シャルル=ダ・フールの暗殺
3.ザミル王子-3
約束の夜が来た。その日も結局、飲みすぎたのか、シャーは夕方になって、ようやく待ち合わせ場所に現れた。思いっきりどやしつけてやったが、シャーというと、なにかすっきりしない顔をして、何となく元気がない。どやしつけられたせいでもなさそうだった。別に酔っ払ってもいないらしいし、何か他に理由がありそうではある。
すでに日は沈み、暗くなっていた。人通りも少ない場所であるし、何となく不気味である。都会というのは、人が多く見えて、実は人がいないような、そういう錯覚を起こさせる。建物の裏側に回ってしまえば、家の中の人の営みなど、外からはわからないのだった。
歩き始めていくらかになるが、仲間があらわれる気配がない。ラティーナは、レンクのところに行くまでに、みんなが現れてくれるように祈っていた。
「……もう、何よ! しゃっきりしなさいよ!」
ラティーナは、シャーを騙しているという気まずさから、わざときつく声をあげた。
「そんなんじゃ、あっちにいっても仕方ないわよ!」
「……ごめんなさーい……」
シャーは間延びした声で答える。
「元気ないわね、どうしたのよ?」
「レンク=シャーには会いたくないんだよ」
シャーは、ぼそりといった。
「有名人と名前が一緒だと何となく顔合わせにくいでしょ、本人と。相手はやくざのボスだしさ〜、あいつ、性格よくないし〜」
シャーは見苦しくぶつぶつと文句を言う。
「来たくなかったらいいのよ、あたし一人でも」
つんとするラティーナをみて、シャーは慌てた。
「い、いや、その、やっぱり、ここは男の一人として女の子を危ない目に遭わせるわけにはだねえ、ラティーナちゃん!」
「じゃあ、来なさいよ!」
「……その辺がなんといいますか……」
シャーは、困ったような顔をして頭をかく。ラティーナは大きくため息をついた。
「ラティーナちゃん……」
不意にシャーに訊かれ、ラティーナは慌てて振り向く。
「な、何よ?」
シャーは少し真剣な顔をしていた。
「シャルル=ダ・フールに何の恨みがあるんだい? 訊いてもいいだろ? オレだって、事情を知らないまま騒ぎを起こすのは嫌だもん」
ラティーナは、少しため息をついた。確かに、言われればそうなのだ。巻き込んでおいて、事情を教えないなんて、そんな事はおかしい。それに、どうせ彼には後で計画を話す予定である。ザミルは、皆で彼を説得するといったが、ラティーナは、シャーなら多少言ってもいいような気がした。
「……そうね、シャルル=ダ・フールを暗殺したら、あたし達、生きて帰れないんだろうし。……あんたも、ひどい目にあっちゃうわね。ごめん」
「ひ、ひどい目って……あ、あのオレ、あんまり苦しいのは……」
根性がないシャーは慌てた。彼は、どこまでも長生きしたいほうであるし、苦しい事などまっぴらごめんなのだから。そういう仕事だったら、あんまり請けたくないなあと彼は言いたかった。先程の言葉はそれを反映させてみたつもりだったのだが、ラティーナは、そういう彼の言葉を彼の言いたいようにはとってくれなかったようである。
「いいわ。あんたが、目的を果たしてくれたら、あたしがあんたを苦しまないように殺してあげる」
「いや、それも嫌なんですけど」
シャーは、首を振る。
「……じゃあ、どうしろっていうの? その方がずっとましよ」
ラティーナは、ため息をついた。
「どうせ、拷問が待ってるに決まってるもの」
「そ、そんなもんかなあ。オレ、そっちも嫌なんだけどなあ」
シャーは、ぽりぽりと頭をかいた。
「で、さあ、あの人に何の恨みがあるんだ?」
「……あいつは……」
ラティーナは重い口調で言った。シャーは、そうっと彼女の顔を覗き込むようにしている。
「あいつはね!ラハッド王子を殺したのよ!」
「ええ!」
思わずシャーは、ひっくり返りそうなほど驚いた。ラティーナがさっと走ってきて、シャーの頬に平手打ちをくれた。
「馬鹿!大声出さないでよ!」
「ご、ご、ごめん。……ラ、ラティーナちゃん。ラハッド王子の知り合い?」
ラハッド王子は、シャルル=ダ・フールの異母弟である。あまり、体は強くなかったが、頭がよく賢明だという評判だった。母親も第二夫人だったし、跡継ぎとしては十分可能性があった。人望もあったはずである。
彼が暗殺されたのは、内乱が始まってから半年の事だった。その時には、かなりもめたという話を、シャーはどこかできいた。犯人はだれだかわかっていないそうだ。
「あたしは、あの人の……婚約者だったの」
「ええ! 嘘! ラティーナちゃん、貴族のお嬢様なの!?」
「どっちに驚いているのよ!」
何となくふざけたようなシャーに腹が立ち、ラティーナは彼を睨んだ。
「……い、いや、その……」
シャーとしてはふざけたつもりはなく、ラティーナが貴族のお嬢様だということにも、ラハッド王子の婚約者だということにも、どちらにも驚いてはいたのである。ただ、ラティーナが、町娘でなかったという事への衝撃が大きかっただけで……。
「……つ、続けてよ」
「ラハッドは、毒殺されたわ。その刺客は、シャルルの手のものだったの」
「何か、証拠でもあるのかい?」
シャーは不安そうに訊いた。
「あるスジからの情報。それに、あとでやすやすと王位についた事が証拠よ」
ラティーナは、ぶっきらぼうにいう。
「物的証拠はないじゃないか」
「そんなの、有力者は全部隠せるわよ! それに、シャルルはね! 今、病弱とかいってるけど、本当は違うのよ!」
「え……ど、どうゆうこと?」
「……城の中で遊びほうけているって話じゃない」
「それは、噂じゃないの?」
憤然と言ったラティーナに、シャーは尋ねる。
「噂……だけど、でも、どっちにしろ、病弱な王様なんて、役に立たないじゃない! ラハッドのほうがずっと王には向いてたわ!」
「……かもしれないね」
シャーは、少しうつむいて同意した。
「……確かに、シャルルは遊んでるかもしれないし、病弱かもしれないよ。でもね……」
シャーは、ぼそりといった。
「……シャルルはいい奴じゃないけど……」
とシャーは言った。
「……弟を殺して王位を取るほど、嫌な奴でもないよ。きっと」
「なんであんたにわかるのよ!」
ラティーナの怒りをかって、シャーはびくっとした。
「あんた知ってるの?あいつ!」
「……いやあ、その、た、旅先で見かけた事があって、そのあの……」
ラティーナの剣幕に怯えたのか、それとも、言い辛い事情があったのか、どちらかはわからない。ただ、シャーは、口ごもってしまった。
「……あんたにはわかんないわよ」
「ご、ごめん」
シャーは反射的に頭を下げる。それから、少し真面目な表情になった。
「一つだけ、応えてよ。ラティーナちゃん」
「……何?」
「……ラティーナちゃんが、ラハッド王子の敵を討ちたいのは……、ラハッド王子を殺したシャルル=ダ・フールが憎いからだよね?」
「当たり前よ!」
ラティーナは憤然と応えた。
「……それは、ラハッド王子が好きだったから? それとも、王妃様になり損ねたから? どっちだい?」
シャーは、静かな口調で訊いた。本当は応えたくなかったが、シャーのその口調は、ラティーナに応えろと迫っているようだった。
「……それは……ラハッドが……」
不意にラティーナの目に涙が浮かんだ。シャーは、はっと息を呑む。
「ラハッドが……好きだったからに決まってるじゃない……。王妃なんてどうでもいいわ。ラハッドと一緒にもっといたかっただけ……それだけよ。だから、それを奪ったあいつがゆるせないだけ……それだけに決まってるじゃない……」
うつむいて、吐き捨てるようにいうラティーナを見て、シャーは、途端うろたえたように彼女の顔を覗き込んだ。
「ご、ごめん。ひどい事聞いちゃった上、変な事思い出させちゃったな。ええっと、ハンカチ……」
あれ、と、シャーは首をかしげる。そのままポケットなどを裏返すが、やはりそこには何もない。
「お、おかしいな! ちょ、ちょっとまってね!」
慌てて、荷物入れを全部ひっくり返しそうな勢いのシャーをみて、ラティーナは、思わず吹き出した。
「あははは。もういいわよ」
「え? でも、ハンカチとか……」
シャーは、出てきたらしい空の財布を持ったまま振り返る。どうやらそれしか見つからなかったらしい。ラティーナは、もう涙をぬぐっていて、いつもの表情を向けていた。
「もういいっていってるでしょ? ありがと。あたしの事、なぐさめようとしてくれたのよね」
「……ま、まぁ、そんな感じです、はい」
シャーは、ばつが悪かったので、頭をかきむしりながら呟いた。それを見ながら、ラティーナは仲間が現れなくても、シャーには本当のことを教えて訊いてもいいように思えた。すべての計画、そして仲間たちのこと。それから、今日呼び出した、本当の理由。
「あんたって……人がいいわよね」
「そうでもないよ」
シャーは、急にほめられて照れたのか、そんな事を言った。その顔は何となく穏やかで、少しだけ信用できそうに見えた。ラティーナはシャーの肩に手をかける。手をかけられてどきりとしたらしく、シャーは慌てて振り返った。
「ど、どうしたの?」
いきなりなのでシャーはどぎまぎした様子で訊いた。
「ねぇ、シャー……。あなたがもし、シャルルの寝室への……」
ラティーナがそういいかけたとき、不意に何か寒気がした。シャーの目は、一瞬にして表情を変え、素早く背後の方からラティーナをねらう影に対して動く。素早く身を翻し、シャーはラティーナの前に手を広げた。
「ラティーナちゃん……ここ……」
シャーは、ふいに後ろの方でガッという鈍い音をきいた気がした。同時に、衝撃と意識が一瞬遠くに飛ばされるのを感じた。世界が半分暗くなり、視界がぐるんと半回転したような気がした。遅かった。ラティーナをかばうための判断のせいで、動きが遅れたのだ。
「シャー?」
シャーの声がふいに途中でぶっつりととぎれ、人影が大きく揺らいだのに気づき、はっとラティーナは背後をみた。棒をもった者が、シャーの後頭部に一撃を見舞ったのだ。
「シャー!」
ラティーナの悲鳴が聞こえ、シャーは、何とか上を見る。砂の地面に倒れこんでいたため、手をつけて素早く立ち上がるが、ふとめまいがし、近くの壁に身を寄せた。
(くそっ! 不意打ちやがったな!)
目の前がぐるぐる回る。シャーは、唇を軽くかみ締めた。だが、傷自体はたいしたことはない。しばらくすれば、視界も一定するだろう。
そのまま、剣を握ろうとして、彼は目を視界の隅に留める。腕をつかまれたラティーナの後ろ側、それも狭められた視界のぎりぎりの場所に人がいるのがわかった。
(あいつは……)
顔見知りだったのかもしれない。フードを深くかぶっていたが、一瞬、彼の顔が見えた。シャーの大きな三白眼が、普段よりもさらに大きくなった。
「……あいつ……」
ぼそりと呟く。
「そういうことだったのか?」
シャーは、柄にかけた手をすっと引いた。その顔は、すでに闇の中に消える。
(お前がその気なら、オレも罠にはまってやろうじゃないか!)
うっすらと笑みを浮かべたつもりだったが、うまくできたかどうかわからない。というのも、そう思った直後、シャーの鳩尾付近に、誰かの蹴りが入った。酸っぱいものが口の中にあふれてくるのと、意識が飛んでいくのがわかる。
「ちぇっ……カッコつけ……そこね……」
シャーはそこまでしか呟くことができず、口の中の胃液を吐き出した。視界が回り、シャーはそのまま倒れた。そのまま目を閉じる。闇が訪れた瞬間、彼の意識はあっさりとその底にひきずりこまれていく。
「やめて! 約束が違うじゃない! それ以上やったら死んじゃうわよ! 約束が違うじゃないの!」
ラティーナが悲鳴混じりに叫んだのが聞こえた。シャーには、約束がなんだかわかっていなかったが、その声が自分を心配していることに違いはなかったので、少しうれしく思っていた。
(ああ、オレ、心配されているなあ)
それがシャーが路上の上で覚えている最後の記憶である。
永遠なるわが都
降りおりる月の光
かすかなる花の残り香
酒に寄せては 消え行くばかり
ああ すでにそれを忘れし人よ
どこをたずねても知らず
誰に尋ねても知らず
ただ、酒の赴くまま すべて忘れゆきし人よ
朗々と詩を朗読する声が響いていた。冷たく暗い声は、陰気な雰囲気で、とても風流といえるものではない。どこか聞くものに寒気を覚えさせるような声である。
少年が廊下を歩き、その声の前まで立つと、ふと声はぴたりと止んだ。
「何の用だ?」
少年はびくりとした。部屋の中では、一人の男がこちらに背を向けて座っている。手に本があるところをみると、詩集でも読んでいたのだろうか。
だが、男はこちらを一度も見ていない。おまけに、少年は足音をたてて歩いてきたわけではなかった。それなのに、部屋の前に立っただけで、彼は気配に気づいたのである。
いつものことだが、この男の近くにくると、寒気が走るような気がした。
「お休みのところ申し訳ありません。外にでていた部隊が帰って参りました。ラゲイラさまがお呼びです」
「そうか。それは急がねばな」
男は立ち上がり、立てかけていた剣を腰につるしてこちらを向いた。高い背に黒いマントをかぶせている男は、痩せてはいるがどこかがっちりとした体型である。服装から髪の毛までが黒ずくめな中、蒼白な顔だけが異様に白く見える。長い前髪から見える瞳はするどく冷たい。
男は、この屋敷でも、異彩を放つ人物ではあった。それは彼の外見や態度だけでなく、扱いもそうである。彼はこの屋敷に雇われている身分だが、実際は、雇われている兵士というよりは、客分に近い扱いも受けていた。それは、主人のラゲイラが、彼のことを敬称つきで呼んでいることからもわかる。
そして、そのことにたいして、ラゲイラに仕えているほかの傭兵の中には、不服に思うものもいるときいた。
それにしても、この男にはあまり近寄りたくなかった。この男は、いつも何か不吉な気配がした。死神でも取り憑いているのではないかと思うほどの、寒気が走るような殺気が常に身の回りに飛んでいた。
そして、その殺気のとおり、ひとたび戦闘が起こると、この男は狂ったように人を斬ると聞いている。食事の時も手放さない剣は、一体何人の血を吸ったのか――。
「こちらでございます」
少年は、なるべくそのことを考えないようにして、彼を案内する。束ねた髪を揺らしながら男は静かについてくるが、その足はすぐにとめられた。目の前に、少年以外の人間の気配がしたからである。
「ジャッキール様」
声をかけられ、男はふと居住まいを正す。訓練された武官のような身のこなしは、彼がもともとは宮仕えをしていたのではないかという過去を想起させた。そういわれれば、彼の言動は、流れの戦士にしては、風格がありすぎるところがある。
目の前には、この屋敷の主人が立っていた。ゆったりとした貫禄の男は、ジェイブ=ラゲイラである。
「ラゲイラ卿自ら出向いていただくとは…………。ご足労をかけ、失礼した」
「いえ。いきなりお休みのところ呼びつけた私が悪いのですから」
ラゲイラは、柔らかにそういった。男は、首を振り、そして話を変える。
「外が騒がしいといわれておりましたが、昼間お聞きした例の件ですな? どうやら無事捕らえられたようで……」
「ええ。そうです。……ですが、そのことなのですが」
ラゲイラは、少し目を伏せた。
「貴方に、この作戦で指揮を執っていただくわけには参らなくなりました。申し訳ありません」
ラゲイラは、静かにそう告げる。
「私を、信用されていないのですな」
男の眉が、長い前髪の中で一瞬引きつった。
「いえ、そうではありません。ただ、あの方はあなたに指揮を執らせるのに反対なようです。あの方は、他方からきたものを信用なさらないだけでございます。貴方の気持ちはご理解いたしますが、…………どうか、ご容赦を」
「自分は、貴方をせめているわけではありません。貴方がそういわれるのであれば、仕方のないことであります」
一瞬、低く堅い言葉でそういったのは、反射的に答えたものだったのか。そこまでいって、彼はわれに返ったように、薄く苦笑いを浮かべると、話題を変えた。
「しかし、指揮をとらねばよいのですな? ……私が、今、外のものたちがつれてきた男と会うのはかまわぬと?」
「ええ。それは、もちろんです。私はむしろ、貴方に検分していただきたいぐらいなのですが……」
「では、……その男にあわせていただきましょう」
彼はそう答えると、ラゲイラに礼をしてから、方向を変えて歩き出す。少年が慌てて案内するため、駆け出していった。
「お待ちを。ジャッキール様」
ラゲイラは、彼を呼び止めた。彼が足を止め、まだ振り向かぬうちにラゲイラは続けてこういった。
「わたくしは、あなたを信用していないわけではございません。しかし……」
ラゲイラは少し声を落とした。
「あなたは、私のやろうとしていることに、反対なされるのではないかと思っています。……貴方は、こういうことがお嫌いでしょうから」
ジャッキールという傭兵は、それに対して返答はしなかった。ただ、一瞬足を止めて、そしてそのまま歩き去るだけであった。
王宮の深くにシャルル=ダ・フール=エレ・カーネスの寝所は存在した。彼は滅多にそこから出てこられない。たまに出てくる事があっても、長くは玉座に座っていられないのである。
それなりに高価な調度品が立ち並ぶ中、シャルルは天蓋付きのベッドの中に座っていた。そこからは薄絹のカーテンがおり、シャルルの姿がうっすらと垣間見られた。
理知的な目をした黒髪の青年。だが、その体は痩せていて、どこか頼りなげである。
そんな彼の前にちょうど、五十代と思われる男が立っていた。
「……そのようなことなのでございます。観察が必要かと」
シャルル=ダ・フールは、水差しの水をゆっくりと飲みながら、彼の言葉をきいていた。
「わかったよ。つまり、ラゲイラ卿があまりよくない考えを持っているというんだね?」
「と、言われておりますが」
宰相、カッファ=アルシールは、寝所の中の君主に言った。シャルルは、今日は加減がいいらしく、少し起き上がって書物を読んでいたらしい。手の横に厚い本が一冊転がっていた。
「事実関係はよくわかりません。何しろ、証拠がまだないものですからな。それだけでなく、陛下の敵は多いですし、断定するのは早計かと。ですが、ラゲイラの影響力は果てしないものがありまして、もしかしたら、すでに城は敵だらけかもしれません」
「そうか……」
「十分にあなた様も気をつけていただきたく思い、今回は報告させていただきました」
カッファは、元近衛兵出身というだけあり、見かけはあまり文官らしくない。文官の服はまとっているが、どちらかというとがっしりしているし、言葉遣いも武官のそれであまりにもつっけんどんな印象がある。慣れていないと、彼が丁寧に喋ろうと心がけていることすらもわからないほどだった。
「ああ、私は十分気をつけるけど……、大丈夫だろうか。あの……」
シャルルは、遠慮がちに訊いた。
「あぁ、あれですか」
カッファは、少し嫌そうな顔をする。
「ほっといても死にはしないのでご安心ください」
「冷たい返答だな」
「大丈夫ですよ。アレは不死身ですから」
カッファは、ぶっきらぼうに答える。噂をされている者に個人的な確執があるらしい。シャルルはそれがおかしくてクスクスと笑った。
「そうか……。じゃあ、ラゲイラ卿の動きを今、探っているところなんだね?」
「ええ。……ちょっとある人物が動いているようです。その内、ジートリュー将軍経由で情報が入るはずですが……」
「ある人物?」
シャルルは、首を傾げて尋ねた。カッファは、いつものようにぶっきらぼうに言った。
「ハダート将軍です」