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サギッタリウスの夜-13

 
 
 
 酒場は、外から見ているよりも騒がしくて、彼はここにきたことを後悔しはじめていた。
(あああ、やはりこんな店で遊んでいるのか)
 隣の客が騒いで杯から酒がこぼれ、危うく服の裾に飛びそうになったのをどうにかこうにか避けたところで、彼は、はあ、とため息をついたものだった。
 隣の客は、酒をこぼしたのも気づいていないらしいから、彼がちらりと困惑気味に彼らをにらんだのも知らないだろう。ましてや、その男が、この国の宰相であるカッファ=アルシール本人であることなど、気づくはずもない。
 ただですら忙しいところ、今では暗殺未遂事件の後処理や捜査でもっと忙しいはずの彼が、お忍びでこのようなところにやってきた理由は、もちろん、彼が対外的には主君として仕えており、ある一面では息子として面倒を見てきた男の様子を探る為である。
 あの事件以来、彼は城には一度も来ていないが、どうやら屋敷に一度顔を出していたのは、娘のリュネザードからきいて知っていた。普段は、それ以上は詮索はしないことにしていた。
 彼自身は、基本的に自分の身は自分で守れる男である。幼少期から戦闘技術を仕込まれている彼は、そんじょそこらの戦士よりもずっと強いし、さまざまな修羅場をくぐっているから、身の守り方は知っている。それでも、本来は監視役であり護衛役ぐらいはつけるべきだが、生活に干渉しないことを条件に王位についた彼との密約があることと、以前に監視役兼護衛役をつけていたにもかかわらず、ほとんど役に立たなかったこと、そもそも彼の顔を知っている人間は、ほんの一握りであることから一般市民として街に溶け込むことができ、さらに王宮内のほうが敵が多い為、素顔を気取られる可能性があることなどもあり、彼の精神的な負担も考えてそのあたりは自由にさせることにしていた。いまや、レビ=ダミアスは、しっかりと王としての代理を果たしており、普通にしていればみやぶられる筈もないし、彼に必要以上の介入をさせない方が、彼の身を守る上でも有益だと思われていた。
 とはいえ、あちらこちらから噂で聞いていて、彼がなんだかんだで無頼の生活を送っていることも知っている。「別に身元不明の死体にならなきゃいーだろう」などと、本人は言っているが、実際、何気に頭の痛い問題ではあったが、以前に比べて、平穏に幸せ暮らしているのは、月に一度ほど城で顔をあわせる彼を見るとよくわかるし、ハダートなどは時々接触しているようだから、とりあえず現状のまま生活させることにしていた。
 今回も、この事件を受けて、暴走しやしないだろうかとか、そもそも安全だろうかとか、あれこれ心配はしたものの、ハダートが監視をしているようだし、慌ただしく動くことも危険だと思われたのもあり、彼のことは彼自身に任せるようにしていた。
 が、なにやらニコニコしているレビ=ダミアスが、何の気もなしに、ラティーナに彼の様子を見に行かせた、などと告げたものだから、カッファは慌てた。
「だって、彼女なら、彼の顔を知っているし、安心だろう? カッファも、彼が無事か気になっていたから、ちょうどいいじゃないか」
 などと、さも気の利いたことをしたような顔をしてのたまったものだから、カッファは思わず返事ができなかったものだった。
 ラティーナに対して、かつて彼が恋愛感情を抱いていたことをカッファは知っている。第三王子による暗殺未遂事件により知り合い、本当は彼女に殺されてもいいと思っていた程に好きになってしまったことも。そして、彼女に正体を知られて、そっと身を引いたことも。
 そういう娘を、こんな混乱している状態の彼に会いに行かせて大丈夫なのか? レビ=ダミアスは、意外と鈍いところがあるせいか、何も気づいていないのかもしれない。余計なことをしてくれたものだ。
 そんな風に頭を悩ませて数日振りに家に帰ってみると、今度は娘のリュネザードから、彼にはどうやら酒場で美人のいい娘がいるらしい、などと聞かされた。
 いよいよもってまずい。カッファは、屋敷でゆっくり休めなくなってしまった。
 大体、今まで彼は女性関係で失敗してきたことのほうが多い。
 以前、酒びたりになっておかしくなったのも、そもそもは、さる小娘に惚れこんで拒絶されてからだった。ラティーナの時も、自分の身分も立場も忘れて死んでやってもいいなどと言い出すようになった。他、細やかな物を含めると枚挙に暇がなかった。彼が恋愛にのめりこむことは、大抵、彼自身が破滅方向に進む前兆であることの方が今まで多かったのだ。
 ――そんな彼に、なんということをしてくれるのだ。あのレビ=ダミアス様は!!
 慌てて家から飛び出して、忙しくしているハダートをどうにかこうにか捕まえて、酒場の娘のことを聞いてみたが、ハダートは意地悪半分なのか、ニヤニヤ笑いながら、「そんな娘のことは知らない。ははは、アルシール殿も心配性ですな」などといいつつ、忙しいからといって相手にしてくれなかった。
 思い切り腹が立ったが、ハダートの性格を考えると、こうなると絶対に教えてくれないだろうから、カッファは今度はジェアバード=ジートリュー将軍の所に立ち寄ってみた。ハダートと彼は遊び仲間なので、もしかしたら、一緒に彼を冷やかしにいっていたのではないかと思ったのだ。相談してみると、ジートリューはかわいそうに思ったのか、コッソリとこの酒場のことを教えてくれた。やはり、彼のいない時間帯をねらってハダートと一緒に、こっそり『お相手』を物色しにいっていたらしい。
 ジートリュー将軍曰く、その娘がそうだったのかはわからないが、そうだとしたら、今までの娘とは趣向が違うし、そういう関係には見えない。とのことらしい。だが、同時に美人といえば、あんな酒場にいるのがおかしいような美人。とも言っていたので、カッファは余計に心配になるばかりだった。
 そして、やはりというべきか、サーヴァン家を探らせてみると彼女は帰っておらず、街で宿を取っているとの話である。
 そして、翌日、カッファは忙しい合間を縫ってこうして、噂の酒場にコッソリやってきてしまったのだった。
 もちろん、最初は、ちょっと様子をみて帰るつもりだった。そもそも、酒場に本人がいるかもしれない。あっちも自分を見て気まずくなるだろうが、こちらも十分気まずいのだから。
 元気な様子を一目見たら帰ろうと思って、店の中を伺うと、どうやら彼は今日は店に来ていないらしかった。それなら、とりあえず、その噂の娘を一目見ておくべきだろうか。などと好奇心を出したところが行けなかった。先ほどの活発な娘の客引きに捕まって、そのまま、ずるずると店の中に引き込まれてしまった。どうやら、金のありそうな男だと思われたらしい。
 とはいえ、せっかく来たのだから、彼のことと、それからその相手のことについても探ってみようと思ったが、ざっと店内を見回した限り、どの娘かはわからない。さすがに目の前の少女ではないだろうなと思ったが、意外にこの酒場はうらぶれた外見の割りに、かわいらしい、きれいな娘がそろっていて、カッファにはどの娘がそれなのやらさっぱり見当がつかなかった。仕方ないので、娘に、二、三彼のことをぎこちなく質問しているうちに、少女は自分の手に負えないと思ったのか、それとも自分を彼のことを聞きにきた役人か何かと思ったのか、飲み物の注文だけきいてさっと奥に引っ込んでしまった。
 そして、一人残されたカッファは、周囲で盛り上がる客の中、ぽつんと浮いてしまっていた。
(しかし、血は争えないものだな)
 周りの喧噪に深々とため息をつきつつも、不意にカッファはそう思った。
 騒がしい客。行きかう女達の香水の香り。酒と笑い声。こんな店に入ったのは、あの方と一緒にいた頃以来だ。
(あの方も、こんな店が好きだったな)
 ふと、彼は昔のことを思い出していた。
 あの時も、こんな風な上等ではない安い酒場で、彼は酒を飲んだのだった。戦闘の後だった。
 カッファ。と、その男は彼のことを呼んだ。男は、そのとき、すでにカッファの上官だったが、まだその時の彼は「陛下」という敬称で呼ばれる身分ではなかった。しかし、すでにその時彼はハビアスという後ろ盾を得て、着実に権力への階段を歩みだしていた。それが彼の意思にかなうことだったのかどうかは、今でもよくわからない。
 その男は、彼に言った。仕事が終わったら皆で飲みに行くからお前も来いよ。と。カッファはまだ雑用があるので遅くなると答えたが、「そんなどうでもいいことは、明日にでもすりゃーいーじゃねーか。カッファが来ないとはじまらねえよ!」と、笑顔で言われたもので断れなくなってしまった。
 仕方がないので、早々に仕事を切り上げて、遅れて指定された酒場にたどり着いたが、その時は、彼は両側に酒場のきれいな娘をはべらせて上機嫌だった。
「よう、カッファ。遅かったじゃないか!」
 いつの間に酒場の美人を落としたのか知らないが、やたらと娘達にべたべたされながら、彼はすでに部下達と騒いでいた。彼は、大男だったが、整った顔をした美男子で、それも着飾らない性格だったか、女にも男にもよくもてたのだ。くしゃくしゃの癖の強い黒髪に、ハシバミ色の大きな目を笑わせて、屈託なくニコッとやると、大抵の人間は彼を好意的に受け取ってしまう。別に本人はオシャレではなく、外見を取り繕う人間でもなかったが、女達が身づくろいしてくれるので、いつもそれなりの姿をしている。
 陽気で冗談好きで、さらに人の心に土足で入り込んでくるようなところがあり、いつの間にやらペースを惑わされてしまうが、何故かそれに反感を持ちづらい。そういう人だった。
 その一方で、男は大剣を扱う有能な戦士でもあり、戦場で返り血を浴びながらも平然といつものように明るく振舞い、にやにやしながら強い相手を求める彼は、ある種の狂気すら感じる存在でもあった。しかし、それが終わるとやはり例の子供のような笑顔で、打ち上げに周囲を誘い、他人の金で酒を飲む、陽気な男に戻るのだった。
 カッファがやってくると、彼は一度酒場の娘達にサヨナラをしてカッファのそばにべったりと座って酒を頼む。曰く、今日もおごってくれるだろう? ということだ。彼が隊長だったから、部下の酒は全部彼が払ってくれたが、何故か彼は自分の酒代をカッファにたかってくる。何故自分で払わないのかと思って、迷惑そうに見上げると、
「女が妬けるからココだけのハナシだけど、俺はカッファにおごられる酒が一番美味しいんだぞう」
 本気かどうかわからないそんな言葉を吐きながら、彼は馴れ馴れしく肩を組んできたものだ。カッファはずっと彼に忠実に仕えてきたけれど、彼にとってカッファは部下ではなく、ずっと友人の扱いだったのかもしれないと、今でも思う。酒をおごらせたのも、そういう意図があったのかもしれないとも思えなくもなかった。
「相変わらずだな。酒代ぐらい自分で払え。かわいそうだろう?」
 ふいに女の声が割り込んできた。声は女だが、その言葉はあまりにもそっけない。視線を向けると、まっすぐで長い黒髪を高く結い上げてたたずんでいる華奢な体つきの人物が立っていた。見慣れない東洋風の刀を一本腰に差して、暗い色の服をまとっているが、その曲線的な体つきを見るとはっきり女性だとわかる。
 東方出身を思わせる顔立ちをして、切れ長の目。彼女はいつも三白眼で、ただ視線を向けてくるだけで、にらまれているような気がした。そして、紅い唇とあいまって、どことなくいつも妖艶に思えた。
 男は、一瞬どきりとした様子になったあと、それからにんまりと笑いかけた。別に彼は意識をしてはいまいが、その微笑みは極上の笑みで、誰の凍った心も溶かしてしまいそうなものだ。けれど、女は、それを一瞥すると少し冷たく微笑むだけだった。
 彼が知る限り、彼と彼女は、いつだってそのようなものだった。
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
 不意にそんな声が聞こえて、彼の目の前に影が落ちた。
 カッファは、そこで回想するのをやめて、はっと向かいを見た。
「よろしいですか?」
 と声をかけてきたのは、先ほどの少女とは違う娘だった。
「あ、ああ」
 と、カッファが若干気後れしたのは、そもそもカッファは女性がそんなに得意ではないのと、娘が無感動な声で話しかけてきて目の前に杯と葡萄酒の瓶をそっと差し出してきたからだった。
 視線を上げると、娘の顔が見えたが、その娘は酒場の娘の中でもとびぬけて綺麗な顔をしていた。思わずどきりとしてしまうが、その一方で、恐ろしく無表情な気がするのは気のせいだろうか。いや、少し愛想笑いを浮かべたようだったが、ほとんど表情が変わらないのでこちらの方が不安になる。無愛想というより、無表情といった方がいい。
「サミーに代わってお話させていただこうと思いまして。こちらに座ってもよろしいですか?」
「あ、ああ、かまわない」
 と思わず答えつつ、カッファは、ひっそりと彼女を観察した。寒色系の色使いの衣装に身をまとっている彼女は、その色と同じく、どことなく冷ややかな雰囲気をまとっている。
(まさか、この娘か? た、確かに美人だし、好みの娘とはちょっと違う感じだが)
 などと考えていると、不意に彼女がカッファの方を見やった。
「こちらは初めてですか?」
「ああ、そうだな」
 娘は、意外にきちんとした言葉遣いをしていて発音が綺麗だ。どういう娘なのだろうか、と思いつつ上の空でそう答えると、つきだしを用意してくれていた彼女がいきなり切り込んできた。
「サミーに聞いたのですが、どなたかお探しのようですわね?」
「あ、い、いや、まあ」
 警戒心を解くためか、ほんの少し微笑みながら彼女は続けた。
「それで今日はこちらの店にいらしたのでしょう? サミーも貴方のような方が、どうしてこの店にいらしたのかと疑問に思っていましたの」
「あ、ああ、まあ、それはその」
 と、カッファは、ふいに声を低めた。
「じ、実は、故あって面倒を見ている友人の息子がここに出入りしていると聞いていて……。様子が気になったものでな」
 今のは大体嘘ではない。瞬きもせずに、何を考えているのかわからない落ち着いた瞳で自分を凝視してくる娘に、カッファはややたじろいでいた。今の状態で嘘をつくと、多分顔に出てしまう。それがわかったので、カッファもなるべく真実に近い説明をした。
「あら、そうですの。けれど、残念だわ、彼なら、今日は夕方にしか来ないと思いますわ」
「ああいや、その、会いに来たわけではないのでな。様子をききにきただけで。連れ戻すつもりなどもないし」
 カッファは、一応そう告げて、落ち着きなく髪をいじる。
「ま、まあ、その、あれは、実家から勘当されている家出息子みたいなものでな。見てのとおりの放蕩無頼なものだから、私と顔をあわせるのも気まずいのだよ。本当はこっそりと様子だけきいて帰ろうと思ったのだが、不審に思わせたようだ」
「ふふ、そういうことなのね」
 娘は、ようやくほんの少し柔らかな表情になった。といっても、常人にはほとんど区別はつかないだろうが。
「本当にシャーと縁のある方ですのね? それならよかったわ。サミーが貴方が彼を調べにきたお役人か何かだと思い込んで、慌てて私に交代してほしいといってきたものだから」
「ああ、それは妙な心配をさせた。い、いや、私は、本当にそういうつもりではなく、しばらく連絡を取っていないものだから、あれが今、ここで何をしているのかと思って――」
 そういってカッファは、ほんの少し安堵してため息をついた。どうやら、目の前の娘はシャーのことを良く知っているようだ。例のお相手の娘かどうかはわからないが、悪意はないようだ。カッファは、少し警戒を解いていた。
「あれは元気にしていますかな?」
「ええ、近頃少しだけ落ち込んでいましたけれど、もう元気になっていますわ」
 まあ、少し落ち込んでいるのは想定内だ。むしろ、あれで様子が変わらないほうが逆に怖い。
「それに、昨日はとある娘が訪ねてきたとも思うのだが。彼女も昨日帰っていないときいたので、まさかあれが何かしでかしたのかと――」
「ふふ、ラティーナさんのことね。彼女なら私の家に逗留していただいていますわ。今日は朝からシャーとお出かけしていますけれど、シャーが何か問題を起こしたなんてことはありません」
「ほう」
 彼女とのことは、かなり心配していたのだが、どうやらうまくいっているらしい。まあ、どういう方向でうまくいったのかは知らないが、とりあえず一緒に出かけられるということは、別にこじらせているわけでもないのだろう。本気でどうにもならなかった時は、彼女と顔をあわせることもできないだろうし。
「そうか。それはよかった」
 カッファは、改めて目の前の娘を見た。いくら鈍いカッファでも、目の前の娘と彼が恋人関係ではないだろうことは、もはや悟っていたが、だとしたら、彼らの関係は一体なんなのだろう。常連客と酒場の女というだけの関係なのだろうか。いや、それにしては、ちと事情を知りすぎているような気もする。ラティーナを家に泊めたということからしても、シャーの側からも相当信頼されているということになるだろう。
 それに、流石に彼の本当の身分までは知るまいが、どうも彼の実力ぐらいは知っている口ぶりだ。そういう女性はあまりお目にかかれない。彼は男女問わず、自分の実力を知られたとき、相手との間にすぐに線を引いてしまうことが多いからだ。そのまま逃げるように、付き合いをやめてしまうこともある。
「そなたは、ここの酒場で働いているようだが、失礼だがあれとどのような――」
「ああ、そうですわね。申し遅れました」
 彼女は居住まいを正すと、彼を正面から見た。
「私はリーフィと。彼とはお友達で、普段から色々助けていただいてますの」
 娘は、少し目を細めてかすかに微笑む。
「ほう、あれのご友人と」
「ええ」
 ふむ、ソレは珍しい。と、カッファはあごひげを撫でた。
 実は、彼には友人らしい友人がほとんどいない。身分や環境の問題もあるし、このような二重生活を送っていては、色々な秘密を抱えて生活しなければいけないので、信用できる相手も限られているだろう。ましてや、身分どころか、自分の実力を知られただけで付き合いをやめてしまうこともある彼のこと。特に異性の友人となると、ほとんどいなかったように思う。それに、大抵の娘に鬱陶しがられていることは、先の少女の反応でも明らかだ。明らかに話題を出した時、いやそうな顔をしていた。そう考えると、目の前の娘は稀有な存在ということになる。
 カッファは頭を下げた。
「それはそれは。本当にろくでもない男で申し訳ないが、仲良くしていただけると私もありがたい」
「いえいえそんな。シャーには色々助けてもらっていますもの。それに、一緒にいると楽しいわ」
 楽しいわ、という時の彼女の表情が、かすかに和らぐ。
「それはありがたいことだ」
 どうやら本当に仲良くしてくれているらしい。カッファは、心底安堵してそっと杯に手を伸ばした。
「まあ、アレの話はこのぐらいにしておこう。せっかく立ち寄ったのだから、一杯いただいていく」
 娘が少し微笑んだ。このリーフィという娘のかすかで上品な愛想笑いにも大分慣れてきた。別に無愛想にしているわけでもなく、彼女は彼女なりに愛想を振りまく努力をしているらしい。そう考えると健気な気がしてきた。
「ええ、どうぞ召し上がってください」
 と、リーフィは葡萄酒を杯に注ぐ。
 本当は、この後カッファは仕事に戻らなければいけなかったのだが、今日は、少しぐらい飲むのもたまにはいいだろう、と、頭の固い彼には珍しいことを考えていた。

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