あの男、大尉は、絵に描いたようなエリート気質の男だった。士官学校を好成績で出たという彼は、実際にまぎれもなくエリートであったわけであるが。
 ジョシュアは別にエリート自体は嫌いではないが、彼らの中にたまにいる特権意識を鼻にかける連中が大嫌いだった。ジョシュアも、こんなヘッポコ部隊に入隊していなくて、親のすすめるままに就職していたらそう呼ばれていたかもしれない身分だった。家柄も関係して、ジョシュアは、そういう連中と付き合う機会も多かったので余計だったのかもしれない。
 ともあれ、覚える気もなかったので、名前も忘れてしまったのだが、大尉は嫌な奴だった。それだけは確かである。

「タナカ軍曹、貴様、なっとらんのではないか?」
 大尉は、まず朝一に、コーヒーを飲みながら軍曹殿をいびるのである。ブラックコーヒーをなみなみいれて、ちょっと苛立ち加減に揺らしながらそれを飲む癖のある大尉は、見た目からして神経質な感じだった。
「は、何がでありますか?」
 ほかの隊長たちが、お茶を濁したりしている中、軍曹殿は、見た目どおり、ちょっと愚直なところがあるので、いちいち真面目に反応していた。
「わからんのか?」
「申し訳ありません、大尉殿。自分は、頭が悪いものでありますから」
 びしりと直立してそんなことをいう軍曹殿は、ちょっと滑稽な感じだった。だが、あまり笑えるシーンでもない。
「貴様の部下はみんななっとらん。私生活にだらしのないものが多い」
「は、お言葉ではありますが」
 よしゃあいいのに。と、ジョシュアは、眉をひそめた。軍曹殿は、うっかりと口答えをするのである。大体、大尉の言葉は単なる揚げ足取りにすぎないのだ。軍曹殿をいじめて遊んでいるだけなのである。
「あれは、連中のプライベートでありますから。一応、自分は、軍規則を頭にいれてありますが、兵卒にいたるまで一応の権利は保障されているはずであります。ですからして、度が過ぎたものはともあれ、自分が容易に口出しするわけには……」
「黙れ、軍曹!」
 大尉は、いきなりかんしゃくを爆発させ、コーヒーを軍曹殿の足にぶちまけた。まだ熱いものだっただろうが、軍曹殿は直立のままである。
「貴様の監督力がないのを言い訳する気か! 報告しておくぞ」
「申し訳ありません、大尉殿」
 軍曹殿は、そう言って頭を下げるばかりだった。
 とにかく、あの大尉がいる間、軍曹殿ときたらずっとそんな感じだったので、ジョシュアも、ほかの同僚たちも、みんな軍曹殿にちょっと幻滅していたのである。
 軍曹殿は、規律に厳しい分、上下関係にうるさい。つまり、上からの圧力にも弱いのだ。普段の態度を知っている分、大尉に腹が立つと同時に、それ以上に軍曹殿に幻滅を感じたものである。
 ジョシュアは、だから、あの時、ふとタイミングを計らってとんでもない皮肉を浴びせたのだった。大尉と別れて部屋からでてきた軍曹殿を見て、ジョシュアは、自分でも意識しないうちに口を開いていたのである。


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