最後のは考えるまでもない。おそらくジャッキールのことだ。だが、上の二つは、かかわりがあるのやらないのやら。ハダートが、気を留めたのだから何かあるのかもしれないが、それにしてももう少し詳しくかいてくれてもいいものである。ともあれ、ジャッキールが関わっているかもしれないというのは、どうも間違いなさそうだ。
(自分が目立つってこと、あんまりわかってなさそうだよな、あのダンナ)
 シャーは、苦笑したが、実際ジャッキールが噛んでいるとなると油断はできない。ある意味でまっすぐな攻撃しかしてこない分、ゼダより戦いやすいのだが、その代わり、腕の方はジャッキールのほうがずっと上だ。おまけに、あの体格と力と重い剣。かすったつもりが、致命傷に及ぶこともあるし、剣を受け流す時も、うまく受けないと力で押し切られることがある。
 面と向かっているときは、かなり挑発した覚えがあるが、ジャッキールはかなり強い。経験と腕前という点では、ジャッキールのほうが純粋に上だ。
「何か難しそうな顔をしているわね」
 ふとリーフィの声がきこえ、シャーは、椅子にのびあがったまま、後ろの方をうかがった。飲み物をもってきてくれたらしいリーフィは、とりあえず机の上に一度グラスを置き、シャーの方に歩み寄ってきた。
「どうかしたの?」
「いやね、ちょっとアレコレわかったことがあったわけなんだけど」
「シャー、さっきの人になにか聞いたの?」
「ん、まあ、ちょっとそういうことには鼻が利く人でね、あの男」
 シャーはあいまいにぼかしつつ言ったが、リーフィは思ったほどそれを追求してこなかった。シャーに何か事情があるらしいことは知っているが、彼女は別にそのことについて触れることはない。
 シャーとしては、それはありがたいというところもあるのだが、彼女のそういう気遣いを知ることができて、ちょっとだけまた恋心が募ってしまいそうになって危険である。シャーは、今は、一応リーフィに入れ込んでいないつもりなのだから。
「鍛冶屋殺しって何だっけ? 関係ありそうなの?」
「あ、それはきいたことがあるわ」
 シャーの背から紙を覗きながら、リーフィは言った。
「王都のはずれの有名な鍛冶屋の親方が、何者かに殺されたという話をきいたわ。その道では結構有名な人だったらしいんだけれど、殺されたときに、その人のつくった剣も盗まれたとか。強盗だって言われてるんだけれど」
「へえ、リーフィちゃん。よく知ってるなあ」
 シャーが、感心したようにいうと、リーフィはくすりと笑った。
「そうね、こういう仕事をしていると、噂をきくにはことかかないの。旅の剣士がそういう話をしているのを、たまたま最近きいたの」
「そうか。剣ねえ。何か気がかりではあるけれど」
 顎を撫でつつ、シャーは、リーフィに目を移す。
「でも、どうなんだろう。この件に関わりありそうなの?」
 このあたりの鍛冶屋と聞いても、どうもすぐにあれに結びつかないのは、作っている剣に問題がある。あの犯行に使われた剣というのは西渡りのものであり、この周辺では、全くというわけではないが、作っている人間も使い手もそれほどいない。鍛冶屋といっても、その剣を作っているかどうかわからないし、大体、性質としては違う事件のような気もするのだ。
「詳しいことはしらないけれど、その辺は調べてみたらわかるんじゃないかしら」
 リーフィは、不意に顔をあげた。
「よかったら、私が調べてみるわ」
「え? ……でも、大丈夫?」
「ええ。こう見えても、調べ物は結構得意なのよ」
 リーフィは、そういってにこりとする。
「それに、あなたよりも私が聞きまわったほうが情報は入ってくると思うわ」
「それはそうかもしんない」
 シャーは素直に認める。確かに、シャーは、得なこともあるが不利なことが多い。ちょろちょろしていたら、鬱陶しがられてひどい目にあったり、侮られやすいのでちゃんと話を聞き出せない。それを逆手にとって聞き出すこともできないことはないが、多くの場合、相手の神経をさかなでてしまう。
「具体的に教えてくれれば、色々手をかせるわ。任せて」
「そ、そうだね。こういうのは、オレみたいな奴より、リーフィちゃんみたいなかわいい子の方が相手も油断しそうだし。でも」
 どうやって情報ききだすの、と訊こうとしてシャーの口は止まった。向こうの酒場の方から、急にわっと声があがったのだ。歓声のような気もするが、何か起こったのかもしれない。シャーは、慌てて起き上がった。
「リーフィちゃん。オレちょっと見てくる」
「ええ。気をつけてね」
 シャーは、腰からはずしていた刀を慌てて差し戻しながら、酒場の方に駆け出した。


* 目次 *