「で、オレに情報をくれっていうのか? こういう事件に関しては、オレは完璧にノータッチだぞ。寧ろ、ジートリューにきいたらどうだ。あの一族は、昔、警察権をもってたことがあるらしいし」
「それはわかってるんだけどさ。いや、でも、アンタの方が、あれこれいろんなこと知ってるんでしょ。いろんな人がいるしさ」
 シャーは、もみ手をしながらにんまりと笑う。ハダートは、眉をひそめた。
「へえ、じゃあ、あいつらを使う金をあんたが払ってくれるのか?」
「あ、いや、ソレはその……」
 シャーは、途端慌てだした。そして、声を低くしながら、そうっとささやくようにいう。
「つーか、あんたも知ってるんでしょ。オレ、正直、金がないのよ。明日をも知れないわけなのよ」
 事情を知ってはいるが、ハダートは冷淡である。
「……明日をもねェ……。まじめに働きゃ困るまいに」
「んなこといっても、わかるでしょ。というか、一々、町に繰り出してしまうアンタなら、オレのこの繊細な気持ちもわかってくれると思うんだけどなあ」
「アンタと一緒にされたくもないね」
 ずばりと言われ、シャーは、がくりと肩を落とす。
「そ、そんな言い方ないじゃない」
 見るも哀れ、といった様子だが、さすがにこの様子も慣れてくるとあまり哀れに感じない。これはこれで結構強かなところも、少しどころか、かなりある。
 とはいえ、ハダートも、結局好奇心の人である。そういわれると、調べる口実ができるので、少々考えるところもあるのだった。ため息一つで、ハダートは、あきれながらこう答える。
「……まあ、仕方ねえな。ある程度は、あんたに情報を流してやるよ」
「えっ、マジ?」
 バッと顔を上げ、シャーは喜びの色を見せる。それをうっとうしそうにみやりながら、ハダートは手を振った。
「その代わり、オレがやるのはそれまでだぞ。それ以上については責任もたないからな」
「その辺はわかってますって。さすがだなあ。ハダートちゃん」
「調子のいいこといって」
 ハダートは、ため息をつき、酒を飲み干すと、懐から手帳のようなものを出して、一枚破るとシャーの前に投げやった。それに何かが書かれているのは一目瞭然である。
「オレが今知ってるのはソレだけ。後は、今から調べる」
「結局、調べてるんじゃない。相変わらずだけど、性根が曲がってんじゃない?」
 シャーが不満そうにいいながら、紙を手にしようとしたが、ふとその手をハダートの手がさえぎる。
「だったらいいんだぜ」
 青い目でじっとりと見やりながら、ハダートは意地悪く笑った。
「全部自分で調べてみるかい?」
「い、いいええ。ありがたいです、ごめんなさい。オレが悪かったです」
「わかればそれでよろしい」
 慌てて謝るシャーを見ながら、ハダートは横目で一度にらんだあと、手を引っ込め、杯を置いて立ち上がる。
「それじゃあな。また、そのうちに」
「はーい。……でも、ま、あんたもちょっと丸くなった? というか、結婚してからおとなしく、かつ、せこくなったような気が……」
「ふん、賢くなったといってもらいたいねえ。それでも、アンタの泥舟に乗ってやってるんだから、感謝してもらいたいぜ」
 そういうと、ハダートは、じゃあなといってきびすを返す。ちょうど、外に出ようとしたとき、入り口から一人の女性が入れ違いにやってきた。その顔を見て、シャーが慌てて立ち上がる。
「リーフィちゃん!」
「シャー……。ごめんなさい。少し遅れてしまったわね」
 入ってきた無表情だが、きれいな娘は、ふとハダートのほうを見上げる。
「どうも」
 会釈すると、リーフィもまた会釈して返す。
 その顔を見て、改めてシャーを見るまでもなく、ハダートは状況を知った。
(あーあ、また、こりゃ相当入れ込んでるわ)
 瞬時にハダートは気の毒そうな顔になった。
リーフィとかいう娘は美人だが、いわゆるシャーの好みとはちょっと違う。シャーの今までを知るハダートが推し量るところ、シャーはもっと激しい気性の女性が好みなのである。その中に時々ちらっと優しさが見えるぐらいが好み、という、それだけでも、報われなさそうな好みなのだが、今度はどうやら違うらしい。
 だが、好みとちょっと違うからといって、彼が惚れ込まないとは考えない。リーフィという女性の、シャーを信頼しきった様子や、冷たい中にある優しさ、健気な割りに妙に強かな感じがするあたり。正直、シャーがはまると一番抜け出せないタイプのような気がした。
(……また悪い癖が。つったく、あれだけ振られて、また一目ぼれか、コイツ)


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