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魔剣呪状33




「さて」
 ジャッキールは、ラタイに笑いかけた。
「待たせたが、貴様もそろそろ、覚悟ができただろう。いい時間だ」
 ラタイは、答えない。
「俺がハルミッドに変わって引導を渡してやる」
「何をいい気になってる。……今のお前に、そんなことができるものか!」
「……だったら、先ほど、俺とあの三白眼が話している間、飛び掛ってこられなかったのは何故だ? あれほど隙を見せていたのにな?」
 ジャッキールが問うと、ラタイはびくりとした。
「貴様、俺が恐いのだろう。たった一日、二日とはいえ、貴様に剣を教えたことがあるからな。俺の力は知っているはずだ」
 ジャッキールは、剣を握った右手で軽くマントを払って、足を広げた。
「きっかけがなくては、俺に斬りかかってくる勇気が出ない。そうだろう? ……だったら、俺が機会を与えてやろうか?」
薄く笑みが唇に広がった途端、ジャッキールの右手が、ふわりと動いた。ひどくゆったりとした動きに見えたのは、目の錯覚だったのか、それとも、本当にジャッキールは単に手を上げただけだったのか。
 だが、ラタイには、 そのゆったりとした動きが、ひどく危険なものに見えた。ジャッキールが、右足を軽く踏み出す前に、ラタイは反射的に彼へ飛び掛っていた。
「やはり、な」
 ジャッキールは、ふわりとあげた手を、そのまま鋭く横になぎ払う。右手だけで振ったはずが、ひどく重い一撃に、ラタイの剣は簡単にはじかれ、後退して、剣を放さないようにするのが、やっとだった。
 そこを突いて、ジャッキールがすかさず切り込んでくる。ジャッキールは、普段より大振りだ。片手で重い剣を振り回すのもあって、わざと勢いを借りているのである。
 だが、ラタイは正気ではない。ジャッキールの鋭い攻撃をはじきながら、それでも攻撃を仕掛けてくる。
 剣を信じきっている間は、それほど恐怖を感じないのだろう。信じることで技術もあがっているところもあるが、一番は、考えられないほど大胆に動いてくることが一番恐ろしい。普段のジャッキールが、周りから恐れられるのとほぼ同じ理由で、ラタイは、今、あまりにも厄介な存在になっていた。
「貴様が自分の師を殺した理由は何だ?」
 ジャッキールは、相手の剣を払いながら訊いた。
「最初から、貴様、師を殺すつもりだったのか?」
「師匠が……!」
 ラタイは叫ぶように言った。その瞳に、憎悪が浮かびあがっている。
「師匠が、メフィティス(これ)を、お前みたいな奴に触らせたからだ! 自分以外には、絶対に触れさせない剣を、ただの戦闘狂のお前なんぞに!」
 鋭い一撃を横に流しながら、ジャッキールは眉をひそめた。
「馬鹿な……! 貴様、そんなことで、ハルミッドを殺したのか!」
「あの後も、師匠は俺にメフィティスを握るのを許さなかった! なのに、貴様には……」
「馬鹿なことを!」
 ジャッキールは、苛立たしげにはき捨て、横なぎに剣を振るった。ラタイの剣に激しくぶつかり、火花が飛ぶ。
「ハルミッドが、メフティスを俺に鑑定させたのは、単に俺が剣の使い手だったからだ! 奴は、使っている俺の意見を訊きたかったかにすぎん! ……それ以外の理由などなかった!」
「俺があれほど、メフィティスを見たいと望んだにも関わらず……」
 ラタイの目の色は、普段と違っていた。話が通じるはずもなかった。
「貴様にはわからんのか! われわれ使う人間と、お前たち作る人間とは、違う生き物だ。ハルミッドはそれがわかっていたから、貴様には触らせなかった。作る側は魂を奪われてはならない。ハルミッドは自分の経験からそれがわかっていたはずだ! そんな呪わしいものを作ったのだからな!」
「呪わしいだと! 貴様のような奴が、メフィティスをそんな風にいうのか!」
 ラタイは逆上したまま、剣を振るう。
 それを軽く避けようとして、突然、ジャッキールは、多々良足を踏んだ。慌てて剣を流し、そのままふらりと後退する。
「く……!」
 ジャッキールは剣を持ったままの手で額を軽く押さえた。目の前が、ふと暗くなって遠ざかりそうになる。
「……こんなときに……!」
 ジャッキールは、歯をかみ締めて遠ざかる意識を捕まえると、飛び込んでくるラタイの攻撃から逃れた。
「マズイ」
 シャーは、小さく呟いた。
「どうしたの?」
「……い、いや、なんでも……」
 リーフィに訊かれ、シャーは慌てて首を振った。
(チッ、やっぱり昨日のが相当効いてるじゃねえか……。これ以上長くかかったら、勝機はない)
 それにしても、ジャッキールは、一体何を狙っているのか。斬るだけなら、今のままでもチャンスは相当あったはずだ。今の彼の力では、一撃で殺すというわけにはいかないだろうが、それでも、それなりの手傷は負わせられる。いつぞやのように遊んでいるだけの余裕はないはずだった。
 いくら血に酔っていても、目の前の戦闘に対してはかなり頭の働く男ではある。そういう彼が、無駄なことをするとは思えなかった。何か考えでもあるのだろうか。
(どうでもいいが、早く勝負を決めろ! 女の子の前で死体をさらす気か?)
 シャーは、心の中で苛立たしげにはき捨てた。
 ぎりぎりのところで相手の攻撃をかわしながら、ジャッキールは、反撃を仕掛ける。だが、どこか精彩を欠くものが多いのは、明らかに左肩をかばっているからだ。
 そして、ラタイも、ジャッキールが肩をかばっているのは、よくわかっている。
 水平に横切るようにたたきつけられる一撃を、ジャッキールは、軽く剣で流してそのまま突きかけようとする。だが、ラタイの左手がそのときメフィティスにかかっていないのに、ジャッキールは気づいた。
 左手は……。
 さっと目を走らすうちに、暗闇の中でも一つの影が飛んでくるのがわかる。
(鞘か!)
 目の端で、ラタイが鞘を握ってふりかざしたのがわかった。避けられるはずだった。ラタイがもう一度、右手の剣で突いてきたが、そえを弾いても避けられるぐらいの余裕はあったはずだ。
 だが、瞬間、ジャッキールの肩口に激痛が走った。それにつられて、どうしても動きが後れる。
「は……!」
 身を引いたが、それだけでは避けるに十分でない。
 ちょうどしたたかに鞘で左肩をたたかれる形になり、ジャッキールは初めて悲鳴をあげた。追撃は、右手の真剣だ。それをかろうじて身を翻して避け、ジャッキールは、十歩ほど向こうに逃げ延びる。だが、すぐに立つことはできず、ジャッキールは、そこで膝を突いて、左肩をおさえた。
「……やっぱりな」
 ラタイの笑い声が不気味に響いた。
「普段の動きがぜんぜんできないじゃないか、ジャッキールの旦那」
「……き、貴様……」
 剣を持った右手の指先が震えて、かたかた金属の音を立てている。青いジャッキールの顔には、汗が浮かび、苦痛を押し殺しているのがはっきりと見て取れた。
「その体じゃ、普段みたいな芸当はできないぜ。普段のあんたなら、俺を斬るなんて朝飯前だろうがな! 本当は、それを振るだけでも、結構限界なんだろう!」
「き、貴様……、わざと、左肩を……!」
「卑怯だとでもいうのかい、ダンナ」
 ラタイは、あざ笑った。
「ふ、さすがのオレでも、アンタにはかなうはずもないのはわかっている。何せ、あんたは、特別だからな」
「た、確かにな……」
 ジャッキールは、悪寒に震える唇をかみ締めながら言った。
「貴様の言うことは正論だ……」
 左肩をおさえながら、ジャッキールは、青い笑みを浮かべた。かみ締めた唇は真っ白になっており、血がわずかににじんでいた。
 ラタイは、冷たく言い放つ。
「あの時、あんな子供をかばったりなどするからだ。お前みたいな殺人鬼が、慈悲心など出して気まぐれか?」
「……何とでも言え……!」
 ジャッキールははき捨てるように言った。
「俺は、……ただ、目の前で、子供を見殺しにするのが堪えられなかっただけだ……!」
「あんたの口からそういう言葉が出るとはな」
 ラタイはあざ笑った。
「だが、ちょうどいいじゃないか。死ぬ前に善行が積めてよかったな」
 ジャッキールは、乾いて血がにじんだ唇を湿らせると、左肩から手を離した。
「ふん、馬鹿にするな。……俺は余力は十分残しているつもりだがな」
「その格好でよくもいえるな」
「偽りかどうかは、……その身で確かめてみろ」
 ジャッキールは、ふらりと立ち上がった。吊り下げられた左腕から、薄く血がにじんでいるのが見えていた。
「戯言を……!」
 ラタイは、いらだったように目を細めた。そのとき、突然、ふわりとジャッキールの背後に何か見えた気がした。
 陽炎のようにゆらめきながら現れたものは、ジャッキールにふわりと浮かぶように寄り添いながら、こちらを見ていた。
 それは黒髪の異国の女だ。波打つつやのある黒髪に、遠くを見るような美しい瞳の。しかし、その瞳には、凄然とした美しさだけでなく、ぞっとするような刃物の冷たさと、赤い狂気を秘めていた。
「な、なんだ、あれは……」
 ラタイは、女を凝視した。そんなところに女がいるはずがない。リーフィは、シャーの傍にいるし、第一、その女の服は、このあたりの習俗とは明らかに違った。
 ――あなた、は、
 女は、異国の言葉でつぶやいた。冷たい瑠璃硝子のような声だ。
 ――無関係のものを殺しすぎたわ、ね……?
 それがラタイに告げられているものなのかどうかはわからない。それは、その女がメフィティスに対した声だったのかもしれない。
 それは、本当にジャッキールに憑いているのか。あるいは、ラタイの狂気が生み出した幻だったのか。ただ、冷たく視線を送る、そこにいないはずの女に、ラタイは恐怖した。
「何だ! お前は誰だ!」
 突然、そうおびえたように叫びだしたラタイに、ジャッキールの声が浴びせられる。  
「何を言っている? ……こちらから行くぞ!」
「死ね! 消えろ悪霊め!」
 突然、ラタイは奇声を上げて、剣を振り回しながら飛び込んできた。だが、その攻撃には、先ほどまであった冷静さというのが全くない。計算のまったくされていない攻撃をかわすのは簡単だった。ジャッキールは、それを難なくかわすと、思い切り駆け込んで攻勢に出た。
「まだわからんのか! 俺が狙っているのは、貴様ではなく……」
 答えは返ってこない。ジャッキールの目が冷たく閃いた。ジャッキールには、どこをどう攻撃すればいいのか、すでに見えているのだ。最初から、ジャッキールは、その一点を狙っていたのだった。今まで、ラタイに攻撃しなったのは、もっとも消耗が激しく、弱った場所を見抜くためだ。彼にはそうしなければならない理由があったのである。
 そして、ジャッキールの攻撃に備えてラタイが剣で防御姿勢に入ったのを見る。狙っていた角度と勢い、そして位置。ジャッキールの計算は、そのときすべて完成した。
「……そのおぞましい魔物だ!」
 ジャッキールは、そのまま斜め下から剣を流すように上に跳ね上げ、勢いを借りて、メフィティスの、鋭く欠けた部分にたたきつけた。ラタイは、正面からそれを受け止めた。そして、それは確かに受け止められた、はずだった。
 しかし、ジャッキールの行動は、まさに「それ」を見越してのものだったのだ。ジャッキールは、相手が受け止めるのを見越して、わざと強引に飛び込んできたのだ。そして、ジャッキールの計算は、図に当たった。
 下から跳ね上がったフェブリスは、ラタイの構えていたメフィティスの刀身に受け止められたように見えても、勢いがとまらなかった。ジャッキールがそのまま駆け抜けたと見えたとき、ラタイの手に、今まで感じたことのない衝撃が、痺れのように走った。そして、彼は、美しく貪欲なつるぎの刀身が、真横にずれたのをみた。
 鋭く空気が切れて音が鳴った。それは、女の断末魔の悲鳴のようだった。
「決まった……!」
 シャーが、ぽつりとつぶやいた。途端、魔剣の刀身は、月の中心に弾き飛ばされ、冷たい光を浴びながら、やがて砂の地面に落ちていった。
 ジャッキールは、近くの廃墟の壁に長身を持たせかけると、左肩を抱え込むようにして低く呻いた。剣をそばに立てかけたジャッキールは、それを握ろうとしなかったが、剣を握る理由がないことを、すでに彼は悟っていたのだ。
 ラタイは、ただ、折れた剣の柄だけを見て、呆然としていたからだ。
 勝負は、すでについたのである。
「馬鹿な……」
 ラタイの震えた声が、響いた。視線の先には、メフィティスの残骸が、砂の上で無残な姿をさらしていた。かつての輝きは失せ、まるで別の剣のようだった。いいや、もはや、ただの金属の塊にしか見えなかった。
 ラタイは狂乱したように叫んだ。
「嘘だ! そんなはずはない! 師匠の作ったこれが一番の出来だったはずだ!」
「そうだな」
 ジャッキールの少しかすれた声が、割って入った。
「出来だけでいうなら、それが最上だった。貴様の見立て通り、その出来は、フェブリスよりもいい」
 ジャッキールは、少しつらそうな息をついて続けた。
「そうだ! だったら、何故……」
「剣など、折れるときは折れる。……おまけに貴様、このごろ、手入れを怠っていただろう。それは随分いたんでいたようだが……」
 ジャッキールは、静かに言った。
「……大体、その剣は使いづらすぎた。何事も、持ち主との相性でな。それは、ハルミッドが自分のことばかり考えて作ったからそうなった……。だから、誰にとっても使いづらい剣だ……。剣は自分の意に沿ってこそ剣だ。使えないものは、実戦で何の役にもたたない。ハルミッドの意向とは、結局そこで外れてしまったのだ」
ジャッキールは、少し切なげな様子で続けた。
「俺でもその剣を握らなかった理由を、少し考えてみればわかるはずだろう。それが貴様にはわからなかったのか?」
 ラタイは、呆然としていた。ジャッキールは、そのままかろうじて建物に身を寄せてたたずみながら、告げた。
「……ハルミッドには世話になった。ハルミッドは貴様をかわいがっていたのだがな……。いまわの際に、奴は貴様を殺せとは言わなかった。剣をどうにかしてくれといっただけだ。……俺はハルミッドとの約束は守ったが、その約束には貴様を殺すことは入っていない。俺は貴様に手を下すことはしない。後は……、自分で考えて責任を取れ」
 ラタイは返事をしない。うなだれて剣を見つめる彼は、彫像のように全く動きもしなかった。
「……ジャッキールさん」
 リーフィが、心配そうにジャッキールのほうに歩み寄る。左肩をきつく押さえたジャッキールは、真っ青な顔をしているように見えたのだ。シャーは、リーフィと一緒にジャッキールの様子を見に行こうとしたが、一瞬、背後のテルラのほうが気になった。
 ジャッキールとラタイの勝負の間、ずっと黙って彼らを凝視していた彼は、今は、ラタイの方を呆然と見ていた。兄弟子の凶行だったという衝撃が強かったのか、どこか虚脱したような不安定さがあった。もしかしたら、うなだれているラタイより、何かしでかしそうで不安な印象があった。
「おい、あんた……」
 シャーは、思わずテルラに声をかけた。テルラは返事をしない。シャーは、一歩、彼の方に足を寄せた。
 そして、それは大きな間違いだったのだ。
 シャーは、たった一歩、テルラのほうに寄っただけだったが、それでも、それは十分隙になった。一瞬、リーフィから目を離してしまっていることに、彼は気づかなかった。
「何をしている、アズラーッド!」
 ジャッキールの声が飛び、シャーは、はっと我に帰る。
「奴から目を離すな!」
 その瞬間、ラタイの姿はリーフィめがけて飛んだのだ。
 もしかしたら、ラタイの目には、先ほどジャッキールの背後にたたずんでいた冷たい女の面影が、リーフィとかぶったのかもしれない。折れたメフィティスを振り回すラタイの叫びはもはや悲鳴といってもよかった。
「リーフィちゃん!」
 シャーは、振り向きざまに剣を抜いて走るが、すでにラタイはリーフィを捉えていた。
 ジャッキールに期待するのは無理だ。あの様子だとすぐには動けない。また、動けても自分の方がリーフィに近い位置だから、今更どうにもできないはずだ。
 折れた剣でも刃は残っているし、人は殺せる。リーフィもラタイの行動に気づいて、はっと身を引いたが、それだけでは避けきれない。もう少しで剣が届くというときに、いきなり闇に影が躍った。
「往生際の悪い奴だ!」
 いきなり、声が割り込み、夜の闇にまぎれ、黒としか見えない上着がラタイの目前を覆った。それでも最後にラタイが伸ばした手がリーフィのほうに伸びていく。
 リーフィの鼻先を折れた剣が掠めそうになったとき、彼女の前に別の方向から来る鉄の光が飛んだ。間一髪それを弾き、シャーは、リーフィをかばうように背にして間に割り込み、そのままメフィティスに一閃して剣を思いっきり弾いた。
 ラタイは目の前を覆う布と、シャーに押された力でよろけ、そして、そのまま倒れこむ。すばやく、リーフィを後ろにやりながら、シャーは息を切らしながら聞いた。
「だ、大丈夫、リーフィちゃん」
「え、ええ、ありがとう」
 シャーは、月光でリーフィに怪我のないのを知り、ようやく胸をなでおろすと、倒れたラタイの方を見る。布に覆われ、顔は見えなかったが、再びあきらめたのか、彼は静かになっていた。
 しかし、問題は、さっき飛んできた布だ。闇の中では、真っ黒に見えたが、月光にさらされるとそれは綺麗にそめられた真紅である。
「こいつは……」
 シャーが、そうつぶやきかけたとき、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
「へへ……。アブねえところだったなあ?」
 そういって、近くからふらりと姿を現したのは、ゼダである。羽織っていた上着を、とっさに投げつけてきたのだ。
「て、てめえ」
「全く、気をつけろよな。見学してたんだが、危なっかしくて見てられなくなってよ。そいで、ちいっと手を貸したってわけだよ」
 ゼダはにんまりと笑った。シャーは、ゼダに助けられた形になって、少々むっとした顔である。
「前々から思ってたんだがよ、お前、最後の最後にちょっと油断する癖があるよなあ?」
「な、何だと! い、今のは、オレっていうより、ダンナが……!」
 ゼダに言われて、シャーは、場をよまず、思わずそんな言い訳をするが、ふと、リーフィが、背後からシャーの肩を掴んできたので、ふとその文句をとめる。
「ど、どうしたの?」
「あの人、……変だわ」
「変?」
 そういわれて、シャーはラタイの方を見る。ゼダの赤い上着を頭からかぶった形で倒れている彼は、全く身じろぎしなかった。シャーをからかっていたゼダも表情が変わる。
 ゼダは、左手に持っていた刀でラタイにかけた自分の上着を引っ掛ける。ぱっとそれが跳ね除けられた瞬間、赤い光景が月の光に照らし出された。リーフィが息をのむのがわかったが、さすがに彼女は悲鳴を上げなかった。
 転んだときに、メフィティスの破片が首に刺さったのか、ラタイは、そこで喉を突いた形で死んでいた。
「それとも、……自殺か?」
 一応つぶやいたが、シャーは、妙に納得できなかった。はずみであれ、自殺であれ、なにか、妙な因縁を感じさせるものだった。
(心中……)
 そんな言葉が、シャーの頭をよぎる。
 心中というより、無理心中。いいや、結局殺されたといった方がいい。この男は女に取り殺されたのだ。美しき毒婦といってもいい剣に。
「死んだのか?」
 ジャッキールが、剣を収め、左肩をかばいながらこちらに歩いてきた。その顔は、どこか悲痛な色を帯びていた。
「……俺は機会を与えたつもりだったのだがな……」
 ジャッキールは目を伏せた。 
「だが……剣に魅入られた男の最期など、所詮このようなものか……」
 ジャッキールは、長くため息をついた。その瞳に、どこか、切なげなものが漂って消えた。
 




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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。