「そうか、では、店のものに用意をさせよう」
 カディンは、隣にいる連中に目配せした。慌てて彼らがざっと立ち上がり、店の奥に入っていく。踊りの準備を交渉しにいったのだろうか。
 彼らが動き出し、リーフィは踊りのために店の奥に小道具をとりに引っ込む。カディンは、シャーたちを背中から見る位置に座り、側近らしい付き人のすすめる酒を飲み始めた。 彼らの注意がそれたあたりで、メハルはようやくシャーを押さえつけていた手を離した。
「何、慌ててんだお前は! 騒いだらまずいだろが!」
 小声できつく言われ、シャーは不機嫌そうにつぶやいた。
「だ、だって、いきなり野郎が手を握ったりなんて……! オレなんて結構長い付き合いになってきてるのに、まださりげなくでも手も握ってないのに! ならず者連中と違って、なんか、こうまずい感じがするのがたえられない!」
 シャーが、ぶつぶつ言いながら、まだ後ろを心配というより、未練がましく見ている。
「あんなにアッサリ初対面で手を握るなんて! ううう、痴れもの! 悔しい! 悔しすぎる! オレなんて手を出した時点で、相手の子がひいちゃうのに!」
「あのなあ、てめえの個人的な事情なんてどうでもいいんだよ」
 メハルは冷たくいって、ため息をつく。
「とにかく、アイツの尻尾を捕まえるためにも、もう少し静かにここで見張ってるしかねえ。……ちょっと予定が狂っちまったが、本人がいるんだから、ここは絶好の機会とおもわねえと」
「そんな……。というか、オレは正直ここから出て行きたい気分」
 シャーは、口を尖らせつつつぶやく。
「何言ってんだ。あの女、お前の連れなんだろうが」「……だから余計にってこともあんのよ」
 そもそも、あんな格好で踊るの自体反対だったのだ。シャーは、頭を抱えてテーブルに半ば顔をつけながら、酒をすする。店の中では、すでにかなり準備が進んでいるようだった。 物音もそうだが、ちらりと見ると中央が空けられて、そこでリーフィが踊ったりなにかするのだろう。
 と、視線を感じたような気がして、シャーは目だけをそっと後ろに向ける。そろそろ、リーフィの舞台が整いつつあるのだ。楽師たちが呼ばれて、楽器を持ち出し、リーフィは小道具をもって酒場の中心にいる。皆がそれに注目しているのに、何故かカディンの目は中心にない。
 こちらを見ているのだ。カディンは。一見、ぼんやりとしたような、虚ろなまなざしにも見えるのだが、何故か不気味なものがあるような気がしてシャーは、違和感に眉をひそめる。
 だが、シャーは、自分が見られているわけではないこともわかっていた。カディンの目を見ているのに、一向に視線が合う気配がない。あきらかに見ている対象が違うのである。
(オレをみているのでなくて)
 視線が低い。大柄のメハルを見ているわけでもないようだ。しかし、その瞳がちらちらと揺れているのがわかる。それに、シャーが覗きみていることには気付いていないようだ。
 酒を飲みながら観察していて、シャーはようやく、彼が何を見ているかわかった。それは、自分たちのちょうど足元から腰辺り。そこにあるのは、椅子にたてかけた剣である。
 音楽が鳴り始め、客の視線はリーフィの方に向けられるが、カディンはそちらを向いていない。興味はすっかり剣のほうに移っているのである。
(……なるほどねえ)
 シャーの剣は、見かけからして見事な東方の刀。そして、メハルが立てかけているのは、おそらく西渡りの剣。そのどちらをじっくりみているのかは、今はわからないのだが。
(コレは、また。ジャッキールのせいかどうかしらねえが、またヤバイのが来たな)
 しゃらん、という甲高い鈴の音と共に、ふわりとした布がリーフィの手の動きにそって宙に舞う。カディンが薄く笑ったのは、その時だった。もちろん、それは舞う乙女をみているのではなく、二本のつるぎのどちらかを見ているのだった。



が、と激しく打ち合う音が響く。すでに、そこにいた男はどこかに逃げてしまい、狭い路地には二人の男がいるだけだった。しかも、かなり対称的な二人といえるかもしれない。共通点は、どちらも剣を握っているということだ。片方は、少々崩れたところはあるが市民風の青年、もう一人は流れの戦士風の男。ゼダの先の湾曲した剣が、月の光に動くたびに乱反射を起こしている。
 曲がったまま飛んでくるようなゼダの剣を読みながら、ジャッキールは重い剣をそのまま突き上げる。伸びてくるゼダの剣の中心に当たり、重い音が響く。
「うっ!」
 指先に来る衝撃はゼダの想像以上だ。ジャッキールの剣は、ゼダのそれよりも重い。そもそも体格的に大分差がある。それにしても、あんな重い剣をこの速さで正確に振り回してくるとは思わなかった。


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