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笑うムルジム13


 鶏が時を告げ、あたりに朝の気配が漂い出した頃、いつも彼は目を覚ますのである。
 真昼の強い日光が苦手な彼は、月明かりが冷たく世界を照らす夜と、そしてまだ太陽の光の優しい朝方に行動を起こすのがすきだったのだ。
 がばっと起き上がると、彼はすたすたと窓の方に歩み寄り、窓を全開にする。そうして朝、太陽が昇りきる前に部屋に日光を入れて、せめてもの陰気さを吹き飛ばそうとするのが常だった。
 今日は快晴。まだ冷たいが、清涼な空気が一日のはじまりを感じさせる。今日は掃除をするのによいかもしれない。
「うむ、すがすがしい朝だな」
 上機嫌にそう呟いた所で、後ろから鬱陶しそうな声が聞こえた。
「何窓開けてんのよ。寒いんだから閉めろよなあ」
 ジャッキールは、ふと気づいたように振り返った。そうか、何か違和感があると思ったら、ここはどうも自宅ではないらしい。昨夜、後ろで毛布に丸まっている二人とそういえば飲みにいったのだったな、と彼は思い出していた。
「まったく、すがすがしいのは、オッサンだけだっつーの」
 シャーは、あくびをしながらため息をついた。ゼダは、というと、上手く毛布に丸まっていておきる気配もないらしい。シャーの方が入り口に近い場所に寝ていたので、窓から入り込んだ冷気と朝日で起こされてしまったようだ。
「もうちょっと寝かせろよ。俺達寝不足なんだぞ」
「何を言う。若いくせに怠慢な」
「俺たちは、オッサンが昨日暴れた後色々大変だったの。アンタ引きずってこのネズ公の別荘に帰るのも大変だったし、なんか暴れださないかとか心配で、おちおち寝てられなかったの」
 そう恨みがましくいうシャーに、ジャッキールはきょとんと首をかしげた。
「引きずって? はて?」
「はて? じゃねえよ!」
「お、覚えて? む、昨日俺は何かしたのか?」
 ジャッキールは、急に落ち着きがなくなった。シャーは、あきれたように起き上がる。
「まさか、覚えてないのかよ?」
「いや、酒を飲んで話を聞いたぐらいは覚えているのだが、その後記憶が曖昧でな。そして、酒場を出た辺りから全く記憶がない」
 眉を寄せてなにやら難しい顔で、昨日のことを思い出している様子のジャッキールだ。
「ええ、マジで? すごい勢いで喧嘩買ってたのも覚えてないの?」
「そんなことをしていたのか?」
「酒場を出たのは、喧嘩売られたからだったじゃねえか」
「うむ、まるで記憶にないのだが」
 はっと、ジャッキールは顔を上げる。
「ま、また刃傷沙汰でも起こして、ついでに殺生を重ねたとか……」
「最悪の事態は俺たちが阻止したっつーの。あんな所で人死に出されたら迷惑だからな」
「そ、それはすまないことをした」
 むっと顔を膨らませているシャーに、ジャッキールは素直に謝る。
「すまない。普段、酒を飲んでそんなに荒れることはないのだが。ああいう時は、何かあるとつい記憶が無くなって、何かとんでもないことをしまうのでな……」
「本当迷惑なんだよなあ。ということで、もうちょっと寝かせろよ」
「すまない。それは面目ない」
 ジャッキールが素直に平謝りするので、とりあえずシャーは鬱陶しそうに光を避けて寝転がった。これで静かにしてくれそうだ。
 ようやく再び睡魔がシャーに訪れそうになった時、少し離れたところでばたばた何かする物音がし始めた。どうもジャッキールが何か活動しているらしい。こんなことで睡眠を妨げられるわけにはいかない。シャーは聞かなかったふりをしようとしたが、物音はどんどん大きくなり、気にとめないと思えば思うほど気になってしまう。
「う、うるせえな」
 シャーは、いらいらしながら起き上がった。
 寝かせろといったのに、ジャッキールの奴は、一体何をしているのだろう。
 ふらふらと歩いていくと、ジャッキールはなにやら忙しそうにせっせと作業をしていた。
 見ると、どこから探してきたのか、箒やはたきに雑巾がわりの布などが整然と並べられている。
「な、なんだあ……」
 眠たくて生気のないシャーと裏腹に、ジャッキールといえば、異常にいきいきしていた。どちらかというと普段は彼のほうが生気がなくて陰気なのだが、朝のジャッキールは異常に活動的である。目をキラキラさせて、いっそのことさわやかですらある。
(何だ、コイツ。普段は、暗くて鬱陶しいだけなのに)
 あきれてじっとりとその様子を見ていると、ジャッキールの方が気がついたらしい。水を汲んできたらしいジャッキールは、さわやかにたらいを床に置いて、雑巾を絞りつつ聞いた。
「む、どうした。貴様も掃除を手伝いにきたのか?」
「なんでだよ。オレはあんたがうるさいから何やってるのか気になって覗きにきたの。なんで、掃除してるんだよ、朝っぱらから」
「俺はいつもこの時間には目を覚まして活動をしている」
(年寄りか!)
 思わず口に出しかけたが、あまり刺激すると恐いので止める。昨日の今日だ。酒でも残っていて暴れられると大変である。
「で、いつも家のことをこの時間にささっと済ませて、日が高くなる日中は屋内で内職をしているのだ。俺は暑いのが苦手でな、昼間はあまり活動できんのでな」
「そうかよ。そりゃよかったなあ」
 ぶっきらぼうにシャーが相槌を打つと、ジャッキールは首を振った。
「それで、ここがあんまり、あんまり小汚いのでな、我慢できないので、今から大掃除してやろうと思ったわけだ」
「汚れてるって? 別にそんなに汚れてないだろ。確かに、ネズミの奴は普段使ってないって言ってたけど、ちょっと蜘蛛の巣張ってるだけじゃん」
 シャーは、あたりを見回した。確かに、少し埃っぽいし、しばらく使っていない部屋なのだろうとは思ったが、それでも十分住むには困らない。シャーのめったに帰らない部屋より綺麗だろう。
「何を言う。見ろ!」
 ジャッキールはむっと眉根を寄せ、窓の桟を人差し指でなぞり、ふっと息を吹きかけた。確かに、朝陽に細やかなほこりが舞うのが見える。
「こんなにも汚い!」
「小姑かお前は」
 シャーは、あきれ返った様子で吐き捨てる。だが、ジャッキールはまじめくさった様子で言った。
「ほこりっぽい環境にいると、鼻水が出てとまらなくなったり、体の弱いものは咳が止まらなくなったりしてしまうのだ。貴様らのような頑丈なものでも、何かしら体によくないに決まっている!」
「そりゃあ、そうかもしれないけどさあ。オレは寝不足な方がよくないとおもうんだけど」
 シャーは、大あくびをしてふらふらと歩き始めた。ジャッキールに何かいっても無駄そうだ。 
「どこに行く?」
「ちょっと外に行きますよー。いいだろ、朝の散歩。ついでに朝市で飯食ってくるの」
 シャーが、だらりとした口調でそういうと、ジャッキールはうなずく。
「そうか。まあ、昼までには帰って来い。昼飯ぐらい作ってやる」
「はいはい、わかりましたよー」
 シャーは、生返事でそう応えて、雑魚寝をしていた部屋に一度戻った。散歩などと口で言ったが、本当は外に寝にいくつもりである。頭の固いジャッキールにそんなことをいうと、なにかと口うるさいに決まっているので、表向き散歩といっただけだ。
(昼飯まで寝てやる)
 毛布を手にシャーは、恨めしそうに向こう側をみた。なにやら生き甲斐で見つけたかのように、忙しく動き回る男の姿がちらちら見えている。家具の移動もしているらしく、どん、と重いものをおく音がしていた。
 一方で、さっきから全く気配がないと思ったら、ゼダはちょうど太陽の陽を避けてうまく毛布に包まって寝込んでいた。あれだけ騒がしくしていたのに、どうも起きた形跡もない。 
(コイツ、実は大物なのかもしれん)
 侮れない。
 シャーは、初めてゼダに素直に敬意を感じつつ、あくびをしながら外に出たのだった。
 


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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。