だが、ゼダはあえて後退しない。そのまま体勢を軽く立て直すと、ジャッキールめがけて、そのまま直接剣を振り下ろす。 ほとんど体当たり同然で飛び込んでくるゼダを見ながら、ジャッキールは冷たく嘲笑った。
「そんなもので……!」
 ジャッキールの声が笑いを含んでいた。剣がぐっと伸びてくる。ゼダは、自分の読みの甘さに気付いて、振り下ろすのを中止して防御に回った。
 案の定、ジャッキールは力ずくで弾き返してきた。ゼダの判断は正しい。そのまま、押し切ろうとすれば、ジャッキールに押し切られていたかもしれない。それでも、かなりの力で押し戻され、ゼダは後退しながら危うく倒れそうになる。空いているほうの左手でバランスを取りながら、壁際に背をつけるようにしてゼダは、相手を見た。
 ジャッキールは、随分と余裕な様子で狭い路地の中、剣を引っさげたまま、こちらを見ていた。
「鎌剣か。……昔、みたことがあるぞ」
 ジャッキールは、そういってマントを払いながら体勢を立て直す。
「癖が強すぎるので、なかなか使い手とはあたったことはなかったが、噂通り、読めない太刀筋をしているのだな」
 だが、と息を整えながらジャッキールは言った。
「だが、そんな小手先だけでは俺には通用せんぞ、小僧!」
 なるほど、とゼダは内心舌を巻く。シャーがあれほど言っていたので、何かあるとおもってはいたが、想像以上だったかもしれない。
 腕自体には、シャーと大きくは変わらないはずだ。だが、修羅場をくぐった経験では、ジャッキールのほうがおそらく上である。年齢のこともあるのだが、それ以前に何か育った環境的なものの意味でも。
 戦い方としては、ジャッキールはシャーと比べると、随分と力と勘に任せた戦い方をしているようだった。そこそこ力はあるほうのゼダでも、さすがに体格だけでも随分差のある彼には力では適わない。おまけに、だからといって力任せだけかというと、何かに取り憑かれたような恐ろしく精密に狙い済ました一撃を出してくることも多い。シャーとは全く戦い方の違う男である。そして、どうも、この男はゼダにとっては、少々厄介な相手になるようだった。
 そして、もう一つ、決定的に違うのは、この男には、どうも恐怖心というのが欠けているような気がする。
 自分もそうだが、あのシャーにも、飛び込んでくるまでにはそれなりの決意も勇気もいるものだが、ジャッキールはためらいなく懐に突っ込んでくる。シャーがイカレた男だと彼のことをいうのは、その辺のことも含めてなのかもしれない。
 しかし、まだジャッキールは、どうもそれでも本気で戦っていないらしい。今のはもし本気ならそのまま押し切られていたかもしれないが、彼の顔には、まだ妙な余裕があった。おそらく、それは芝居ではない。
「……それじゃあ、小手先じゃなければ通用するのかい?」
 ゼダは苦笑気味に言った。
「ほう、貴様に今以上のまねができるのか? ……見たところ、速さも力もそれが限界だろう? 太刀筋の不安定さだけで俺を煙に巻こうなどと、まさか思ってはいないだろうな?」
 ジャッキールは、冷え冷えとした笑みを浮かべた。
「今なら逃がしてやっても構わんぞ。貴様の程度は知れた。俺は今忙しいのだ。……いのちが惜しければ去れ」
「そりゃあありがたいんだが、厄介なことに、オレもそう簡単には引き下がれねえ性分でさ」
 ゼダは軽く肩をすくめる。ジャッキールは、目を伏せて笑った。
「それでは仕方があるまい。……俺は降りかかる火の粉は消す主義だ。見れば貴様は一般人でもないらしい。後から文句は言わさんぞ」
 ゼダは、にやりとした。
「安心しな。死人は話ができねえし、きけねえからよ。どちらにしろ、おたくが、オレの文句をきくことはねえ」
「それも道理だな」
「それじゃあ、納得ってことだな!」
 だ、とゼダが地面を蹴った。そのまま走り寄ってくる。先ほどの攻撃とそう変わらないパターンだ。それを見たジャッキールは、そのまま流して軽く相手をしようと考えたが、相手の動きを見た途端、急に表情を変えた。
「む!」
 顔をそらしたジャッキールの短い髪の毛をかすって、ゼダの刀が跳ね上がる。ジャッキールが自分の剣で相手の剣を弾いたのだ。そのままジャッキールは、素早く飛びずさり、追って来る相手の影を力任せに横なぎに払う。だが、手ごたえはない。ざっと壁際まで引いて、ジャッキールは相手を見た。かすかな痛みにもならない違和感より前に、頬に何かが流れる感覚がした。
「さすが。……追撃はそう簡単に許してもらえねえってか」
 ゼダは息をついた。肩にかけていた上着が地面に落ちていた。ジャッキールの剣にかすられたらしく、左の袖の部分が裂けている。
「さて、もう一度評価を聞くぜ。……今回のでも、小手先かい?」
 ふっ、とジャッキールは笑った。


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