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踊る宰相  


 
 其二・大盗賊飛鷹 〜 dance with wolves ? -2


さて、肝心の陸不在の杜陸邸には、そのころ、またしても大きめの箱が届いていた。その日は生憎と、ちょうど姫氏もではらっていたので、応対したのは杜陸の息子のマセガキの爵である。
「はい、父上がお帰りになりましたら、そうお伝えしておきます」
 しっかりした口振りに、使者達は妙に安心した。さすがは、かの方のご子息だ、などとお世辞もまじえつ、ホッとした使者達は爵を褒め称えながら帰っていった。
 使者達が、帰っていく様を見て、爵は切なげに首を振る。
「宮仕えもせつねえなあ。……しかも、あんな意地の悪い悪徳官吏になんか上司にもっちまってさあ。やれやれ」
 爵はわずか七歳ほどで、世の切なさを感じ取るような生意気この上ない子供なのである。その口振り一つとっても、世間ずれの仕方一つとっても、どう考えても成長するとろくな人間になりそうにない。
 よっこいしょっと声をあげて、背伸びをすると、爵は自分が入れるぐらいの大きな箱に手をかけた。
「今回は賄賂にしてもでかいじゃないか!」
 爵は知らないふりをしてはいるが、杜陸が付け届けを受け取っていることも、その品物がなんであるかも大体把握している。この前は砂糖菓子だったので、二、三個失敬したのだが、使用人の間で誰が盗んだのか騒ぎになったこともある。もっとも、主人の陸が、「どうでもいいことで揉めるな、大体俺は砂糖菓子が嫌いだから構わない」と仲裁にはいったので事なきを得たのだが。だが、陸は息子がそしらぬ顔で砂糖菓子をほおばっていたことを、恐らく知っている。彼が末恐ろしいガキ、と考えても仕方がないほどには、爵は嫌な子供でもあった。
 それにしても、この箱には何がはいっているのだろう?
 嫌な子供の爵にしても、子供らしい好奇心がないわけではない。この贈り物の中には何が入っているのだろう。大きな金塊だろうか、それとも、何か飾りだろうか。食べ物ということはなさそうだし。
「舶来ものの飾りとかならいいのになあ」
 生意気にそんなことを言って、爵は箱のふたをとりはらって、中をのぞき込んだ。そして、あっと、声をあげた。
 中には金塊や宝石はなく、ただ、爵より少し年下らしい少年が、やたらぐったりとして身を縮めていただけだった。


「お前、馬鹿だな〜」
 水を差し出しつつ、爵はあきれ果てたように肩をすくめた。
「身をずっと縮めて箱に入ってたら、お前みたいな貧弱な奴、死にかけるのも当たり前だろ?」
 すでに秋には入っているが、今日はそれなりに暑い日なのも災いしたのかも知れないが、目の前の少年はまだぐったりしていた。。もちろん、爵のような子供なら大したことの暑さだが、目の前の子供は色も白いし、何となく弱そうな印象がある。それが、水も飲まずに、準備時間、移動時間、爵に会うまで時間を足して一刻ほどずっと身を箱の中で縮めていたらしいので、ぐったりするのも、まあ、当たり前と言えば当たり前だろう。
「そ、そうですね。すみません」
 少年は、整っているが、いかにも気の弱そうな顔をしかめて頭を下げる。
「つーか、あいつらも無茶やるなあ。こういう体よわそうなガキに無茶させるなよなあ」
 先程去っていったのんきな使者達は、きっと彼が入っていたのを知っている筈だ。知っていた癖に、水もやらないとはよほどの鬼かと思ったが、この気の弱い少年が「大丈夫」と言い続けた可能性もある。どちらにしろ、無茶をやるなあとは思うのだが。
 やれやれ、と、首を振り、爵は少年を見た。
「オレは爵(チュエ)っていって、あの細目オヤジの息子だ。あんたは?」
「あ、はいっ」
 ひょいっと身を起こし、少年は言った。
「私は斐(はい)といいます。ええと、姓の方は……」
「あ、斐っていうと、思い出したぞ、もしかして、あんた、皇子さん?」
 少年がみなまでいうまえに、爵が口を出した。それに驚きつつ、斐皇子はこくりと頷く。
「あ、はい、そうです。よくご存じでしたね」
「そりゃー、オレだって、ただであのオヤジの息子してるわけじゃねえからなあ」
 そういいながら、爵はにやりと笑った。
「てことは、お雷さんに追いだされてきたのかい、斐皇子は」
 どうやら、爵は、時々、父が雷太后と会っていることを、覗いたのか知っているらしい。
「お雷さんって……雷ねえさまのことでしょうか? ……いいえ、そうではないんです」
 慌てて斐皇子は首を振る。
「今日は、ちょっと打ち合わせに忙しいという話で、その間、私の面倒をみられないし、危ないから、安全な所に避難してっていわれたんです」
「ねぇさまって、あれ、お前の母ちゃんになるんだろ、形式的には。なんとか、なんとかっていうむつかしい呼び方があるんだろ?」
「は、はい、でも、母上というにはお若いし、雷ねえさまもそれでいいとおっしゃるので」
「ほほう。なるほどね〜。確かに若いもんな〜。美人だし」
「ええ?」
 いきなり、にやつきだした爵に、斐皇子が驚いた様子で彼の方を見る。
「だって、ほら、かわいいしな〜。うーん、オレが寧ろ、嫁にしたいなあ〜」
「えっ、で、でも」
「えっ、でも、ほら、そういうのって結構あるってきくぜ。ほら、お前でもチャンスはあるんだと思うけど。一回お雷さんが出家してからだったら降嫁しても問題なしらしいしさ。そういう前例ってあるんだって!」
「ええっ、そうなのですかっ!」
 斐皇子は、驚いてしまって目を丸くするばかりだ。またしても、爵はにんまりとする。
「お前も、お雷さんが好きなんだろ〜」
「ええっ、ち、違います〜!」
 爵は、途端、顔を赤くしてしまった少年の肩に手をかけつつ、馴れ馴れしく言った。
「まあ、そういうなって。あ、そーだ。その内お雷さんもここに来るんだろ〜。だったら、オレ達二人で何か贈り物でも買いに行こうぜ!」
「お、贈り物ですか?」
 うん、と爵は頷く。
「そう、贈り物の一つでもあげると、女の子っていきなり機嫌がよくなるらしいし、きっとお雷さんだって喜んでくれるって!」
「え! そうでしょうか!」
 斐皇子の目が、少しだけ輝く。普段迷惑ばかりかけているし、少しでも喜んでもらえれば本当にうれしい。爵はにやりとした。
「お前、ちょっとは金持ってるよな?」
「はい、一応お小遣いということで、金貨をいくらか持っております」
「うん、じゃあ、それでいいかな」
 よしよし、と爵は頷く。どうやら、これで自分のお金は使わずに、しかも、あの美人なお雷さんの気を引くこともできそうだ。
「じゃあ、とりあえず、街に行こう。オレが案内してやるよ!」
「はい!」
 いったことのない街への興味も手伝って、斐皇子の心は弾む。
 こうして、少年二人は、いつの間にか街にでていくことになった。父親似の爵のこと、屋敷のものが気づかない内に、外にでていくことなど、朝飯前に決まっている。こうして、彼らがどこに消えたのか、屋敷のものは誰もしらない。





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©akihiko wataragi