ともあれ、軍曹殿のいうとおりにしたがって、ひたすら走って走って走りまくる例のボロトラックは、いまだに目的地に着く気配がない。だんだん、ゴールに向かって走るのではなく、走る事が目的のような気がしてきたジョシュアであった。もしかしたら、そう考えはじめることが、悟りの一境地の始まりであるのかもしれない。そう考えるほうが精神衛生上健康的である。
 そもそも、軍曹殿の意見などきいたことが間違いの始まりであったのかもしれない。
 まあ、それも、今更わかりきったことであるので、どうでもいい。
 雲の多い日だ。ジョシュアの側から海が見えるが、その水平線の鈍い色の上に淡い空の青と、そして異様に立体的な雲がもわりと持ち上がっている。思い思いに流れていく雲が、本当に動いているのかどうかわからないのは、やっぱり彼らが車に乗っているからだ。
 触ることもできないくせに、どうしてあんなに存在感があるんか不思議である。
 とはいえ、ジョシュアは、植民市の生まれだから、あそこでは本物の雲などあまりない。一応雨を降らすのに雲を作っているが、それにしても、こんな風に一見無駄にのったりと浮かんでいる雲などなかったのだ。
 ともあれ、ジョシュアが、暇そうな雲を眺めて、そんなことを思うほど、今日も彼らは暇だったということである。軍曹殿の気合の入り方が意味不明なだけで、そもそも、敵などどこからもきやしない。いっそのこと、現れてくれたほうが暇つぶしになっていいかとも思ってしまうほどだ。
「あの雲は鯨に似ていますね」
 すれ違う車もないものだから、軍曹殿もたまに余所見をする。ジョシュアにいわれて、ひょいと窓のほうをみあげる。
 そこには、確かに、鯨のような形の雲がのんびりと浮かんでいるのだった。
「なるほど、確かにな」
 軍曹殿も、そういうくだらない話に乗りかかってくるということは、暇をしているということである。ただひたすらまっすぐな道をまっすぐ走っていればそうなるだろうが。
「しかし、白い鯨というと、モビー・ディックしか思い出さんぞ」
 軍曹殿は、何を思い出したのか、軽く首を振った。
「映画で鯨に磔状態のグレゴリー・ペックが手を振っていてだな。いや、そもそも、出てきたときからグレゴリー・ペックは目がものすごく怖いわけだが」
 軍曹殿は、軽くうなった。
「とにかく、それが悪夢のようによぎって、まったく和まない雲だな」
「軍曹殿、ろくなシーンしか見てないですね」
 ジョシュアは、首を振る。なんと感性の乏しいというか、空気の読めない男だろう。ここは、やはり、かわいらしいしろい鯨についてコメントするのが、普通の人間のするべきことではないだろうか。
 と、そこまでジョシュアは大げさなことは考えない。軍曹殿にそこまでの繊細さなど求めてはいないのだ。だが、さすがに、あれからそこまで不気味な発想に行くと思わなかったので、さすがにジョシュアもあきれ果てる。


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