シャーには、おおよそ何を報告されているかの見当はついていた。そうこうしているうちに、メハルはそのまま外に姿を消す。シャーは、手元にあった鶏肉を口に投げ込みながら、何となく事の顛末がわかったような気がした。
(ジャッキールのダンナが、また何かやったかな)
 本当に要領の悪い奴である。大人しくして、どうにかうまくこなせば、疑われることもあるまいに。
(ヘマしてつかまらなきゃいいけどねえ〜)
 その前に、役人が斬られないか心配だが、さすがのジャッキールも役人を切り倒してすすんでお尋ね者になるほどには馬鹿ではないだろう。もし、それをやってしまったら、本当に救いがない。
「おい」
 声をかけられ、シャーは、そちらの方を見た。
 声をかけたのは、先ほどリーフィに戯れかかっていた男の一人。だが、その後ろにはカディンが立っている。
「あ、あの、なんでしょうか」
 シャーが振り返ってそう尋ねると、男はやや困惑気味にカディンの方を指した。
「こちらのお方が、お前に話があるそうだ」
「ええ? 今ですか?」
 シャーは、ちらりとリーフィの方を見やった。
「でも、踊りもちょうど盛り上がりのところだし、今って言うのは〜」
「なんだ、お前! こういう風にこちらのお方がおっしゃっているのに……」
「まあよい」
 いきりたち、危うくシャーの胸倉をつかみそうな男に、カディンがたしなめるようにはいってきた。
「確かにそれについてはわびるが。だが、用はすぐに済む」
「すぐに、とは?」
 主人がいきなりはいってきたので口を閉じた男を尻目に、シャーは直接カディンを見やりながら訊いてみる。カディンは、しかし、シャーの顔をろくろくみてもいないようだった。カディンのほうはすでに剣をみているようだ。
「見れば、面白い剣を持っているようだが」
「ああ、そういわれれば」
 シャーは、足元にあった剣をサンダル履きの足の上にのせてうまく手に取った。異国の植物を象ったような鍔に、細工された鞘。それだけでも、シャーのような男がもつには、ちと不似合いではある。きちりとはめられた鞘からは、刃の光はまったく漏れていない。カディンはいよいよそちらに目をやった。
「そういわれれば、珍しい剣かもしれませんな。いや、これは、東の旅人から、オレがもらったもんですけど」
「もらったものか?」
 ああ、それならちょうどいい。と、カディンは言った。
「どうだ、ソレを私に譲る気はないか? それなりの対価は払うし、けして悪い取り引きではないと思うが」
 そういって、剣に手をだそうとカディンがしたとき、シャーはついっと鞘ごと剣を引き寄せた。
「……あんたには駄目だな」
 シャーは薄く笑った。カディンは、はじめてシャーの方をみやる。先ほどまで特に印象のない男だった。その三白眼気味の瞳が、カディンのほうをみていたが、その目が先ほどとは随分違っていた。青い瞳の中に、酒場の炎がうつってちろちろと赤く点滅する。
「あんたには血の匂いが強すぎる。コレは、ちょっと血を寄せる癖があってねえ。血の気の多い奴に持たせるのは危険なのさあ」
「何!」
 シャーが、カディンにそんなことをいったので、周りが色めきだつ。しかし、カディンはそれを手で制しつつ、薄ら笑いを浮かべたままだ。
「……先ほどとは随分態度が違うようだが」
「まあ、少々事情があってね」
 シャーはそんなことをいいながら、剣を腰に戻した。
「金に糸目をつけないのは結構だが、むしろ首に糸をつけといたほうがいいんじゃねえか?」
 カディンの表情がわずかに固くなったが、シャーは気にせず続ける。
「色々とやってるようだが、剣ってのは結構オソロシイもんでね。自分の力量にあわねえのにあれこれやってると、いずれ自分で自分の首を飛ばすぜ?」
 唇をゆがめてそんなことを言うシャーに、カディンの周りのものは何故か不気味さを感じて口を出せない。そもそも、主人が何も言わないので、いえないところもある。
「……私を誰だかしっていてそういっているのだな?」
 息を呑んだようにしばらくだまっていたカディンだが、突然、強いて余裕をつくりながらそうシャーに言った。シャーは、直接には答えない。下の方から上をうかがうような目を向けて、口をわずかにゆがめる。
「帰るぞ」
 カディンは唐突に声をあげた。彼がそういってきびすを返したので、慌てて周りのものたちがついていく。シャーに目を向けるが、主人の反応に戸惑いを覚えているのか、彼らはそれ以上強いてシャーに絡むことはなった。
 再び、周りは踊りの音楽だけが響くようになっていた。今の騒ぎは、踊りに気をとられていた間に起こったため、あまり気取られていなかったのか、店の中でシャーの方に目を向けるものはあまりいない。


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