「お前も知ってるだろ、ラハッドは優しい奴だったからさあ。お前の母上が優しくて、オレにまで気を遣ってくれたように、あいつも優しい奴だった。だからさ、オレはあいつのことは結構好きだったよ。……あいつはオレのように馬鹿でもなければ、お前のようにどん欲でもない。王にはむいていたかもな。あいつが王になるなら、オレはちゃんと歓迎してやったさ……。あいつはラティーナちゃんと結婚する予定だったし、ついでに二人で国を治めれば万々歳ってところだろ。最高だよなあ。……でもなあ!」
 シャーは、ぎらりと輝く目をザミルに向けた。
「てめえがラハッドを殺したんだなァ、ザミル!」
 ラティーナがはっと息を呑んだのがわかった。ザミルはわずかに顔を引きつらせている。
「オレがそんなことを知らなかったとでも思ったのかよ? あいつが死んだとき、そばにいたのはお前だけだった! つまり、毒を入れられたのはお前だけだったんだよな? だけど、オレは、信じたくはなかった。同じ兄弟だってえのに、まさか血で血を洗うような真似をしているなんてさ……」
 シャーは、感情を殺したような目で、ザミルを見ていたが、その口調はいつもとは違い激しい感情が吹き出しているようだった。
「ああ、とっくに知っていたよ。でも、オレはお前を信じたかった。だから、それ以上調査するのをやめさせた。……だって、そうだろ、オレ達は兄弟なんだろう? ろくろく喋ったことがなくったってさ!」
 シャーは、感情の高ぶりとともに少し大声になっていた。そして、また声を低める。
「……何故だ……。何故ラハッドを殺した?」
 ザミルは応えない。シャーは、重い声で相手を問いつめる。
「オレみたいな異腹の兄ならまだわかる。……だが、ラハッドとお前はあの母御から生まれた紛れもない兄弟だ。……何故だ? あの優しい母上が悲しむのを知っていながら、どうしてラハッドを殺した!」
ザミルの口許に皮肉っぽい笑みが浮かんだ。
「ザミル王子……あなた!」
 黙っていたラティーナが弾かれたように悲鳴のような声で叫んだ。
「自分でやっておいた上であたしを騙したの! なんて人! 信じられない!」
「あんなお人好しだけが取り柄の兄に国をとられるのが嫌だったからだ!」
 ザミルはとうとうそう言った。
「あの兄がいるおかげで私はいつでもあいつの影だ。私の方があいつよりも才能があるにもかかわらず、あいつがいる限り、表舞台に出ることはできない! だから殺してやった! あいつさえ死ねば、王位は私に転がり込むはずだったのに!」
 ザミルは、やや狂気すら感じる目をシャーに向けた。
「貴様が悪いんだ! 貴様がすべての権勢を奪っていった! 貴様などに全てを奪われるとは思わなかった! 貴様のようないい加減な男に!」
「やれるもんなら、こんなしみったれた国の玉座なんかくれてやってもよかったぜ!」
シャーは抑えた声で言った。
「何い!」
「こんなどうでもいいような権力ならくれてやってもよかったといったんだよ。……てめえが信用に足る人間だったらな!」
「貴様あ!」
 激したザミルが、思わず剣の切っ先を半分だけ血のつながった兄に向ける。シャーは、表情を崩さなかった。すこしだけ口許をゆがめただけである。
「ほほう、オレに勝負でも挑むつもりか、ザミル」
 シャーは、刀の柄を握り直す。しゃりんと音が鳴り、彼はわずかに足を引いた。
 ざっと周りにいたザミルの護衛達が、動きを取る。
「殿下……!」
 立ち上がるカッファに手を振って、シャーは刀を大きく振って肩にかけた。
「ザミル、オレはお前よりは馬鹿だろうぜ。……確かにこんな多勢に無勢じゃ、いつかオレの剣は折れるかもしれないし、オレの体力だってやばいし、おまけに兄上が人質に取られているんじゃろくろく動けない。なのに、こんな風に余裕があっちゃったりなんかしてな、……ますます馬鹿だと思っているだろ?」
 笑いながらシャーはそういって、意味ありげな目を彼に向けた。
「でもな、馬鹿なオレでもお前より少しできたところもあるんだよ。……な、ザミル」
「何がいいたい!」
「そういきり立つな。オレを切り刻む前に、もう一度後ろを見てみてもいいじゃねえの? 客人がお待ちかねだ」
「後ろ、だと?」
 シャーの視線は、ザミルを突き抜けて後ろにのびている。ザミルは、思わず驚いて背後を見た。いくつかの扉の一つが開いていて、そこに長身の伊達男がにやにやしながら立っているのが見える。
「ハダート=サダーシュ。ようやく来たのか!」
「はい、城は私の兵によってほぼ支配されています。ご安心下さいザミル様」
 ハダートは、相変わらず丁寧な物腰の振りをしている。慌ててカッファが声をかけた。
「ハダート! 貴様、まさか裏切ったのか!」
「人聞きの悪いことはいいっこなしですよ、宰相殿」


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