「失礼ですが、軍曹殿には、いじめられて喜ぶような性癖でもおありですか」
 自分でもよくそんなことを口にできたな、というような、痛烈な皮肉だ。一瞬、軍曹殿は面食らったようだったが、すぐに何故そんなことをいわれたのかわかったのだろう。すぐに不機嫌な顔になって、こう吐きすてた捨てた。
「そんなものなどないわ」
「ならなぜ……」
「それが規則だからだ」
 軍曹殿は憮然としてそういいのけると、ジョシュアから視線をはずして歩き去っていく。ジョシュアは、一瞬、心の中で炎がはじけたのを感じた。
 規則だから、何故。規則であれば、誇りも捨てるのか? 長いものに巻かれることが、そんなに大切なのか?
 と、言いかけて、しかし、ジョシュアは結局あきらめた。
 軍曹殿に失望したのが一つ、そして、そうした理由が、自分がまだ子供だということを証明してしまったのが一つ。結局、ジョシュアは、まだ大人の社会というものを受け入れられずにいるのかもしれない。そういうことに気づいてしまった。
 軍曹殿も、結局、上のものには逆らえず、長いものに巻かれる普通の大人だったか。そういう失望が、なんだか、子供じみて思えたのだ。
 ジョシュアは、それきり、軍曹殿に意見するのをやめた。同輩の連中も、軍曹殿が上に弱いというのを認めて、見てみぬふりをするようになった。


 しかし、大尉のいた最後の日ちょっとした、いいや、本当はちょっとどころでない事件が起こったのだ。
 大尉が、例のごとくいらいらして、コーヒーを飲んでいるとき、ふと大尉の目に自分が留まったのである。
 大尉は、もしかしたらジョシュアのことについて、結構知っているのかもしれなかった。それはそうかもしれない。ジョシュアは「変り種」に入る出自をもっていたのだから、目立つ存在でもあったし。
「ほう、貴様か?」
 大尉は、にやりと笑った。
「父親に反対されたのに、どういうわけか、この隊にヒラで好んで入ってきたというのは」
「……詳細はよくわかりませんが、二等兵として入隊したのは確かであります」
 ジョシュアは、無表情に答えた。大尉は、ものめずらしそうに彼を見ながら、コーヒーをすすった。
「メディア王の御曹司が一体何を好んで……。黙っていれば、世界一の財産が転がり込んでくるというのにな」
「大尉殿」
 軍曹殿が、いきなり口を挟んできた。
「自分が口を挟むのはいささか失礼でありますが、それは彼のプライベートなことでありますので」
「タナカ軍曹、貴様に指図されるいわれはないぞ」
「は、申し訳ございません」
 軍曹殿は、それで一度黙る。大尉は、続けていやみっぽく言った。もしかしたら、それは、世界有数の資産家であるジョシュアの家に対しての、彼なりのコンプレックスからくる言葉だったのかもしれない。
「おまえの親父は、そういえば、ゴシップがたえない男だな。この前、女と歩いているのを写真にとられたそうではないか。貴様もよくだまっていられるな」
「大尉殿は」


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