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笑うムルジム15



 酒場で寝ている間にそれなりの時間が経ったのだろう。なんとなく、街中をぶらついてから、シャーがゼダの別宅にたどり着いた時には、ちょうど太陽が高くのぼったころだった。温度が上がってさすがに暑くなってきたのを鬱陶しく思いながら、シャーが帰ってきたところで、玄関先に色んなものが干してあるのが見えた。
(あのおっさん、まだ頑張ってるのかよ)
 シャーは、呆れつつ、軒をくぐって家の中に入った。
「おっ、なんだ。遅かったな」
 声をかけてきたのは、玄関を入ってすぐの部屋でくつろいでいたゼダである。どうもあのままゆっくり寝たらしく、シャーと違って睡眠不足そうな気配はなかった。
 ゼダは、右手にさいころを持ってなにやら一人で遊んでいたらしかったが、シャーの姿をみとめると立ち上がった。
「オッサンがうるさいからさあ。お前こそよく寝られたな」
「まあなあ」
 ゼダは、何でもなさそうにいって立ち上がる。
「ま、家を綺麗にしてくれるのはいいことなんだけどよ。なんだ、あのダンナ、なんだか色々変だな」
「ああ。前から変な奴だなーと思ってたけど、ここまでおかしいとは」
 率直に意見を述べるゼダに、シャーは深く頷く。
「アレ? で、ダンナは、掃除終わったの?」
「掃除は終わったらしいが……、やっぱりおかしいよな?」
「はい? まだ何かあるのかよ?」
 ゼダが、なにやら奇妙な顔をしているので、シャーは不審そうに眉をひそめた。
 その時、向こうの方から足音が聞こえた。
「なんだ。遅かったな。どこまで行っていたのだ?」
 そういって現れたジャッキールは、頭に三角巾を巻いて、前掛けをかけ、片手に玉杓子を持っていた。
 いきなりその姿が目に飛び込んでくるのは、なかなか衝撃がある。シャーは、ふきだしていいのか、脱力したほうがいいのかわからなくなり、一瞬、固まってしまった。
「ちょ、ちょっと、おっさん、あのなあ」
「昼飯を作ってやるといっていただろう。ちょうどいい具合に出来るころだ。しばし待て」
 ジャッキールは、自信でもあるのか、にやりとする。
「ええ? あんたが飯作ったの? いや、作ってくれるとはいってたけどさあ」
「何を言う。飯ぐらい一人で作れなくてどうする」
「まあ、そりゃあ、そうですけれども」
 シャーは畳み掛けられて思わず唸る。そんなシャーをもう見てもいないのか、もう少し待て、と言い残して、ジャッキールは、上機嫌に厨房に戻っていった。
 あっけに取られているシャーを横目に、ゼダがぼそりと言った。
「な、いきなり目に飛び込んでくるとなかなか来るだろう」
「うーん、本当、意味のわからん。昨日は酒飲んで暴れるし、朝は元気に掃除してるし、料理つくって嬉しそうにしてるし」
「お前のほうがオレより付き合い長いんだろ?」
「残念ながらそうなんだが、……オレもあのオッサンの普段の姿を見るのは初めてだからなあ」
 シャーは、頭が痛くなってきて軽く首を振った。
 程なくして呼ばれた二人は、意外と丁寧に盛り付けられた料理が盛り付けられているのを、やはり釈然としない顔で見ていた。朝から買い物でも行ってきたのか、ゼダの別宅にはそれほど食材がなかったはずであるが、卵料理やら野菜やら汁物やらがきっちりと調理されて並んでいる。
 ジャッキールはというと、いかにも満足げな顔で正面に座っていた。いかにも、さあ、食え! といわんばかりの顔だが、この状況ではかえって食べづらい。
「どうした。食わないのか?」
「い、いや、いただきますよ」
 ジャッキールが、不服なのか、と言いたげに眉をひそめるので、シャーは慌てて答えた。
(なんで、こんな所で変な気をつかわなくちゃいけないのかねえ)
 やれやれと思いながら、シャーはさじを取って一口食べてみた。そして、一通り咀嚼すると、疑いの目でジャッキールの方を眺める。
「なんだ。口に合わなかったか?」
 ジャッキールは不安になったのか、心配そうなそぶりを見せる。
「んにゃ、別に」
 シャーは、不審そうに続けた。
「な、なんか、普通に美味いんだけどさあ」
「それならよかったが……」
 シャーは、横目にジャッキールを見た。
「ダンナ、マジで中の人入れ替わってない? 実は、ジャッキールじゃないんじゃないの?」
「何を変なことを」
「だって、行動がおかしいもん」
「何を言う。俺は昔からこうだ。お前らが俺の行動を知らなかっただけだろう」
 そういわれればそうなので、シャーは、ため息をついた。
「ダンナさあ、もう人斬り稼業やめて家政婦に転向したらどうよ? その方が儲かるんじゃないの?」
 そういいながら、ふと、シャーはあることを思い出して手を打った。
「あ、そーだ! すっかり忘れてたぜ」
「何だ。いきなり騒々しい」
 シャーは、立ち上がった。
「昨日は、ぐでんぐでんだったし、朝はうざかったからききそびれてたけど、あの話どうなったのよ?」
「ん? 何だ?」
 シャーは、ジャッキールを指差しつつ聞いた。
「昨日の話だよ? 昨日、酒場でなんか情報きいてたじゃん。酒場の亭主から情報仕入れてくれるっていってたでしょ? あの話をききたいの」
「あ、そういや、聞きそびれてたな」
 ゼダが頷く。
「あ、ああ、ムルジムの件、だったかな?」
 ジャッキールのもともとよくない顔色がさらに悪くなる。
「まさか、忘れたのかよ!」
 ゼダが、ばっと立ち上がる。
「い、いやっ、そ、そんなことは、ない。そんなことはない、ぞ」
 ジャッキールの声が、やや上ずる。動揺しているのは明らかだ。
「ちょっと、本当に忘れちゃったんじゃないでしょうね! 昨日あんだけ苦労したんだから!」
「あ、いや、待て」
 シャーの剣幕に、ジャッキールは、焦ったように首を振った。
「ま、待て。覚えていることは、覚えているのだが、その、なんだ。情報の整理がつかないというか、だな」
 ごほん、とジャッキールは、咳払いをする。
「あの話は、少し込み入っていてだな。情報が錯綜していて、……すこし、自分の中で整理をする必要があるのだ」
「ホントぉ? 単に忘れただけじゃないの? 昨日の記憶もないんだし」
 じっとりと二人に横目でにらまれて、ジャッキールは慌てる。
「嘘ではない! ただ、その、一つ確かめたいことがあってな」
「確かめたいことってなにさ」
「うむ」
 ジャッキールは、ふうと息をついて一応の平静を装ってから言った。
「そう、昨日、あの酒場にもいた男がいただろう。貴様らが俺に話を聞いて来いといったあの男だ」
「あ、ああ、あいつね」
 シャーは、内心ドキリとしたが、そのことに気づかれないようにした。
「ちょっとそのことで確認したいことがあってな。二日ほど時間をくれ」
「そりゃあいいけどさ。なるべく急いだ方が」
「急ぐ。急いで調べるが、あまり急いでは相手に悟られるからな」
「ったく、しょうがねえな。わかったよ」
 ジャッキールは、もっともらしいことをいっていたが、シャーにはどうもジャッキールがごまかしているような気がしてならなかった。とはいえ、ジャッキールが重要な情報を持っているのは間違いないので、シャーは従うことにする。
「そういえば、リーフィさんはどうしている?」
 不意にジャッキールが、そんな話題を振ってきたので、シャーは再びドキリとした。
「え、いや、その今日は会ってないんだけど」
「そうか。いや、普段何かと世話になっているので、今夜、店が終わってから食事などどうかと思ってな。実は、昼飯用に買い物をしてみたら、仕入れすぎてしまってだな。ネズミにきくと、今日は予定があるというし、俺と貴様だけではどう考えても残りそうだし」
 そういってゼダに視線を振ると、ゼダが残念そうに首を振った。
「リーフィが来るなら変更してえのもやまやまだが、一応女との約束だからねえ」
「また女の子のとこかよ。遊び人は忙しいな」
 シャーが皮肉をいうのを流して、ジャッキールが続ける。
「ということで、リーフィさんを呼んできてほしいのだが」
「え?」 
 いきなり言われてシャーが素っ頓狂な声を上げる。
「え、オレがリーフィちゃんを呼んでくるの?」
「何だ不服か?」
「しょっちゅう、リーフィのところに足を向けてるくせに、いまさら何いってんだい?」
 ゼダに突っ込まれて、シャーは、いや別に、と小声でいい、慌てて明るく振舞った。
「そりゃあ、いい話だねえ。リーフィちゃんを誘い出す口実ができたってもんだから。いやあ、楽しみだなあ」
 その様子を静かに見ていたジャッキールが、すっと切り出す。
「何か会いたくない理由でもあるのか?」
 いきなりジャッキールにそう訊かれて、シャーは慌てて首を振った。
「べ、別に。そんな理由なんかあるわけないじゃないか」
「それならいいのだが」
 ジャッキールはそう答えながら、シャーの顔から視線をはずした。
 シャーは、気取られないようにため息をつきつつ、先ほどのリーフィの手にあった白い花を思い出していた。



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