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リーフィのとある一日-5

  ※

「あのね、おにーちゃん、怪しいものじゃないのよ。お嬢ちゃんと仲良くしたいなーって」
 さっきから、シャーはそういって小さな女の子に愛想を振りまいているつもりなんだけれども。
 シャー、それは逆効果だわ。女の子が怯えているみたいだけれども。
 シャーが、この茶店を選んだのは、やはり偶然ではなかったみたい。女の子を捕まえて、塩泥棒の疑いのある人たちを調べようとしていたのね。シャーがそんな話をするから予想はついていたけれど。
 女の子はおそらく事件の事情を知らないと思うのだけれど、シャーは、きっと女の子が伝令になっているはずだといっているのね。私もそう思うわ。だから、女の子が、彼らと連絡する為の何かを持っているはずだとシャーは言うの。
 それで、それを見せてもらいたいがために、女の子を呼び止めて話しかけてみたのはいいんだけれど。
 シャーは、けして子供に嫌われる方ではない。ないんだけれど、ある程度以上の年頃の女の子には、なんだか警戒される人でもあるのね。
 何がいけないのかしら。目つきかしら、それとも雰囲気。
 ある意味では、この、ちょっと得たいの知れない感じが、なんとなく不気味なのかも。本心を見せていない感じがして、女の子受けが悪いのかしら。まあ、シャーって、目つきもあまりよくないほうなんだけれども。
 目の前で、いかにも女の子が不気味そうにシャーを見ているので、シャーは少し焦ってきた。
「あの、そんな、ねぇ、お兄ちゃん、そんな変な人じゃないんだってば。ちょっと、聞きたい事があって、話しかけてるだけなんだよう」
 シャー、その言い方は逆効果そうだわ。警戒心をあおってしまっている気がするわ。
 私はそう思いつつ、そろそろとシャーに助言しようとしたのだけれど、不意にその時目の前に人影が現れた。
「どうしたんだい?」
 現れた人影が女の子にそう話しかけたので、シャーや私は女の子の関係者か何かかとびくりとしたものだけれど。
「知らないお兄ちゃんが……」
「そうか、知らないお兄ちゃんに話しかけられて困っているんだね。そうか、僕のお友達が、脅かしてごめんよ」
 優しい言い回しを使いつつ、柔らかな微笑を浮かべる彼は、こちらをちらりとみて、一瞬だけにやりとした。シャーが、さあっと顔を引きつらせる。
「お兄ちゃんは、あのおにいちゃんのお友達?」
「ああ、そうだよ。ちょっと顔が恐いからねえ。驚いてしまうよね」
「人のこと言えた面かよ、こん畜生」
 シャーが隣でボソッと小声で吐き捨てる。シャーそんなこといったら、余計心証とかがよくないわ。
「でも、悪気はないんだよ。お嬢さんに何かしようっていうわけじゃないから、安心してね」
「うん」
 といって、女の子を落ち着かせたところで、彼、ゼダは、こちらを改めて振り向いた。
 ゼダは、普段はおっとりした童顔の青年なんだけれど、こちらを見た時の彼は、いかにも自信に満ち溢れて、少し不敵で、何か腹に一物ありそうな男になっていた。
 そういうところは、ゼダの魅力かもしれないわね。彼は、どうやら女の子によくすかれているみたいだけれど、それだけの魅力はある男だもの。着ている服もおしゃれで粋だし、頼ると助けてくれそうなそういう雰囲気もあるし。ほどほどに理知的で、ほどほどに野心的で、優しさも十分みせているし。
 けれど、普段の猫を被っているときの、彼だって本当にすべてが演技というわけでもない気もするけれどね。過剰に臆病に見せているのは、それは演技だと思うけれど、もしかしたら、優しくて穏やかなのは、本当はそうだったのかもしれないと思うこともあるの。
 そうね、ゼダは、家庭環境が複雑みたいだから、どこかで性格が捻じ曲がっちゃったのかもしれないわ。実際、ちょっとひねくれているものね。少しさびしげなのは、そういうところからきているのかもしれないわね。
 まあ、それはいいとして、ゼダが来ると、シャーは急に不機嫌になる。
 ゼダがこちらを向いた後、女の子は他の子供たちの方に駆け出して、一緒に遊び始めた。それを見た後、ゼダが感慨深げに言う。
「餓鬼はいいねえ。罪がねえからなあ」
「なんでえ、何の用だよ。ネズミ野郎」
 シャーが、こういう風に、相手にいかにも強気な態度で出るのは珍しいわ。シャーは、普段はなるべく揉め事を起こしたくないから、卑屈な態度で応じることが多いの。それが、ゼダには、本性を知られているからもあるけれど、最初から敵意全開で彼を迎えるものだから興味深いわね。私が知る限り、彼がこういう風な態度を取るのはゼダだけよ。ジャッキールには、割と下手にでようとするし。
 シャーがゼダをネズミというのは、なんとなくわかる気もするけれど。ゼダは、シャーほど背が高いわけでもないし、全体的に小柄な印象があるから、小動物的な感じがするのね。その割には油断がならないあたりも、ネズミらしいといえばネズミらしいような気がする。なんというか、見かけは可愛くても、全部可愛い生き物ではないというか。しかも、ゼダは、意外と野性的なところがあって、男らしさという面ではある意味ではシャーより上だものねえ。
「何の用ってわけでもねえよ。俺はただ暇つぶしに散歩してただけだぜ」
「それじゃ、どうしていちいち、俺に絡んでくるんだよ」
 いかにも不機嫌にシャーがいうと、ゼダは、大きな目をきらりと光らせて横目にシャーを見た。ゼダの目は、どう考えても可愛い目になるはずなのに、こういう態度に出る時は、なかなか押しが利いているのが不思議だわ。
「ほほう、いいのかね。俺はてめえがなにやら、女の子を前にして困ってるから助け舟をだしてやったんだぜえ? もう少し感謝してくれてもいいんじゃねえの?」
「誰も助けてくれなんて頼んでないぜ。第一、俺だってもう一寸時間があれば、あの子の誤解を解いてだなー」
「お前じゃ無理じゃねえの? いちいち風体が怪しすぎるんだよなあ」
「なんだとう!」
 シャーは突っかかりそうになるが、ゼダの方はてんで取り合うつもりはない様子で、にやりとした。
「その様子じゃ、どうやら暇なのでリーフィを連れ出して、なにか暇つぶしを探してたんだろ」
 言い当てられて、シャーは、むっと詰まる。
「別にいいじゃねえか。俺とリーフィちゃんが何しようと」
「お前がどうなっても別に知ったこっちゃねえが、リーフィがどうにかなるのは、勘弁だからな」
「あ、また、リーフィちゃんを呼びつけにして!」
 シャーが、例の三白眼でゼダをにらみ付ける。
「ま、どうでもいいんだけどよ。巻き込むつもりなら、女はてめえで守れよな」
「いわれなくてもそうするし、してるぜ!」
 シャーがムキになってそう答えた頃、ふと、私はあることを思い出して口を開いた。
「ゼダ、そういえば、あなた、さっきあの子に何かもらっていたわね?」
「リーフィは、相変わらず目ざといなあ」
 ゼダは、にやにやしながらそういって、手の平に丸め込んだものを差し出した。私はそれを受け取る。紙を丸めたもののようだ。そうっと開いてみると、中に文字が書き込まれていた。
「リーフィちゃん、なにそれ」
「なにそれって、お前、それをあの子から取ろうとおもって狙ってたんじゃなかったのかよ」
「いや、俺は聞き出そうとしてだなあ」
 シャーとゼダが何か言い合っている間に、その中の文字を読み取る。それは王都のある区画の通りの名前と、時間だった。
「これは、もしかして待ち合わせ場所?」
「お、マジ? マジなの、リーフィちゃん」
 シャーが慌てて覗き込んできた。
「へへ、間違いなさそうだろ。読んだらあの子に返してやんな。そうすりゃあ、相手方にその恋文が伝わって、今日の夜、そこで何かおもしれえ逢引がありそうだぜ」
 ゼダは、そういうと、じゃあなといってきびすを返す。
「なんでえ、人に言っておいてお前は来ないのかよ」
 シャーは、拍子抜けしたような声で言った。ゼダは、ちらりとこちらを見やって、にんまりと笑う。
「俺はなあ、余計な小競り合いは好きじゃねえんだよ。騒動は高見の見物が一番面白いぜ」
「チッ、なんでえ、せこいこといいやがって。だったら何しにきやがったんだよ!」
 シャーは、去っていくゼダにそうブツクサ言い置いて、私の方を見た。
「リーフィちゃん、どう思う。あのネズミ野郎さあ。本当、何しにきたんだよ、あれ」
「さあ、ゼダも、相当暇だったんじゃないかしら」
 私はそう答えつつ、なにやら憤慨しているシャーの様子に思わず笑ってしまう。
「シャー、もしかして、ゼダと一緒に暴れたかったの?」
「な、ななな、何言ってんの」
 不意を突かれたのか、シャーはかなり動揺した様子で答えた。そして、明らかに不機嫌そうな顔を作ると、ついとそむける。
「冗談キツイぜ。俺はねえ、ああいうネズミっぽい奴大ッ嫌いなんだから」
「そうかしら」
「そうだよ! もう、変な誤解しないでよね!」
 シャーは、いかにも怒りながらそんなことをいうのだけれど。これはいつものことなんだけれど。
 けれど、私は、シャーとゼダって意外といい友達になれそうな気がするんだけれど、どうなのかしらねえ。




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