「コレは迂闊だったな。貴様を多少甘く見ていたようだ」
 ジャッキールは、うすく切れた頬の傷をぬぐった。ゼダが飛び込んできた時点で、ジャッキールは先ほどの攻撃を相手がどうやって繰り出したかは経験上わかっていた。大きく右方向にたわんだような攻撃が、鋭さを増したのを考えればすぐに結論は出る。月の光に照らし出される光景も、彼の予想を裏付けていた。
 ゼダは左手に剣を握っていたのだ。つまり、最初の攻撃の時から持ち替えているのである。そもそも、ゼダは、左利きだ。右にもっていたということは、当初ジャッキールを試すつもりだったのか、それとも、隠し玉にとっておいたということかもしれない。
「ふん、小細工を。……確かに、左右を入れ替えると多少混乱するがな」
「混乱してソレかい?」
 じり、と音を立て、ゼダは少しずつ相手に迫る。しかし、左に持ち替えても、相手に必ず勝てる自信はない。というのも、どうもジャッキールという男、先ほどの反応を見る限り、修羅場をくぐった数が多いせいか、左利きの相手への対策も慣れているようなのだ。
「評価を変えるぞ。思ったより出来るな。では、俺ももう手心を加えなくてもいいということだな?」
「やっぱり、最初は手加減してたのか? あんたのそういう態度は結構命とりなんじゃねえの?」
 ゼダはわざと軽口を叩く。
「さっきの、本気でやっとけば、オレの首から血が噴いてたかもしれねえのにさ」
「一撃で殺しても仕方があるまい。そんなことを喜ぶなら、もっと弱いものを狙っていればいい。危険な相手と戦うのがすきなのは、殺しではなく、戦いの過程がすきだからだ。俺は純粋に戦いがすきなだけよ」
 ジャッキールは、剣を振って握りなおす。
「一撃でなどというつまらんことには興味がない」
「なるほど。じゃあ、そういう理由で、あんたは最近の事件にかかわりがねえと、こういうことか?」
 ゼダは、ふと話を変えた。ジャッキールは答えない。
「やっぱり、あんたがあの三白眼野郎の言っていた男だな。さすがといえば、さすがか」
「……貴様、アズラーッド・カルバーンの知り合いか?」
「アズラーッド? ……へえ、アレはそういう風にも呼ばれてたのかい」
 知らない名前に、ゼダはぽつりとそうつぶやく。ジャッキールは、陰をひくような笑みを浮かべた。
「なるほど。奴を知っているというのか。……さすがに奴の周りには面白いことがおちているものだな」
 月の光がいっそう強まった気がした。輝く光に背を向けながら、ジャッキールは言った。
「面白い。さすがはメフィティスの招いた狂宴だ。俺も乗ることにしよう」
「まあいいさ。……行くぜ!」
 砂の擦れた音が響く。ジャッキールは、ゼダの言葉が終わる頃には、すでに自分から仕掛けていた。





 ふわりとゆれる薄布が宙を舞い、弦楽器の響きが室内に響いていた。人々の注目を集めて踊るリーフィの顔は、表情をあらわさないだけに、凛とした迫力のような美しさがあるようにおもう。手の動きにつれて踊る布の動きを目で追いながら、彼女に魅了されたように客は周りのことを忘れているようだった。
 だが、例外的に一角だけ、妙な緊迫感に彩られた場所があった。厳密に言えば、それは三人の人間のいる空間の間ということになるかもしれない。
 そもそも、一番リーフィにでれでれしていそうなシャー自身が、リーフィのことをあまり見ていなかった。なぜなら、隣のメハルが、リーフィに嘆息をついているようにみせて、周りの様子を伺っていることをシャーは気づいていたし、背後のカディンが、てんでリーフィのことを見ていないことも先刻からまったくかわっていないのも知っている。シャーはシャーで、酒を飲みながら相手に気付かれない程度に様子を見ているのだった。
 メハルは、まあ、様子を見る正当な理由があるだろう。彼は、そもそも、カディン卿のことを探りにきているのだし、リーフィに目を向けないのも職務に熱心だからといえば、そうかもしれない。
 だが、問題はカディンである。
(やっぱり、普通じゃないよなあ。あの見方は)
 シャーは、そんなことを思いながら、カディンが自分とメハルの剣に見入っているのを見ていた。どこかしらうっとりするような、それでいて、今にもこちらにつかみかかってきそうな目をしていると彼は思った。
 カディンは、剣を手に取りたくて仕方がないに違いない。
(入ってきて、すぐ、客の顔をみるまえに、持っている剣を確認するとは、まあ、随分なご執心だな、ホント)


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