そういってリー曹長が、水筒の水をかけているのをジョシュアはのんびりと見やった。
「花が咲いたらもうけもんだし……っても、演習はもう終わっちまってるだろうな。というか、来年じゃねえと花がさかねえんじゃないか、コレは」
「……そうかもしれませんね」
「まあ、来年も演習があるみたいだし、その時に咲いてれば見られるわけだから。まあ、ここにおいておくけど、来年を楽しみにしようとおもうぜ」
 ミスタル・リーは、そういってからからと笑った。
 ジョシュアは鉢植えを眺めた。しなびた葉っぱが痛々しい植物が、はたして生き返るのかどうか、よくわからない。ただ、ミスタル・リーのような、どこか飄々としていて、何となく花と縁遠い男にそういう優しい気持ちがあるのをしって、ジョシュアは何となく不思議な気持ちになっていた。
 演習が終わり、ミスタル・リーはやがて帰っていった。鉢植えは、基地の片隅で栄養剤を土に突っ込んだまま、鎮座することになった。多分、あまり気にとめている人間はいなかった。



 ジョシュアが、ミスタル・リーが、ついこの間おこった紛争で戦死したという噂を知ったのは、その三ヵ月後のことだ。



「なんだ、今日はいつにもましてぼーっとしているようだが? 何か悪いものでも食ったのか?」
 いきなり軍曹殿が、そうきいてきた。ジョシュアは、ぼーっとしているようで、実際はぼんやりしていなかったりする。それよりは、寝ていることが多いのだが、今日はどうもぼんやりしているように軍曹殿には見えたのかもしれない。
「いいや、なんでもないです。というより、軍曹殿と同じようなものしか食べていませんが」
「いや、貴様はオレの知らないところで、ひそかに何かを買って食ったりするタイプだ」
「鋭い考察ですが、昨日は食べていません」
「ということは、今日は食ったということか?」
「記憶にございません」
 ぬけぬけというジョシュアに、軍曹殿はあからさまに顔をしかめた。
「貴様ッ! あれほど、金がないから倹約しろといったはずだろうが!」
「まあ、いいじゃあないですか。ブシハ、クワネド、タカヨウジ、とか、軍曹殿がいっていたじゃあないですか」
「それは意味が逆だ!」
「ところで、ブシとは何のことですか?」
 ジョシュアがそう聞いたが、軍曹殿はむっとして黙ってしまった。
 遠くから雷の音が聞こえた。空は、でも、まだ青い。しかし、近づく雨の気配の湿った空気に、ジョシュアは髪の毛をかきやった。
「む、そういえば、そろそろリーのヤツの命日だったな」
 何を思ったのか、軍曹殿がそういったので、ジョシュアは内心驚いた。まさか、軍曹殿がミスタル・リーのことを覚えているとはおもわなかったのだ。
「ごたごたして忘れるところだった」
「なんだ、軍曹殿、覚えていたんですか?」
「まあな。オレはヤツに二百ダーラー貸しているのだ。あれを貸したせいで、オレは給料日前にパン一つ買えずに、危うく死ぬところだった」


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