シャーは、思わず口ごもる。シャーにしてみれば、それこそ、意味のわからない光景だった。
 ジャッキールといえば、シャーとしては、かなりの位置にいる危険人物である。彼が、ジャッキールに、そういう扱いをしているのは、ジャッキールの危険な性格もそうなのだが、正攻法で戦ってジャッキールに勝つ自信がないというそこに一番の理由があった。スピードで振り回すか、罠に嵌めるかではどうにかなるが、ゼダと違って正攻法で来るジャッキールに、真正面から歯が立たないというのは、シャーとしても少々考えるところがあるのである。
 ともあれ、そういうジャッキールだが、今のところ、本人に戦意はないらしい。それはありがたいことなのであるが、何故リーフィが、彼を家に連れ込んでいるのか、理由が知りたい。
「シャー、ごめんなさい。ちょっと来て」
 リーフィが、ふとシャーのマントを引っ張った。
「え、ちょっと」
「そこであなたは、食事を続けていてね」
 リーフィは、ジャッキールに対してそういうと、シャーを玄関の方まで引っ張っていった。
「あ、あのう、リーフィちゃん」
 早速、シャーは、困惑気味の顔で訊いた。
「な、なんで、アイツがここにいるわけ?」
「あ、ええ、路地裏で怪我をしているところに出会ったので、連れてきたのよ」
「そ、それは何となく想像がつくんだけども」
 むしろ、どうしてそういう気持ちになったのかが知りたい。シャーの気持ちを知ってかしらずか、リーフィは、眉をひそめるようにしていった。
「シャー、あの人が助けてくれといったわけでも、脅したわけでもないのよ。私が連れてきただけなの。あの人が犯人ではないのでしょう? だったら、怪我をしている人を見捨てるのはいけないわ。それに、悪い人でもないみたいだし」
「そ、そりゃあ、まあ、ねえ、悪い人とも言い切れないけど。で、でも、リーフィちゃんもわかるでしょ。アイツは、……その、……ちょっと……」
 シャーは、唸りながら答える。確かにジャッキールは、無差別に市民を切り捨てていった冷酷で卑劣な男とは違う。だが、卑劣ではないが、ジャッキールが、冷酷で危ない戦闘狂であることは違いない。実際、リーフィと会う前も、数人は斬っているはずなのだ。ジャッキールには、そういう無視することの出来ない流血の気配がする。
 そういう人物と関わるのはどうなのか、とシャーは、何となく不安になるのであるが、リーフィは首を振った。
「勝手なことしてごめんなさいね。でも、シャー。あの人、平気そうにしているけれど、左肩から随分斬られてるのよ。血も大分流してしまったみたいだし、こんな状態で、このまま外に行かせたら、どうなるかわかっているのでしょう?」
 リーフィは、少しだけ口調を強めた。
「あなたは、私以上にあの人の性格をわかっていると思うのだけれど」
「う、ううう、そ、それは……」
 シャーは、頭をかきやって、目を困惑気味にふらふらとさせた。ジャッキールがいくら丈夫だといっても、あの体でこれ以上戦っても朝まで逃げ切れるかわからない。
 兵家の常といえば常だから、逃げ切れずに運悪く斬り死にされるなら、シャーとしてもそれで割り切れるかもしれない。だが、ジャッキールはあくまでジャッキールなのだ。役人に捕まりそうになったり、カディンに剣を取られそうになった時の行動が、シャーにも簡単に予測できたのである。
 ジャッキールという男は、それこそ失うものは、剣と高いプライドぐらいしかない男だ。失うものがない彼にとって、生死は大きな問題ではなく、屈辱を受けることによって失われる誇りのほうが問題なのだった。
 このまま、朝まで逃げ切れなかった場合、また、逃げ切れても動けなくなった場合、ジャッキールが、朝、街の片隅で変わり果てた姿で転がっている確率は、シャーのナンパの失敗率より恐らく高いのである。
 さすがに、そういう最期を遂げられると、シャーとしても後味が悪すぎるのである。
「……ね。今は、あの人をどうにか引き止めないと」
「そ、そうだね。わかった」
 シャーはため息をついた。向こうでは、ジャッキールが、いつも不機嫌に見える顔に眉を寄せていた。何を話しているのか、と気になっている様子ではあるが、しかし、あの顔は――。
(何を心配されているのか、ぜんぜんわかっちゃいねえ顔だな、アレは)
 どうせ、見当違いなことでも考えているに違いない。あんたのことを心配してやってんだよ。と、シャーは、何となく疲れた気分になるのだった。



 それにしても、まったく、妙な取り合わせになってしまった。シャーは部屋のうちをぐるりと見回して、軽く唸る。
 目の前には、無表情なリーフィと、こちらも、普段はさして表情を変えないジャッキール。


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