼダがぐいと彼のマントを引っ張った。
「んじゃあ、行こうぜ! じゃあな!」
「あ、おい! ……そ、そういうわけで! あ、後でね!」
 ゼダが、あくまでぐいぐいと彼を引っ張っていくので、シャーは慌ててそれだけ言い置く。リーフィが、目を細めて、いってらっしゃい、お願いね。と囁いたのをシャーは背中で聞いた。
 酒場を後にして、シャーとゼダは、暗い路地へと足を進めていた。
「ちっ、なんでえ、自分ばっかりかっこつけやがって!」
 シャーは、口を尖らせて文句を言った。
「なあにいってやがる。お前、顔に最初から”どうしよう”って書いてあったじゃねえか。オレは助け舟を出してやっただけよ。実際、助かったろ? それに、仕事が終われば、リーフィのメシも食えて、万々歳じゃねーか。もっとオレに感謝しろよな?」
 ゼダは、道を先行しながらにんまりと笑って振り返る。
「大体よー、リーフィが声かけてくるのわかってたくせに、なんで準備してねえんだよ」
「そ、それは、その、いざ顔見ると忘れちまうって言うか。お、お前が、女の子になれすぎなんだよ! 遊び人とオレじゃ比べ物にならねっつの」
 シャーが、ふんと鼻を鳴らす。
「へえ、そうか? でも、オレ、前々から変だと思ってたんだよな?」
 ゼダが、くるりと後ろを向き、そのまま後ろ向きに歩きながらシャーを見上げる。
「な、何がよ?」
「お前さあ、そういう風に意地張ってりゃ、割とオトコマエ風に見えるし、意外とモテるんじゃねえ? いや、素養はあると思うんだよな。なのに、なんであんなに嫌われるかねえ」
「四六時中、意地張ってたり、カッコつけてると疲れるんだよ。オレはそこまで器用じゃないからさ」
「へえ、本当か? オレは、軽薄な演技する方がよっぽど疲れるけどな」
「べ、別に、普段からずっと演技してるわけじゃねえっつの。普段のオレもあれはあれで自然体なんだよ。自分でも嫌なぐらい地が軽いんだよ。ずっと演技してるお前と一緒にすんなよな?」
「んじゃ、演技してなくて、突っ張ってたころはどうなんだよ?」
「何?」
 いきなり、ゼダが質問を変えてきたので、シャーは油断をしていたのか、きょとんとしてしまった。
「お前もあるだろ、思春期ってやつ。反抗期よハンコーキ」
 ゼダが楽しそうにたずねる。
「そういう態度で、他人を拒絶してりゃー、冷たくて悪そうだし、なんとなーく女にモテそうだなーと思ってさ。なんつーか、お前、今でも、そういう雰囲気ちょっと残ってるじゃねえか」
「そ、そんな時期はねえよ。なんだ、そんなガキみてーな……」
 シャーの歯切れが悪くなったのをみてとって、ゼダはほほうと唇をゆがめた。
「お前さー、案外、昔、結構グレてて、浮名を流して遊んでたクチじゃねえの?」
 思わずドキリとしながら、シャーは、慌てて首を振った。
「な、な、何を言いやがる! オ、オレは、お前とは違うんだよ。オ、オレは、至極まじめに……」
 ゼダは、それを涼しげに受け流す。
「当たり前よ。オレはお前みてーに不器用じゃねえからな。仮に、お前が昔遊んでたとしても、女の扱いがまずすぎてよう……かける言葉もないぜ。意外と女全般苦手そうだよなー」
「う、うるせえな! い、色々事情があるんだい」
 どうみても動揺している様子のシャーを楽しそうに見やりながら、ゼダは頭の後ろで腕を組んだまま、後ろ向きに歩いている。
「へー、家庭の事情か?」
「い、いちいち、うるせえな! 色々あるっていってるだろ!」
 シャーは、そういって早足でゼダを追い抜いた。
「ああ、もう、テメエのせいで無駄な時間食っちまった! 今日はさっさと仕事終わらせてリーフィちゃんのメシ食って寝るんだ! 急ぐぜ!」
「おいおい、待てよ!」
 ゼダは、ようやく向き直り、シャーについていきながら、にっと唇をゆがめた。
「色々事情がねえー。ま、お互い、すねに傷持つ身だし、詮索しないでおいてやるよ」
「あのな……」
 シャーは何か言いかけたが、結局、口に出すのを止めた。どうも、これ以上話していると墓穴を掘りそうだ。


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