後一つ付け加えれば、ジャッキールのような危険な男を雇おうなどと考えるのは、大人物か愚か者ぐらいである。そういう意味でも、ジャッキールは、他の傭兵達より不利であった。
「あーら、逆切れ? そりゃ、ま、ねえ。……いや、いいのよ。あの時、助けてくれたことは俺だってありがたかったしさあ。でも、あんたちょっと人を斬りすぎなのよ」
「……ふん、普通の生活ができないことなど、とうの昔に悟っている。俺にとっては、生きるすべはそれしかないのだ……」
 ジャッキールはそういいきると、剣を腰の横に立てかけた。
「まあ、別にいいぜ、オレは。オレに危害が加わらないなら。そこまで覚悟決めてるなら、オレが突っ込む余地ないし」
 道徳的にちょっと問題はありそうではあるが。シャーは、そんな一言を心の中で呟いた。丸腰の市民には手を出さないだろうから、そのあたりは安心だが、それにしても、相変わらず紙一重な男だ。
「そろそろ、遅くなってきたわね。あなた達もお疲れでしょう?」
 そう声が聞こえ、シャーとジャッキールは、一度話を切った。色々と準備やらなにやらをしていたらしい、リーフィが部屋に戻ってきていった。
「そうだね。そろそろ遅いし」
 シャーが同調するが、よく考えると自分はどうなのだろう。リーフィとジャッキール二人というのは、どうかとは思う。とはいえ、頭の固いジャッキールのことだから、そんな軽薄な真似はしないとは思うが。
「そうね。シャー、あなたもよかったらうちに泊まっていくといいわ」
「え、マジ、ホント?」
 思わぬ言葉に、シャーは思わず立ち上がった。
「もう遅いし、私もあなたがいてくれるほうが安心だわ。ほら、追っ手が来たら、私だけでは言いつくろえないとおもうの」
「そ、そう? それじゃあ、お言葉に甘えて」
 シャーは、へらへら笑いながら答えた。さすがに今から家に帰るのも、妙にだるいところがあったし、曲がりなりにもリーフィの家に泊まれるわけなので、シャーとしては願ってもないことだった。まあ、一人黒くて鬱陶しい邪魔者がいるわけだが。
「それじゃ、ちょっとこっちの部屋から毛布とってくるわね」
 リーフィがそういって、もう一つある小さな部屋に消えていくのを見送りながら、シャーは、妙ににまにました顔で呟いた。
「えへへ、曲がりなりにも一つの屋根の下ってことねえ。なんか進歩じゃない、オレ」
 二人っきりでないうえに、リーフィの口調が色気のさっぱりない雑魚寝を宣言していた気もするが、まあ、それは置いておこう。
「……別の部屋は基本だよね。うん。でも、まあ、もしかしたら、何か……」
 淡い期待を口にしながら、シャーが顔をゆるめたとき、いきなり後ろから声が聞こえた。
「……貴様あ! 何を不埒なことを考えているか!」
 シャーの独り言を聞きとがめたのか、いきなりジャッキールが声をあげたのである。
「貧血起こすよジャッキーちゃん。けが人は大人しくねてればあ?」
「貴様の発言は、聞き捨てならん!」
「なんだ、この人斬り男。自分だけくつろぎやがって!」
 シャーは、案外嫉妬深い男である。しかも、女性の方には事実を知るのが恐くて真相すら確かめられないので、相手の野郎に怒りの矛先が向くあたり、よしあしはともあれ、とにかくそういうところにはだめな男なのだ。
 久しぶりに、その病気が顔をだしたのか、シャーの口調はやたらと妬ましげだ。
「……シャー、彼はけがをしているんだから、もう少し優しくしてあげないと」
 ふと、リーフィの声が向こうから聞こえた。シャーの声に、何か喧嘩しているらしいことをしったのだろうか。
「リーフィちゃん。大丈夫。コイツは、殺しても死なないから。黒くて丈夫で鬱陶しいところは、何かとそっくりだな。オッサン」
「鬱陶しいだと! それだけは、貴様にだけは言われたくないぞ!」
 さすがにシャーに言われるのは、ジャッキールも傷つくのかもしれない。リーフィは、一度ひょいと顔を出した。なにやら、険悪なのだか、どうなのかわからない雰囲気だ。だが、何となくそれにほほえましさを感じて、リーフィはくすりと笑うと、再び部屋に姿をけした。シャーとジャッキール、といえば、リーフィが顔を出したことにも気付いていない。
「大体、いーじゃんか、オレが何やってもあんたに関係ないわけだし、それに」
 と言いかけて、シャーは、思わず絶句した。さっと部屋に銀色の光が薄く流れたのである。ジャッキールは、使える方の右手で、剣を握っていたのだ。さすがにシャーの笑みが強張った。
「……な、何抜いてるんだよ」
 だが、ジャッキールの顔は本気だ。ぎらつく美しい剣を、使える右手だけで握りながら彼は言った。
「この期に及んで不逞を働くなど、俺は許さんぞ、アズラーッド!」


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