「なんだと。貴様わかっていないな! だからいっているだろうが! 雰囲気が大問題なのだ!」
 軍曹殿の鼻息は荒い。
 そんなに風景とか雰囲気が大事というなら、それじゃあ、一人でロマンチック街道を疾走すればいいんじゃないか。ジョシュアは思わずそう考える。きわめて古い町並みが並んでいるというあの街道を走れば、レトロ志向の軍曹殿の趣味にはきっとあうだろうて。
 と、そこまで考えて、ジョシュアは噴出しそうになった。いくらなんでも、軍曹殿が、ちょっとだけメルヘンチックなところのあるあの道を、軍曹殿のぴったり好みの無骨な車で疾走するなんて、ひどすぎてコメディにもならないじゃあないか。どうせ軍曹殿のことだから、走るたびに、感慨にふけるにちがいないのだし。
 ニヤニヤしていると、軍曹殿がこちらをにらんできた。
「なんだ。何か言いたいことがあるのか! ジョッシュ!」
「いいえ、何にもありません」
 ジョシュアは首を軽く振っておいた。そして、ふと何かに気付いたような顔をしていった。
「ああ、しかし、軍曹殿。ここも制限速度は無しですよ。とばしませんか?」
「貴様、こんなでこぼこ道で何キロ出ると思っている? だからストレスがたまるといっているのだ!」
「しかし、地球には、パリ=ダカールラリーとかいう世界遺産があるとききました」
「あれは世界遺産でなく、昔からあるれっきとしたカーレースだ」
 そこに男のロマンの宿り場所があったのだろうか。一瞬軍曹殿の目がきらりと輝いた。
「ああ、左様ですか。でも、あれができるということは、これもできるんじゃないですか」
「車の質が違うわ」
 まあ、このトラックだからね。ジョシュアは心の中で答えた。
「確かに、とばしたら、トラックが空中分解起こしそうです」
 軍曹殿は、ジョシュアの言葉を真に受けて、妙な顔をした。
「空中分解など起こすか? 空を飛んでるわけではないのだぞ」
「軍曹殿のレトロ洒落心に合わせて、素敵にウィットをきかせたつもりだったのに」
 涼しげな物言いに、さすがに鈍い軍曹殿とて、馬鹿にされているのに、気づいたのだろうか。軍曹殿は、む、と眉をよせた。ジョシュアは、口笛など吹きながら、窓から吹き付ける風に顔を向けた。
 かつて、友人達と無茶な運転をして遊んだことは、ジョシュアの中では、遠い昔の話になっていた。軍隊に入ってからは、彼らとも疎遠だ。でも、あの時、ジョシュアの心を一時でも慰めたのは、スピード感でも、命がけの心の高揚でもなかったのかもしれない。
 時には遠い思い出も悪くない。
 この旅から帰ることができたら、一度連中を誘ってドライブにいくのもいいかもしれないと、ジョシュアは思った。ただし、今度は安全運転で――。

 軍曹殿とジョシュアが基地に戻る頃には、新高速道路の味気ない道も、思い出を感じるほどに、ちょっぴり古びているかもしれない。
  


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