「全く! 貴様、オレが気をつかって、先ほどから瞬き一つしていないようだが、大丈夫なのか、ときいてやったのに、なんなのだ! その態度は!」
「まあまあまあ。瞬きしないわけがないじゃないですか」
 さすがに、目が乾燥するじゃあないか。いくらなんでも、そこまで人間離れはしていない。
「それはそうと、相変わらず、変わらない風景ですねえ、ここは」
 ジョシュアは、のんびりといった。周りは、一面の荒野だ。草がところどころ、思い出したようにしょぼしょぼと生えているのは、健気を通り越して涙ぐましい。遠くには、岩山なのだろうか。緑をあまり感じない山が幻のようにそびえているばかりである。
「風景どころか、路面もかわらん」
 それはそうだ。舗装されて道なんて、ロクロク走っていないのだから。だが、軍曹殿は、むっとした顔で言った。
「こんな道では大したスピードも出ん。ストレスが溜まる一方だ」
 軍曹殿にストレスなんてあるのだろうか。彼が口に出した言葉にかなり戸惑いつつ、ジョシュアはちらりと上官の顔を覗き見る。どうやら、それはそれで本気らしい。
「いつか、ドイチュラントで乗った道路は実によかったがなあ。速度無制限で、随分気持ちよく走れたものだが」
 軍曹殿がふとそんなことを言い出した。
「アウトバーンとかいうやつですか? 世界遺産でしたっけ?」
 ジョシュアがそう尋ねると、軍曹殿は眉をひそめた。
「貴様、古ければ、皆世界遺産だと言い出すのではあるまいな?」
「そういうわけでもないんですが。まあ、古いので」
 軍曹殿は、軽く唸ったが、結局相手にしても仕方がないので話を変えた。
「そうだ。アウトバーンという奴だ。昔、旅行でいったときに、レンタカーを借りてそのまま高速に乗ってだな、あちこちいったものだ」
 懐かしそうに語る軍曹殿に、ジョシュアは小首をかしげた。
「速度無制限がそんなにいいなら、宇宙植民市の新高速道路に乗ればいいんですよ。あれなら、どれだけで走っても事故起こりませんし、車も痛みませんよ。なにせ、コンピュータ管理が行き届いていますから」
「何を軟弱な」
 軍曹殿は、ひくりと眉をひそめた。
「そんなものを走っても、ちっとも走った感じがせんではないか」
「でも、スピードは変わりませんよ、軍曹殿」
「何を言う。雰囲気の問題だ!」
 軍曹殿は勢いよく言った。いつものアレだ。軍曹殿は、相変わらず、レトロ志向なのである。しかし、地球生まれの軍曹殿にとっては、それは結構大切なものなのかもしれない。宇宙植民市では、滅びたものが、まだ地球には生きているのである。いいや、滅びるというのも、本当のところおこがましいぐらいなのだ。なにせ、そんな古いものは、設計の段階ですでに建設される予定すらなかったのだから。
「目の前にずっと続く道に、ちらりと風景がかすむ辺りがいいのだ」
「どうせ、そんなスピードで走ってりゃ、風景なんて頭に入りませんよ」


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