「しかし、それでは、貴様も商売としてなりたつまい? フェブリスも、ただ同然でうけとったようなもの。せめて、俺のミスで傷をつけたのだから、修繕費ぐらいは……」
 ハルミッドは、かたくなに首を振った。
「いいえ、これは商売ではありません。私は、旦那に受け取ってもらいたいのです」
 ハルミッドは冗談を言っているようではなかった。その目は真剣そのものだ。
「この間も、好事家の小僧が売ってくれと申してまいりましたが、きっぱりと断りました。これは飾るための剣ではない。それに、これを扱えるのは、あなただけです」
「えらく持ち上げるな」
 ジャッキールは、やや怪訝そうに眉をひそめた。
「俺を持ち上げても、この後、大物になるようなことはないぞ」
「ははは、それでもよいのです。旦那は私が見た中で最高の使い手。私の武器に魂を入れられるのはあなただけなのです」
 ジャッキールは、やや困惑気味に目をそらした。この男でも、照れることがあるのだろうか。こほん、と咳払いをしてようやく言葉を吐き出すジャッキールは、何となくどこで言葉を発したものか、タイミングをはかっているようだった。
「……そこまでいってくれるのならば、わかった。その代わり、何かあれば頼みをきこう」
「そうですなあ」
 ハルミッドは、にっと微笑むと、そばにあったもう一本の剣を取り出した。
「それでは、この剣の目利きをお願いしたい」
「俺は目利きではないぞ」
 ジャッキールは、きょとんとした様子だった。
「評判がききたければ、俺でなく……」
「いいえ、あなたに聞きたいのです。芸術を求めるような軟弱なものたちにはわかりません。これの武器としての評価が聞きたいのです、私は」
 しかし、と言いたげなジャッキールだったが、ハルミッドは真剣のようだった。
「それならば……。だが、参考になるかどうかわからんぞ」
 ハルミッドに押し切られ、ジャッキールは、やや押され気味に彼からずっしりした剣を受け取った。鞘を握ったときに、ふとジャッキールは、妙な感覚を得て眉をひそめた。今、何か握ったときに、ほんの少し指先の感覚が、おかしかったのだ。ジャッキールの表情に気付いたのか、ハルミッドは、首をかしげるようにしてにこりとした。
「まあ、こちらもなかなかなのですが、如何せんじゃじゃ馬過ぎましてな。私だけの判断で外に出せないのですよ。それで、旦那の意見をおききしたいのです」
 まあ、と彼は付け足した。
「フェブリスも、一般的に見れば相当じゃじゃ馬なのですが」
「フェブリスよりもじゃじゃ馬とは、恐ろしいな」
 ジャッキールは剣を眺めながら静かに笑った。そして、柄を握って一気に鞘から刀身を抜く。目の前に、先ほどとはまた違う光がさあっと走っていった。ジャッキールは、思わず声を上げた。
 そのまま、目の前に刀身を立てて眺める。ランプに照らされてハーレションを起こす金属の光が、なぜかひどく幻惑的だった。
 美しいという意味では、フェブリスの方が上である。だが、美しい、でなく、魅惑的かどうか、と訊かれると、ジャッキールは何の疑問も抱かずにこの剣を指し示すだろう。
 柄を握るだけで、何か語りかけられているような気がする。握った途端に、使ってみたくなるような、そういう感覚がするのだ。ジャッキールの心の奥底の狂気をそれは一瞬で呼び覚ましてくれそうだった。
「確かに。これは素晴らしい」
 ジャッキールは、再び嘆息をついたが、それは先ほどのフェブリスとは少し違うため息でもあった。あれが美しさと毅然さに対する嘆息だとしたら、こちらは、間違いなく陶酔感からくるため息だ。ジャッキールの目が、夢を見るようにわずかに泳ぐ。
「持つと何故か血が騒ぐような気がするな……。さぞかし、切れ味もいいことだろう」
「これはメフィティスといいます。……いい剣なのですがね」
 ジャッキールは、どこかうっとりとした様子で呆然とつぶやいた。
「なるほど。……まるで頭がしびれるような感覚がする。毒か麻薬のような魅惑があるな、この剣は……」
 そういうジャッキールの目が、わずかに赤く染まったような気がした。いいや、恐らくは、ランプの光のせいだろう。しかし、ジャッキールが自分でそういうほどには、その剣は不気味な魅力を持っているのは確かでもありそうだった。ハルミッドは、唇をゆがめる。
「おわかりでしょう。少々癖が悪すぎるんですよ。……でも、或いは旦那なら使えるかもしれませんが」
 ジャッキールは、ふと剣から目を意識的にそらした。ジャッキールの瞳に映っていた陶酔の色は、それですぐに掻き消えた。つい、とハルミッドに目を向けたとき、ジャッキールの表情も口調も、元の暗くて冷静なものに変わっていた。


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