シャルル=ダ・フールの王国・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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魔剣呪状-2

「俺は目利きではないぞ」
 ジャッキールは、きょとんとした様子だった。
「評判がききたければ、俺でなく……」
「いいえ、あなたに聞きたいのです。芸術を求めるような軟弱なものたちにはわかりません。これの武器としての評価が聞きたいのです、私は」
 しかし、と言いたげなジャッキールだったが、ハルミッドは真剣のようだった。
「それならば……。だが、参考になるかどうかわからんぞ」
 ハルミッドに押し切られ、ジャッキールは、やや押され気味に彼からずっしりした剣を受け取った。鞘を握ったときに、ふとジャッキールは、妙な感覚を得て眉をひそめた。今、何か握ったときに、ほんの少し指先の感覚が、おかしかったのだ。ジャッキールの表情に気付いたのか、ハルミッドは、首をかしげるようにしてにこりとした。
「まあ、こちらもなかなかなのですが、如何せんじゃじゃ馬過ぎましてな。私だけの判断で外に出せないのですよ。それで、旦那の意見をおききしたいのです」
 まあ、と彼は付け足した。
「フェブリスも、一般的に見れば相当じゃじゃ馬なのですが」
「フェブリスよりもじゃじゃ馬とは、恐ろしいな」
 ジャッキールは剣を眺めながら静かに笑った。そして、柄を握って一気に鞘から刀身を抜く。目の前に、先ほどとはまた違う光がさあっと走っていった。ジャッキールは、思わず声を上げた。
 そのまま、目の前に刀身を立てて眺める。ランプに照らされてハーレションを起こす金属の光が、なぜかひどく幻惑的だった。
 美しいという意味では、フェブリスの方が上である。だが、美しい、でなく、魅惑的かどうか、と訊かれると、ジャッキールは何の疑問も抱かずにこの剣を指し示すだろう。
 柄を握るだけで、何か語りかけられているような気がする。握った途端に、使ってみたくなるような、そういう感覚がするのだ。ジャッキールの心の奥底の狂気をそれは一瞬で呼び覚ましてくれそうだった。
「確かに。これは素晴らしい」
 ジャッキールは、再び嘆息をついたが、それは先ほどのフェブリスとは少し違うため息でもあった。あれが美しさと毅然さに対する嘆息だとしたら、こちらは、間違いなく陶酔感からくるため息だ。ジャッキールの目が、夢を見るようにわずかに泳ぐ。
「持つと何故か血が騒ぐような気がするな……。さぞかし、切れ味もいいことだろう」
「これはメフィティスといいます。……いい剣なのですがね」
 ジャッキールは、どこかうっとりとした様子で呆然とつぶやいた。
「なるほど。……まるで頭がしびれるような感覚がする。毒か麻薬のような魅惑があるな、この剣は……」
 そういうジャッキールの目が、わずかに赤く染まったような気がした。いいや、恐らくは、ランプの光のせいだろう。しかし、ジャッキールが自分でそういうほどには、その剣は不気味な魅力を持っているのは確かでもありそうだった。ハルミッドは、唇をゆがめる。
「おわかりでしょう。少々癖が悪すぎるんですよ。……でも、或いは旦那なら使えるかもしれませんが」
 ジャッキールは、ふと剣から目を意識的にそらした。ジャッキールの瞳に映っていた陶酔の色は、それですぐに掻き消えた。つい、とハルミッドに目を向けたとき、ジャッキールの表情も口調も、元の暗くて冷静なものに変わっていた。
「確かに……。この剣は、癖が悪すぎる。見ているだけで惹きこまれそうな錯覚に陥って、振るってみたくなる。いいや、なりすぎる。自分をある程度コントロールできないと、手当たりしだい殺戮に走りかねないな。何故かわからんが、この剣はそういう剣だ。多分、手に馴染みすぎるのだな。しっくりときすぎる」
 すぎる、と妙にアクセントをつけながら、ジャッキールは感想を述べた。亭主は思わず感心した。さすがは、ジャッキールの旦那。と、亭主は思う。
 剣の欠点を見抜いたところもさすがだし、それに惹きこまれそうになる直前で、自分を律したのもさすがだ。
 ジャッキールという男は、こと剣に関しては、どこか狂気に似たこだわりを持つ男でもある。彼が周りから浮いてしまうのは、恐らくそのせいでもあるのだが、目利きとしてはこの上ない男でもあるのだ。その辺をきちんと『わかって』いるのである。どうやら、ジャッキール自身にその自覚はあまりないようだが。
「殺気を抑えろといわれればできるかもしれんが、だが、使いたいとは思わんな。ある意味で俺にはすぎた剣だ。分をしるのも剣士の役目だろう」
「おおや、ご謙遜を」
「俺のような血の気の多い男が、これ以上危険なものを持つのは感心できんだろうからな。何をしでかすかわかったものではない」
「ほう、要らないとおっしゃるのですか?」
「俺をこれ以上、狂わすつもりか?」
 ジャッキールは、口をわずかに歪め、メフィティスを鞘に収めた。
「剣を握れば、俺はそれだけで、頭が熱くなって見境がつかなくなりそうになる性分でな。……俺が浮かされるのはこの熱病だけで十分だ。俺がこれ以上おかしくなれば、自滅するだけだぞ。もともと半分飛びかけているようなものなのに、俺の首を本当に飛ばしたいのか?」
 ジャッキールは、軽く首をなでやった。
「なるほど」
「それに、浮気はいかんといったのは、貴様だろうが。遠き西方の女神の名をつけた。それゆえに、浮気にはご注意を。と」
 ジャッキールはそういって、メフィティスを返すと、フェブリスをもう一度手にした。
「俺は、この剣でいい。この剣は、最終的に俺の頭を冷やしてくれるようなところがあるのだ。……だから、俺としても安心して戦えるのでな」
「そうですか。それならば結構」
 満足げにハルミッドは笑った。やはり、見込んだ男だけはあると思った。上機嫌なハルミッドは、ふと外の方を見る。
「今日はどちらにお泊りの予定でしょう?」
「いや、このまま都のほうに歩きながら、適当なところで眠ろうかと思っていたが」
「それでは、もう遅い。こちらでお休みください。酒と肴ももう少し用意させますし」
 そうか、とジャッキールはうなずく。確かに暗い夜だ。ジャッキールのような男が歩いていたとしても、盗賊もなにもよりつかないだろうが、あてもなく歩き回るのも危険というものだろう。
「では、悪いが、好意に甘えるとしようか。すまんな、ハルミッド」
 ジャッキールは、そういって少しだけ薄く笑った。
「いいえ、あなたは私がみた限りで最高の使い手。使うもののいない武器は、魂がないも同然の飾り物です。私が作りたいのは芸術品ではない。本物の武器なのです」
「相変わらず世辞のうまい男だ」
 そういってジャッキールは、手元にあった酒を口に含みかけ、一瞬眉をひそめてそのまま飲み通した。きづかれなかっただろうが、ジャッキールの杯にはすでに酒が残っていなかったのである。
「どうなされた?」
「い、いや、なんでもない」
 慌ててそう答えるジャッキールは、他人に持ち上げられるのがとにかく苦手な男でもあるのだった。





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このページにしおりを挟む 背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-様からお借りしました。
©akihiko wataragi