シャーとしては、なんでこんな奴がここにいるのか、正直よくわからないわけだが、リーフィが助けてあげてというので、むげにもできない。これで、ジャッキールが怪我をしていなかったら、問答無用でたたき出してやるところなのだが、そういうわけにもいかない。
 そして、何故だろうか。ジャッキールがいると、空気が妙に重くなる、というより、冷たい気配がする気がする。いいや、それはどちらかというと、比較的表情の薄い二人がこの部屋にいるからかもしれない。どうやら、そう感じているのはシャーだけらしく、リーフィなどはいたって平気そうだ。
 それに、ジャッキールのほうは、と、シャーは、黙っているジャッキールのほうを見やる。
 ジャッキールは、不機嫌そうな顔ぐらいしかしない男だが、これでもなれると結構人並みに喜怒哀楽を表しているのがわかる方だ。しかし、それをわかるには、まず、彼の周辺に漂う危なげな雰囲気を取り払わなければならないので、初対面ではなかなかわからないことが多いのだが。
 少しだけかかわりを持ったシャーには、それでも何となくわかるのだ。ジャッキールのやつ、今日は妙に表情が柔らかいのである。とはいえ、彼の表情の変化など微々たるものなのだが。その視線の先に、リーフィがいるのは、明白だ。遠慮がちに、ちらりとリーフィに時折視線を送っては、すぐに逸らしている妙に不審なジャッキールに気付いて、シャーは不意に口を開いた。
「しかし、タフな人だね〜。そんだけ斬られてよく動けるな」
「貴様とは精神的鍛錬が違うのだ」
 そういうジャッキールに、シャーは冷淡に言った。
「……頭の基本構造が違うだけじゃない?」
「な、なんだと、それは! どういう意味だ?」
 先ほど、不躾だとか言っていたくせに、ジャッキールは今度は本気で剣を抜きにかかる。使える右手がさっと柄をにぎりかけたのをみて、シャーはあきれたようにいった。
「ホント血の気が多いなあ。もうちょっと血抜いた方がいいんじゃない? あんた、貧血で倒れるぐらいがちょうどいいってば」
「む……」
 ジャッキールは不機嫌そうに唸ると、剣を一度手放した。
「でも、ということは、アンタ、夜な夜な追っかけたり追っかけられたりしてたわけ?」
「昼間は役人がうるさくて出歩けんからな」
「そりゃー、返り血浴びてうろついてれば誰でも……」
「俺ではない!」
 思わずジャッキールの声が高くなった。
「でも、犯人のあとおっかけて、そのたび目撃されてちゃ、疑われたって仕方ないよ」
 シャーは冷たく言った。うっと詰まったジャッキールは歯切れが悪い。
「し、しかし、それ以外に方法がないからだ」
 あまりにもまっすぐな答えに、シャーはため息をついて、横目でじっとりとジャッキールを見た。
「もしかして、ジャッキーちゃん。アンタ、前々からそうかなあって思ってたんだけど……めちゃめちゃ要領悪いの?」
 図星を指され、ジャッキールは、思わず顔色を変えた。
「だだ、だっ、黙れ! 俺は自分に出来る範囲のことをできることからしたまでだ!」
「出来る範囲のことっていっても、探せばあれこれあるじゃない。人を使うとかさあ」
「人を使うだと?」
 ジャッキールは片眉をひくりと動かした。
「そう、金貨の一つでもやりゃー、そのぐらい教えてくれるって。まー、オレは金がないからやらないけど、あんたそこそこ持ってるでしょ?」
 シャーがそういっても、ジャッキールは返事をしない。最初は負け惜しみかとおもったのだが、どうやらそうでもないらしいのだ。
「アレ?」
 シャーは、途端、口元をにやつかせた。彼には、ジャッキールが黙ってしまった理由がわかったのだ。
「アレアレアレ。もしかして、ジャッキーちゃん、やりたくてもそれが出来なかったわけ?」
 そういって、視線を向けると、ジャッキールは、はっきりとそれを逸らした。やはりそうだ。シャーはいよいよ自分の考えの正しさを知る。
「あ、もしかして、お金ないの? ないんだろ? ないんで、人を雇うだけの余裕なかったんでしょ?」
 うぐ、と一瞬はっきりとつまったジャッキールだが、慌てて咳払いをして平静を装う。
「か、金など、俺のような流れ者にはさほど必要のないものだ」
「カッコつけちゃって。結局、オレたち仲間じゃん。無一文仲間てやつ?」
「き、貴様と一緒にするな! 俺は、貴様と違って、仕方なく……! そ、そもそも、俺が職を失ったのは、貴様のせいなのだぞ!」
 ジャッキールは、珍しくあからさまに私情をあらわした。
「そもそも、平和な世の中では、俺たちのような傭兵は雇い主が少ないんだ! 大体、ラゲイラのところは、貴様のせいで辞めざるをえなくなり、ラゲイラの関係するところには近づけなくなったのだ。この上で俺に簡単に働き口が見つかると思うか!」


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