ハダートは、あきれるような、少し哀れむような表情になった。だが、憐憫の情がわく一方、野次馬根性がわかないでもない。その後、どうなるかしらないが、これからこの何となく変な二人組の行く末を、こっそり影から見てやろうとも思うと、ハダートは、思わずにやけそうになる。そして、シャーにもちらりと目配せして、そのまま入り口を出た。
 リーフィは、シャーのところまで来ると、入り口の方を覗きながら訊いた。
「お知り合い?」
 きかれて、シャーは、少し首をかしげて、いつもの調子で答えた。
「ああ、飲んだくれでひねくれモノで、珍しいもの好きで、さらに友達もいなかったりする親不孝モノの自称貴族のダンナ。かわいそうだから相手してあげてるの」
 出て行くハダートの動きがぴたりと止まる。
「そうなの?」
「そうそう」
「でも、とてもきれいな顔の方ね」
 リーフィに他意はないらしい。確かにハダートは、どちらかというときれいな顔立ちに入る。だが、それをなんと取ったのか、シャーの方は急に焦ったように椅子から立ち上がる。
「リーフィちゃん! ああいうどっちつかずの蝙蝠男だけはやめといたほうがいいよ! ああいう男はねえ、女を不幸にするだけなんだよ、遊び人だよ、遊び人!」
 シャーの力説が続く中、入り口の一角をつかんで力を込めていたハダートは、ようやく歩き出す。その彼の顔が、怒りにゆがんでいることは、その時、前を通りすがったものがいないので一応誰も知らないだろう。
(あ、あの三白眼が……。い、いつか、地獄に叩き落す!)
 ハダートは、ひそかにそう決意しながら、酒場の壁を一蹴りして出て行った。




 夜が来るまで身を潜めていた彼は、闇の訪れと共に動き出していた。黒い服を翻しながら、彼は明るい道を歩いていた。花街の大通り、酔った男達に、華やかな服装の女が歩いていく。それを斜めにみやりながら、彼は光から顔をそむけるようにしながら歩いていた。
 本来、このような派手なところには近寄りたくはなかった。自分は、いまだにハルミッド殺しを疑われているし、例の男を追いかけてまわっているせいか、どうも、こちらでも役人に睨まれたらしい。
 だから、人目につく場所には、あまりちかよりたくなかったのだが、そうもいっていられなくなった。彼なりに調べた情報のため、彼はここに立ち寄らなければならなくなっていた。
「さて、ここにいるかどうか、だが……」
 満ちる前の青く光る月に、冷たく照らされる。華やかな街の中、彼のどこか闇を引きずるような姿は、ある意味では目立っていたかもしれない。見かけは流れの戦士風で、どこか冷たい顔立ちだが、ジャッキールは割合に整った顔をしているところがある。もう少し彼が洒落た格好でもしていれば、それなりに花街の似合う二枚目になれたかもしれないのだが、彼のような無骨な男にそれは無理というものだ。
 どこか異様な雰囲気のある彼の袖を引こうという、勇気のある客引きは、さすがにいない。ジャッキールは、特に誰に邪魔されることもなく、大通りを進んでいた。
 高級妓楼の立ち並ぶ中、ジャッキールはその中の一つに近寄った。入り口では、まだかなり若い娘が、入ってくる客を接待している。ジャッキールは、ためらうことなくそこに近づき、娘に声をかけた。
「こちらにカディン殿がいらっしゃると聞いて参ったのだが」
「い、いいえ」
 ジャッキールの風貌にびくりとして、一瞬言葉を失ったが、すぐに反射的に女は首を振った。そして、一度息をのんでから答えた。
「こちらには、今日はいらっしゃっておりません」
「……そうか。なら、次にここにいらしたときに、私が『フェブリス』について話したいことがあるといっていたと伝えておいてくれ。私の特徴を伝えれば、カディン殿にはわかるはずだ」
 ジャッキールはそういうと、いくらかの銅貨を出して女の手に握らせて、すぐに、そこから立ち去る。おびえた女の返事が背から返ってきたのを確認し、ジャッキールは、高い楼閣の上の方でぼんやりと光る灯りをちらりと横目でみやった。
(隠したな?)
 ジャッキールは、先ほどの女の態度にそう確信する。だが、ここで無理を通すわけにも行かない。相手は貴族でもあるし、今揉め事を起こすと彼自身が危ない。
(まあ、いい)
 ジャッキールは、再び明るい大通りに顔を背けた。今日も青ざめた月が浮かんでいる。
「……どちらにしろ、奴を捕まえれば済むことだ」
 こんな夜だ。ここのところ、毎日相手は血を見ている。きっと、今日も黙っていられなくなる。
(やはり、あの剣は危険だ)
 ジャッキールは、月を見やりながらそう思った。
 ただでさえ、刃物の光は人間の心をかき乱すものである。武器となれば、きっとそれは、装飾と守りの意味をこめた短剣などより、それが強くなるだろう。


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