「風に吹かれすぎると、ちょっと目が疲れますね」
「軟弱者がーっ! このぐらいでへこたれるとは、貴様、それでも、ニホンダンジか!」
「うーん、それは多分違うと思いますけど」
 とりあえず、男なのは認めるが、ニホンは違う。そもそも、ジョシュアは、ニホンというのがどこにあるのか、よくわかっていないのだが、とりあえず、軍曹殿のような男があふれているのだとしたら……と考えて首を振った。そんな暑苦しい場所でもないのだろう。
「いいえ、風には慣れてないんですよ」
「貴様のような男からそういう言葉がでるとはな」
「いえいえ、本当に慣れてないんですって」
 ジョシュアは、それだけいって、ふと今まで乗った車を思い出した。ジョシュアは、どこにいくのも専用の車を持っていた。運転は自分でさせてくれなかったし、いつも最上級のもてなしで乗せてくれた。シートに座るとジュースがでてきて、ちゃんとお菓子まで用意してくれるが、外の様子はカーテンで仕切られて見えなかった。おまけに、ジョシュアの今まで乗った車は、空気すら入らないほど密閉性の高いものだった。窓は最初から開かないように設定されているし、仮に開いたとしても、こんな風に風を浴びさせてくれることはなかった。
 いいもてなしだと感謝したことはあるが、でも、ジョシュアは、お菓子やジュースが欲しかったわけでもない。もし、あれで満足していたなら、ジョシュアは、別に軍隊などに入らなかっただろう。
 軍人にしては不埒に長い髪の毛を風に遊ばせながら、ジョシュアは、ふとつぶやいた。
「……たまにはいいもんですね」
「何が?」
「自然の送風機ってやつも」
「自然に送風機などあるか!」
 何をいっておるのか、といいたげな顔つきで、軍曹殿は言った。
「それはそうかもしれません」
「大体、送風機などがある環境がおかしいのだ」
「それもそうかもしれません」
 ジョシュアは、淡々とそう応える。
「まったく。最近のシティの輩は、おかしなことばかりいう」
 田舎者の軍曹殿は、知らないかもしれない。気候が人為的に管理された一部の大都会では、もはや自然の風など吹かないのだ。仮に吹いたとしても、それは空調設備がもたらす熱風が元だったりする。
 車だけじゃあない。
 ジョシュアはふと心の中でつぶやいた。こうやって熱い太陽の光にさらされながら、風に髪の毛を揺らせることも出来ない環境に、今まで自分はいた。それは、どれほど異常な環境だろうか。
「……こっちの方がオレは好きですが」
「何かいったか?」
「いいえ、何でも。それより睡魔がひょっこりやってきました。そろそろ、眠らせていただきます」
「な、何だと! 貴様、任務中に何を考えているかーっ!」
 なにやら軍曹殿がぶつぶつ言い始めたが、ちょっと窓の方に耳を傾ければ、風の音で、かなりお小言の声は気にならなくなる。


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