さすがにジャッキールだ。本気でにらまれると、こんな、ともすれば笑える事態なのに、ざーっと背筋に悪寒が走る。ジャッキールは、真剣な顔をしたまま、低い声で言った。
「あの婦人に不埒なことをしたら、問答無用で俺が斬る!」
「な、何、そのマジな顔は……。アンタ、普段相手斬ってる時でもそんな顔しねえくせに」
 シャーは、迫る鬼気をはらいのけるように、少々面食らった様子で言った。
「黙れ! あの婦人には絶対手を出させん!」
 ほんの少しだけ、顔を赤らめつつそんなことを言うジャッキールの目は、それでもこれ以上ないぐらいに真剣だ。こんなジャッキールの顔を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。戦っている時、ジャッキールの方は、いつもどこか余裕があることが多いのだ。だが、目の前にいる今のジャッキールには、そういういうものが一切ない。おまけに、それが怪我のせいでないことがすぐにわかるあたり、シャーは笑いをこらえるのに必死になった。
 まったく、どこまで頭の固い奴なんだか。
「……なんでえ、若者の健全なお付き合いを邪魔するつもりか、このオヤジ!」
 半笑いで、わざと乱暴なものの言い方をするシャーに、ジャッキールは予想通り噛み付いてきた。
「何が健全だ! 貴様の如き、精神きわめて下劣な輩が何を健全な付き合いだ? あのような美しく清楚な娘を前に、よくもそのような不謹慎な……」
「ちょ、ちょっと待った……」
 自分で仕掛けたくせに、シャーはもてあまし気味に手を振った。
「あのねえ、ジャキジャキ。正直、言い方がガチガチすぎてなにいってんのかわかんない。噛み砕いていってくれる?」
「あら、何か楽しそうね」
 ふと声が聞こえ、いつのまにやらリーフィがそこに立っていた。この娘も、何となく気配が薄いというか、気がついたらそこに立っている感じである。
 シャーはともあれ、ジャッキールのほうは驚いたせいか、上官の前の武官みたいな直立姿勢になった。何せ、ジャッキールの右手には、ばっちり剣がおさめられている。先ほどシャーに、こんなところで剣を抜くのは礼を失するとかいった手前もあり、それを慌てて隠すようにしていた。リーフィの視線を受けて、なれない微笑を浮かべる様は、笑えるを通り越して、ちょっとだけ哀れになるところもある。
(ったく、マジメに反応しやがって! アンタが心配しなくても……。リーフィちゃんは、アレで、中身が下手な男より、妙に男らしいから。ふっつーに雑魚寝しましょうっていう男らしい宣言だよ、アレ)
 シャーはそういって、やれやれとため息をついた。ライバルになるのかどうだかしらないが、またリーフィの周りに厄介な虫がついたのは確かなようである。いや、虫というより、むしろ狂犬でいいかもしれない。しかも、ゼダとは違う方向で妙に扱いづらい……。





「ちっくしょー! ったく、一体何考えてやがるんだ」
 メハル隊長は、夜空にそう吼えた。
 結局部下達は、連中に巻かれてきたらしく、全く情報を持ってこない。探させてはいるが、自分の直属も、そうでない奴も、どうしてこんなに平和ボケした奴が多いのか。
「将軍の軍で鍛えなおされてくればいいのに!」
 メハルは、かつてさる将軍の下で戦っていた時のことを思い出して、そんなことを呟いた。あの人なら、ああいうどうしようもない奴は許さないに違いない。とはいえ、そんなことをいっていても、埒が明かないのだ。メハルは、自分でも情報を求めて夜の街を彷徨っていた。
 このあたりの道は人気が極端に少なくなる。廃屋同然の家も多く、人が全く住んでいない区画もあるほどだ。そのため、争いごとが起こっても、隠蔽されやすい地域であるし、そういう地域で起こった事件や揉め事には、基本的に役人の目が届かないことが多い。いいや、届かないというより、関わりたがらない、といった方がいいのかもしれない。
「このあたりにいておかしくないんだがな。持ち込まれたって情報はそもそも……」
 メハルは、眉をひそめて顎を撫でた。先ほど飲んだアルコール分は、全て吹っ飛んでしまったのか、隊長の顔にはひとかけらの酔いも感じられなかった。一見思慮深そうな印象はないが、メハルは見かけによらず、かなり冷静にものを見られる男だった。
 ひたひたと道を歩く。部下達は、死体すら見つからないといったが、それは部下達の目が悪いからだ。目でみなくても、今夜は妙に鉄の匂いの漂う晩である。街中よく探せば、流血の後がいくつもみつかるに決まっている。
 と、ふとメハルは、目の前に二人ほどの男が地面を見やりながら何かを話しているのを見つけた。ごろつきか何かかと思って、軽く一喝してどかせようと思ったが、メハルは一瞬動きを止めた。その男達は、剣を抜き身のままで握っているのだ。


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