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踊る宰相  


 
 其二・大盗賊飛鷹 〜 dance with wolves ? -4


 彼にとってはきわめてのどかな昼下がり。手下とわかれて、のんびりぶらぶら歩いている許飛鷹は、割と街中を歩いていると目立つ筈だった。明らかに北方から来たらしい風体だけでなく、彼はそもそも背が高い。それでも、何故か彼が都のけだるい昼に適応しているのは、彼が妙に自然体なのと、彼の存在に周りが慣れてしまったからかもしれない。
 だから、少し見落としそうになって陸は、路地を通り過ぎかけて、慌てて彼に声をかけた。
「ちょ、ちょっと待て!」
「あ、珍しいなあ。昼からもサボりか」
 また会った友人にそう声をかけつつ、飛鷹は首をかしげた。
「あれの続きやるの?」
「朝廷は朝しか仕事しないから朝廷……じゃなかった! いや、碁じゃねえんだよ!」
「なんだよ、慌てて。裏金でもばれたのか?」
「違うわ!」
 危うく新たな悪事まで暴露してしまいそうな飛鷹の口を封じつつ、陸は早口に聞いた。
「お前、うちのあのトンデモ息子みなかったか!」
「ああ。みたみた」
「どこでだよ」
 何となく脱力しそうな会話だが、相手が飛鷹なのでこの際仕方がない。
「物ほしそうな顔して歩いてたから、小遣いあげた」
「あげるな、馬鹿! 最近アイツは、ますます生意気になりくさって、それにひそかに金をためて……」
「何内輪もめしてるのよ! それどころじゃないでしょっ!」
 急に高い声に入ってこられ、飛鷹はびくりとしたが、瞬きをして彼女を見ていった。そこにいるのは、このアレな友人が連れているには珍しい人間だったのだ。
「あ! シャオルーが女の子を連れてる……」
「な、なんだ、その誤解を招くいいかたは!」
「だって、女の子連れてるの珍しいじゃないか」
「ば、馬鹿野郎! 浮気じゃないぞ! 俺はこのような娘……」
 飛鷹の一言に、陸は慌てた。こんなところで誤解されたらたまらない、とばかりに顔色を変える陸だが、一方の飛鷹は、のんびりしたものである。
「それはわかってるよ。シャオルーは、もっと何か物理的に強そうな子のほうが好みだし、大体、年端の行かない子が好みだったはずはないし」
 要するにいわゆるロリコンではないから。といいたいらしい。
「何か不名誉な言われようだが、まあ、誤解しなかったのはいい」
「ちょっと。あたしをまるまる置いて話をしないでくれる」
 しばらく無視されていた娘が腕を組んでそういった。
「あ、俺は許飛鷹っていって、何となくこの辺を仕切ったりしてるんだけど……」
「……あなた! ヤクザとまでつるんでたのね! この悪党!」
「なあにい! つるんでどこが悪いんだ。人間表も裏もあってまったく……」
「まあまあまあ」
 当のやくざな飛鷹が困り顔で仲裁に入ってきた。
「それより、なんか切羽詰ってたみたいだけど何の用?」
「あ、そうだったわ!」
 娘は、慌てて彼の方に向き直る。
「その爵っていう子が、うちの子をつれてるはずなの」
「ああー、そういや、なんか小さいの連れてた」
「だったら止めろよ!」
 突っ込んでくる陸に、飛鷹は軽く肩をすくめる。
「だって、子供は子供同士遊ぶのがきっと楽しいかなあと思ったから。でも、なんか結構大事になってるみたいだな?」
 陸は、娘の正体を教えないが、あの陸がここまで表情変えているところをみると、その連れている子供は、爵の遊び仲間でもないのだろう。
「うーん、アッチの方向にいったけど、あいつ、この辺歩き回ってるから、逃げられたら俺にはちょっとわからんなあ」
「だな。アイツ、とんでもない餓鬼だ」
 陸は、ううむと唸ってため息をついた。
「仕方ない。手分けして探すか」
 そして、陸はちらりと娘の方を見た。
「このコムスメ、どうせ街中で迷いそうだし、お前が面倒みろよ。足手まといっぽいから俺はごめんだね」
 皮肉っぽく言い捨てて、飛鷹の同意もないままに走り出す陸に、すばやく娘は反応する。
「誰が足手まといよ! そもそも、あんたがねーッ!」
「まま、まあまあまあ。あいつはああいうやつだから」
 なにやら、ただならぬ剣幕の娘をみながら、飛鷹は慌ててなだめにかかる。事情はわからないが、とりあえず、また陸が厄介ごとをかかえこんだらしいことと、それを自分に投げてよこしたらしいことはすぐにわかった。
 

 街をてくてく歩きながら、ともあれ、一通り娘をなだめて飛鷹は、彼女と道を歩いていた。
「……あ、じゃあ、シャオルーがいってた皇太后様っていうのは、あんたのことだったんだ」
「一応ね。……っていうか、あまり驚かないわね」
「だって、ほら、宰相がうろついてて違和感ないので慣れてるし、あれが日常になったから何でもあるかなーって」
「……言われるとそうかもしれないわねえ」
 よく考えなくても異常な状態だが、あの男に関しては何も言うまい。そもそも、ああいういい加減な男が要職についている時点でおかしいのだ。とはいえ、有能は有能なので、彼女としても手を切るわけにもいかないあたりもつらいところである。
「あ、でも、じゃあ、なんてよべばいいのかなあ?」
 急に飛鷹がそうきいてきて、彼女は顔をあげた。
「え? 何てって?」
「ほら、呼び方。皇太后さまとかいうとよくないとおもうし、呼びにくいし」
「うーん、そうねえ。呼びやすい名前でいいわよ。あなたには教えてあげるけれど、あたし、雷玲蘭ってのが本名だから」
そうかあ、といった飛鷹は突然、ぽんと手を打った。
「あ、じゃあ、お雷さんで」
「なあにそれ」
 これでも皇太后な少女は、むっとした様子を見せた。
「でも、そのほうが呼びやすいし、俺発音うまくないし」
「うーん、そういうじゃあ仕方がないわ。じゃあ、よろしくね、飛鷹くん」
 そういいながら、雷玲蘭は、目をかなり上に向ける。飛鷹は、やはり大きすぎるので、彼女からすると首が痛くなるほど顔を上げないと目線が合わないのだ。飛鷹の方は、少々背をかがめているのであるが。
「……それにしても、なんであなたがあんなやつと付き合ってるの? だまされたんじゃない?」
「ま、まあ、ちょっと問題のあるやつだけど、そんなに悪いやつじゃないよ」
 どうやら宮殿では相当揉めている仲のようだ。とはいえ、陸の性格をよくしっている飛鷹のことなので、それも当然だろうなあと流してしまう。
「俺と陸とは、随分前からの友達だよ。あいつが試験受けてた時から知ってる。一緒に、衣に本を写して売りさばいたりしてたなあ」
「……それって……」
 それは、いわゆる、カンニンググッズの一つである。科挙は三年に一度しか実施されない上に、大変難しい試験だ。その代わりに、一度合格すれば、エリートコースに一直線。ある意味では人生まるまる保障されるようなものである。
 それゆえにそうしたカンニングがよく行われているとは知っていたが、その道具を作って売っていたとは。やはりどこまでも悪いというか、せこいというか。
「じゃあ、あいつ、ずるして合格したのね! なんてヤツ!」
「いや、でも、シャオルーは、あんまり自分の作った道具は使わなかったらしいけど。全部売っちゃったから」
「じゃあ、どうやって合格したの?」
「……売るために必死で写本してるうちに、頭から抜けなくなったらしい」
「なんというか、……ソレ、やっててむなしくならなかったのかしら」
 あきれる彼女に、許飛鷹は、あごひげをなでやりつついった。
「さあ、あの前後は、アイツもアッチの世界にいってしまった笑い方してたから、どうかなあ。手書きなのに、大量生産だ! とか叫んでたし」
「なるほどね。受験前後の受験生ほどおそろしいものはないわよね」
 あの男限定で考えると、もはや、金儲けと本来の目的がつかなくなっていったに違いない。
 やれやれと思いながら、雷玲蘭は話を変えた。
「……あなた、もしかして北方からわたってきた人なの?」
「まあなあ〜! 昔、キルルとかいうところにいたんだけど、こっちに紛れ込んできたんだよ。ちなみに、シャオルーとあったのもその頃」
「その頃、って……」
「うん、随分と西の方であったけど、そのときは杜陸とかそういう名前じゃなかったんだよ。字にすると五文字ぐらいあった気がする」
 通常、姓名が二、三文字が普通のこの国で、それを越える名前を持っているとすると、間違いなく異民族の出身になるのだろうが、確か杜陸のやつは……。
「ねえ、……アイツ、経歴まで詐称してるわけ?」
「さあ。よくわかんないけど、確か最初あったときは、名前がとても長かったし、杜とかいう名前でもなかったよ。あ、でも、オレも本当は名前が違うから、こっちにきて変えたんだと思ったので、突っ込まなかった」
「あの野郎、やっぱりそういうわけだったのね! どうせお金で籍をかったんだわ」
 それをいうと飛鷹もそうなのであるが、ともあれ、雷玲蘭は、腕を組んで納得したように頷いた。それにしても、叩けばどこまでも埃が出てくる男である。賄賂にカンニング、やくざと組むだけでなく、経歴まで真っ赤な偽りだったとは。これだから、どさくさにまぎれて要職についた男は恐ろしいものだ。





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©akihiko wataragi