もしかしたら、カディンは最初からこのチャンスを狙っていたのかもしれない。シャーはふとそう思う。リーフィに踊って見せろといったのは、単に余興がほしかったからというより、誰にも悟られず、客の持っている剣を物色したかったからなのかもしれない。そして、その対象は、おそらく自分とメハルのどちらか、であるか、もしかしたら、両方かもしれない。
 ともあれ、そのために、酒場の客の目をリーフィにひきつけさせたかったのだろう。
 少々方向性は違うが、どちらにしろ、カディンが目をとめてもおかしくない剣ではある。そもそも、シャーの剣の方などは装飾からして、あきらかにこの辺りのものとは違うので目立つだろう。
(しかし、どこまで怪しくても、それがコイツがそうだっていうには、どうにも――)
 問題はカディンが果たしてどこまで剣を使えるのかである。多少の覚えはあるかもしれないが、多少の覚えぐらいでは、あんな真似はできない。当初、シャーがあれをジャッキールの仕業だと疑ったのは、あれぐらいの芸当をできるものがそうそう思い浮かばないからだ。
 少なくとも、ジャッキールは多少荒削りなところもあるが、あの剣の使い手としては、最高峰の部類に入るはずだろう。ジャッキールの場合、そこそこの手練れを相手にしても、大体一閃で葬り去ったりするぐらいなのであるから、彼のはまあ神業級だとしても、それに準ずるぐらいの腕はほしい。
 それを、貴族のカディンが持っているかどうか、ということについて、今の時点ではシャーにはよくわからない。
 現時点でも十分にわかるのは、カディンの執着が少々度を越しているということだけだろう。
(まーったく、なんで、出会う奴出会う奴、こうアレなのかねえ)
 経緯を思い出しながら、シャーは思わず癖の強い前髪に手をやった。
 ジャッキールをはじめとして、このところ、会う人間会すべて、何かしら怪しい気がする。
 まず、この事件に関わっているというあのつるぎ。状況とジャッキールの態度を考えると、どうも、鍛冶屋が殺されたときに持ち去られた剣というのが問題なのだろう。もし、そうなのだとしたら、その剣を持っているものが犯人だ、ということになるのだろうが。
 しかし、ジャッキールのものと同じ刀工が作ったのだと考えて、ジャッキールの剣と同じ特徴をもつ剣は、シャーが見ただけでも三本。
 まず、弟子のテルラが持っていた剣。そして、カディンが携帯している剣のうちの一本。テルラが師匠の剣を護身用にさしてくるのは、まあ、当たり前である。カディンにしても、収集家の彼なので、何かの手段で手に入れている可能性がある。
 そして、メハルが持っている剣。飲んでいる間、観察していたが、どうもその剣も無関係でもない気がするのだ。メハル自身が、そこそこ使える腕の男であることは予想できるので、あの性格を知りつつも、何となく疑ってしまいそうだ。
 ただ、ジャッキールが持つ剣ほど、妙な気品を漂わせているものはない。だから、シャーも断言はできないのだが、あの種の剣自体、このあたりで持っているのが珍しいのだから、目立って仕方ない。
(ショージキなところ、怪しい奴がごろごろいすぎなんだよなあ)
 シャーは、内心そういって首をひねる。
「なんというか、ジャッキールの奴から事情をもうちょっと聞きだしておくべきだったかな」
 思わずポツリと呟く。この状態であちこち疑うのは、疑心暗鬼に陥るのが関の山だ。それでは、何の解決にもならないだろう。
(それにしても、オレはいつから、この件を解決させる気になったんだ?)
 シャーは、思わず苦笑した。いつもは、ちょっと好きな子のためだとか、そういう理由がくっついてくるのだが、今回は果たしてどうか。酒が飲めないのと、リーフィがちょっと心配な以外、直接的に利はないわけで、少々踏み込みすぎているのかもしれない。
 しかし、自分も結局こういうことに関わらずにいられない。それは、もしかしたら、あまりまともでない方の自分の主張なのかもしれないし、あるいは因縁みたいなものかもしれない。
 ふと、隣のメハルが、音をたてたのがわかった。シャーは、何事かと目をやる。メハルは後ろのほうをみて、慌てて代金を払って席をたったようだ。
「どうしたの? 踊りは今からが盛り上がりじゃないの?」
 シャーが小声で声をかけると、メハルはやや慌てたように言った。
「うるせえな。それどころじゃねえんだよ」
「何よ、そんな慌てちゃってさあ。無風流だネエ」
 シャーは、そうメハルに声をかけるが、メハルはふんと鼻を鳴らして出口の方に歩いていった。そこに一人男が待っていて、メハルは慌てて彼から報告をきいているようだった。それをききおわったメハルは、血相を変えて何事かいう。


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