「これは、ジャッキールの旦那。ご無事そうで何より」
「うむ、夜分にすまぬな、ハルミッド」
 ジャッキールは軽くうなずく。ハルミッドは首を振った。
「いえいえ。あなた様ならば、いつでも歓迎ですぞ。……それにしても、相変わらず青い顔をなさってますが、首のほうはまだつながっているようで何よりですとも……」
「挨拶だな。あいにくと、まだぎりぎり繋がっているらしい」
 ジャッキールは唇を皮肉っぽくゆがめてそう答えた。
「しかし、この前は本気で首を落としそうになった。貴様が俺に渡したなまくらのせいでな」
 一瞬、脅しにきたのかと思ったテルラだが、ハルミッドがいつまでもへらへらしているのをみて、これはこういうやりとりなのだと理解する。実際、ジャッキールのほうも、にやにやしながら言っているので、本気で責めるつもりもないのだろう。
「それはそうでしょう。代用品は結局代用品です」
「言ってくれるな。俺は毎回命をかけておるのだぞ」
 ジャッキールは、苦笑いした。ハルミッドは、くすりと笑うと、ジャッキールを中に案内する。
「どうぞ。アレの用意もできておりますし、少し話など」
「ああ、そうさせてもらおうか」
 ハルミッドは、弟子に何か飲み物を用意させるようにいいつけ、上機嫌で彼を案内した。いつもは、客に目もくれない師の上機嫌な様子を見ながら、テルラは、珍しいこともあるものだと思った。



 どうぞ、と酒を勧められ、ジャッキールは片手でそれを受け取る。
「もっと早く取りにこられると思っていましたが……」
「そうしたかったのだが、少々、城下で派手にやってな。念のため、しばらくここから離れていたのだ」
「なるほど」
 ジャッキールが何の事件に絡んだのか、ハルミッドは聞かない。ジャッキールも特に話さなかった。話せば話せばで迷惑がかかるだろう。まさか、シャルル=ダ・フールの暗殺計画に一枚噛んでいたなどと知れたら、自分だけではすまないのだ。
「恋人のいない戦場は辛いものでしょう?」
 恋人というのは剣のことだ。この前の戦いで、少々傷をつけたのもあり、ジャッキールは、使っていた剣を彼に預けていたのだ。それで取りに来たわけなのだが。
「だが、本当にこの前のは散々だったぞ」
 ジャッキールは改めて、そういって苦い顔をした。
「まさか、少し乱暴な使い方をしただけですぐに折れるとは。おかげで俺は、とんでもない借りを背負ってしまった」
「それはそうでしょう。まさか、フェブリスと他の剣を一緒に考えておられるのか? あの剣と他の剣で同じ使い方ができるわけがないでしょう?」
 一瞬ハルミッドの目の光が尋常でないものを帯びた。さすがのジャッキールも、それには少々もてあまし気味な様子である。
「いいや、そうではないが……」
 困惑したジャッキールの態度に気付いてもいない様子で、ハルミッドは、傍においていた剣を取り出して、わずかに刀身を抜いた。
「どうです? フェブリスは。……私が作った最高の剣ですよ」
 ランプの光を受けて、かすかに虹色に光った刀身は、ジャッキールの瞳を射抜くようだった。
「手入れは終わっております」
「うむ。すまない」
 ジャッキールはそれを受け取り、ゆっくりと鞘を引いた。そして、思わず嘆息を漏らす。
「そう、だな……」
 抜き身の剣を目の前に掲げながら、ジャッキールは、すぐには言葉をあらわさない。一瞬、剣の迫力に飲まれたのである。
 鞘からゆったりと現れた刀身は、すらりと彼の前に美しく輝きながら現れた。どこか赤みを帯びているようにみえたのは、多分、ランプの炎がうつったからだろうか。気品のあふれたしろさと重みを感じさせる黒さが、同時に体現されているような剣だ。
 鞘から剣を完全に抜いてしまって、ジャッキールは、ゆっくりと柄を握りなおす。彼の手にぴたりと収まるような感覚に、ジャッキールは安心したような表情をわずかに見せた。
「やはりこの剣はいい。……握ったときの手触りといい、刀身の輝きといい、申し分ない。この前のなまくらとは大違いだ」
「それはそうでしょう」
「……やはり、フェブリスが俺にとっても最高の相棒のようだ」
 ジャッキールは新たに確認するようにその刀身を軽くなでやり、少し目を細めた。そして、ゆっくりとそれを鞘に戻す。
「さすが、ハルミッド。手入れの金はいくら出せばいい?」
「ジャッキールの旦那から金を取ろうとは思っておりません」
 金の用意をしようと思ったジャッキールは、怪訝そうな顔をした。
「む? 遠慮はいらんぞ。傷つけてしまった剣を修復して調整してもらった謝礼ぐらいは払う」
「いえ、よいのです。旦那から金はとりません」
 ジャッキールはいよいよ奇妙な顔をした。


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