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踊る宰相  


 
 其二・大盗賊飛鷹 〜 dance with wolves ?

 のどかな昼下がり。
 昼になっても、まだ騒がしい都の一角にその場所はある。
 表は色街になっているが、裏側は実に武骨なさびれた場所だ。そういう一角には、社会の裏側に住む人間が隠れていることがある。この少しさびれた一角には、都を騒がす義賊の「炎狼」の面々が集まっていた。
 その寂れた家の一つは、炎狼の首領、許飛鷹(きょ・ひよう)の隠れ家兼賭場になっている。
 この帝国の実質上の最高権力者、杜陸は、こともあろうに賊の許飛鷹と結託しており、今日も職務をさぼって彼の所に遊びに来ているのだった。あまり貴人らしく見えない杜陸は、こういうときは得だ。彼が飛鷹と遊んでいても、彼を怪しむものはあまりいない。飛鷹の博打仲間だと思われているのである。
 ぱっちいん、と音を立てて碁石を置き、杜陸はいらだたしげに呟く。
「ああの、アマァ…」
「アマって……機嫌悪いなあ。シャオルー」
 杜陸の反対側にすわっている男が言った。白の碁石をもって、じーっと碁盤をみる大男は、大きな目をぱちりとやった。明らかにこの国の人間でも珍しい髪の色と目の色は、北方から渡ってきた証拠だが、彼の出自はさすがの杜陸も知らない。というより、あまり追求する気がないらしい。
 ぱちん、と音をたてて少し考えてから碁石をおく男をみやりながら、杜陸は唸った。
「ケッ、のんきにやくざ稼業してるてめえには、わかんねえんだろうなあ。イェンフェイ」
「そんなこと……。オレは、結構苦労してるんけどなあ。正体がばれないようにとか」
「何がだ? 全く、義賊の頭領の飛鷹がてめえだと知った日にゃあ、都の誰もがびっくりするだろうよ」
「そう? じゃあそれはいいかも」
「なんだ?」
 皮肉でいったのに、相手がにやりとしたので杜陸はいぶかしんできいた。
「だって、それってオレが悪者っぽくないってことだよな? よかった! オレ、目つき悪いっていわれるから心配してたんだ」
「へー……そうかよ」
 喜ぶ大男を前に、杜陸はあきれ果てた様子だった。
 義侠集団炎狼の頭領である許飛鷹が、こういうのんきな男だと知るものは少ない。
 許飛鷹のことを、杜陸は「イェンフェイ」つまり「炎飛」というあだ名をつけて呼ぶ。一方の飛鷹は彼を小をつけて「小陸」つまり「シャオルー」と呼ぶ。一国の宰相を、若さ、つまり「青二才」を意味しかねない「小」の愛称をつけて呼べるのは、きっと彼ぐらいなものであろう。
 つまり、この二人は美称でいうところの無二の友というやつで、世間で言うところの悪友というものだった。
 許飛鷹と杜陸のつきあいは、杜陸が科挙を受けていた頃に遡る。貧乏受験生の杜陸は、金を稼ぐため、飛鷹の通っていた賭場に出入りしていた。そこで、二人はいつの間にやら結託いかさま放題してそれ相応の金を稼いだり、二人で組んで可哀想なやくざ者を恐喝したりと、結構したい放題遊び回った仲だった。
 そのつきあいは、杜陸が高級官僚になり、飛鷹がやくざ者をまとめるようになってからも続いていた。そんなわけで、杜陸は都の暗黒社会の一端にも繋がりがあるのである。打つ手に困ると、杜陸は後ろ暗いところのある政敵の屋敷から金を盗ませたりして、嫌がらせ攻勢にでるのだった。
 といえ、飛鷹は元々大人しい性格だし、大それた悪事ができるほどでもない。いつの間にか、彼が支配した盗賊団は義賊へと性格を変えている。いくら杜陸が頼んでも、それは後ろ暗いところのある政敵だけで、飛鷹は清廉の士には手を出さない。だが、飛鷹の方も塩を密売したりするときには、自分の力だけでは厳しいので杜陸を頼ることがある。
 ともあれ、この妙な二人組は、お互い持ちつ持たれつお互いの権力を守り会っているのだった。
「あれ? そういえば、今日は休みの日じゃないだろ? ここにいてもいいのか? 忙しいんじゃないの?」
 朝廷でも十日に一度は休みがある。宰相になる前はよく遊びに来ていた杜陸だが、宰相になってからもよく遊びに来る。少し心配になって飛鷹は訊いたが、杜陸の方は知らぬ顔だ。
「朝廷は朝開かれるから朝廷なんだ。大体、オレは夜明け前に出勤してるんだぞ。昼からは仕事は終わりにきまってるだろうが。」
「もしかしてさ、それって、部下に任せてるんだよな?」
 苦笑いする飛鷹だが、積極的に止める気はないらしい。
「シャオルー、部下の人たちが可哀想だよ。」
「いいんだよ、あいつらにはあれでちょうどいいの。」
 酷い奴である。飛鷹は苦笑したが、やはり積極的に止めない。
「で、稼ぎはどうなんだ」
 いきなり話を振られて、飛鷹はきょとんとした。
「え? 何が?」
「何がじゃねえだろ。塩は? そして、オレへの上納金は?」
 ああ、と飛鷹は手を打った。この国では塩は国の専売なので、従って塩を個人が売るのは密売にあたる。そうしたところで、彼らは稼いでいるのだった。
「それだけど、ここんところ仕事してないよ」
「仕事してないだ? あのなぁ、塩だって送られてくるだろ?」
「うーん、でも、ここのところ、監視の目が厳しいんだって。関所で見破られたら、オレ達終わりだからさ。なあ、シャオルー、何とかしてくれよ。」
 困り顔の飛鷹が、そういってにじりよる。碁石を手でもてあそびつつ、杜陸は少し唸った。
「そういうことか。チッ、どこの誰だかしらねえが、まじめに職務はたしやがって! 官僚の風上にもおけねえ! 官吏になって職権濫用もできんとは、男じゃねえ!」
「……。シャオルー…盗賊のオレがいうのもなんだけど、つくづくひどいな〜……」
 政治の腐敗の一端を友人にみてしまうと、ちょっと気まずいが、杜陸の方は、やっぱりそれも気にしない。その様子に、(こういう奴の部下になったら大変だなあ)と思いつつ、ふと飛鷹は瞬きした。
「そういえば、そのアマって、シャオルーがさっきいってた皇太后さまのこと?」
「ああいうのに様づけしなくていーんだよ」
 冷たくいう杜陸に、飛鷹はとりなすようにいった。
「でも、皇太后様って綺麗な人なんだろ? 噂で聞いたよ。」
「誰が綺麗だ?」
 ひょいと碁石を不機嫌そうに打ちながら、杜陸は顔をそむける。
「あれはただのガキ。大体、顔がちょっとかわいいからって、いい気になりやがってっ!」
「ま、まあまあ、まだ子供だったら我慢してあげなきゃ」
「クソ生意気な子供は、子供とはいわねえ。ああいうのはガキでいいのガキで」
 やくざものだが、心優しく、案外まともなところのある飛鷹は、思わずその皇太后が可哀想になった。子供なのに、こんなめちゃくちゃな男と戦うことになるとは、大変そうだ。
「む、もうこんな時間か? そろそろ帰るか」
 ふいに杜陸が空を見上げながら、そんなことを言った。
「えっ、もう帰っちゃうのかい?」
「あぁ? 大したことはねえんだが、そういや、今日は屋敷で昼待っててくれって言われたのを思い出してな。……付け届けかなんかしらねえが、まあ、一応待ってやろうと思ってさ」
 飛鷹は、まだ勝負のついていない碁盤を見やる。このままいくと、飛鷹が負けるのは間違いないのだが、それでも、このまま勝負をナシにするのは忍びない。
「じゃあ、これ、今度までこのままとっておくよ」
「んじゃ〜頼む。悪いな」
 杜陸はそういうと、立ち上がって裾を払って立ち上がる。
「また、遊びに来てくれるだろ? シャオルー」
「おう、お前もまたうちに来い。仕事の打ち合わせでもしようぜ」
 手をひらりとあげて、振り返らずに去っていく杜陸を見送り、飛鷹は平和な都の真昼の太陽を浴びていた。
 そうやって、かがまないと頭がつく戸口に、所在なさげに立っている穏やかな大男の正体を知るものはこの街には少なく、そして、黒い服を揺らしながら去っていく痩せた男の正体を知るものも少ないのだった。





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©akihiko wataragi