「まぁまぁだな。……あの腐れ三白眼が乗り込んでこなかったら、作戦成功だったんだが……今回の事で、俺もちょっと疑われてしまったかもしれない。全く、何を考えてるんだか。あれだけは予想できない」
 ハダートは文句を言う。
「仕方がないだろう? アレの行動を読めといわれた方が、難しい」
「……しかし、今回はちょっと穏便にすまん事情があってな」
 ハダートは、半分おもしろそうな顔をして言った。物言い自体はひどく気の毒そうなのであるが、その顔はどう考えてもからかい半分である。ジートリューは、不審そうに彼を見た。
「なんだ?」
「陛下の暗殺を企ててる女がいるんだが、あの三白眼が、どうやらそれに惚れてしまったらしくて……どうも、それに協力しているみたいでな」
 ハダートは、にやりと笑いながら横目でジートリューを見た。その意味ありげな視線の本当の意味に気付き、ジートリューは少し顔色を変える。
「おい、それは! あ、相手はどこのどいつだ」
「サーヴァン家のラティーナ。……ほら、ラハッド王子のフィアンセだ」
「……ああ、なるほどな……。あの娘は確かにあれの好みだな」
 ジートリューは納得したような顔を一旦してしまい、すぐに顔色を変えなおした。
「って、それはまずいだろう! よりにもよってラハッド王子は……! それに、そもそも、あれが国王暗殺に協力したりしたら、ややこしいことに!」
 ハダートは、腕組みをして相変わらずの様子で答えた。
「まぁ、本人がそういうなら仕方ないだろう? 俺は黙って見てたいね」
「止めないのか!?」
「止めて止まるような奴か? そもそも、止める権利も俺達にはないかもなあ」
 言われてジートリューはぐっと詰まった。
「…………確かに」
「だろう? ジェアバード。まぁ、ここはあのヘンな青二才がどんな答えを出すか、じっくり観察するとしようかね?」
 明らかに状況をおもしろがっているだけのハダートを、ジートリューは睨んだ。
「……お前は、冷たい奴だな。あれが振られるのを見ているつもりか?」
「何が? どうせ、我々が説得したところで、聞き入れるタイプじゃないだろうし。大体に、あれの判断は、オレたちよりも正しい。それに、恋愛に後方支援は無理だし。策をあげたところで、あれで卑怯な手はいやがるし?」
「それはそうだが……」
 ジートリューは困惑気味である。そもそも、恋愛感情が入り混じっているとなると、彼のように無骨な男にはどうも意見がしにくかった。
「あれはあれで、俺達よりも頭がいい。ま、馬鹿だがな」
「そんなこと言われなくてもわかってる!」
 ジートリューはぶっきらぼうに答える。それでも、何となく納得できない所があった。
「だが!」
「だが?」
 意地悪くハダートに訊かれ、ジートリューは詰まる。やがて、燃えるように赤い頭をかきやって、ジートリューは、仕方なく矛を収めた。
「まぁまぁ、そういう心配はカッファさんがやってくれるさ。俺達は、横から見てればいいんだよ」
「お前のそう言うところが冷たいといっているのだ。よくそんなんで結婚できたな。お前の細君を私は尊敬したいところだ」
「お前も結婚しているだろう。お前にできることが、俺にできないわけがない」
「ええい!なんだ、その言い方は!」
 ジートリューは睨みながら言った。彼らのやりとりはいつもこのようなもので、戦場でもこんなやりとりを続けている。それを遠目に見た兵士が喧嘩しているととってもおかしくはないかもしれない。
「まぁ、後は、あのラゲイラがどう出るかだが。証拠はつかめたのか?」
「それができれば苦労してねえ」
 先ほどの話を打ち切って、ジートリューが言うと、ハダートは、不意に難しい顔をした。
「どうも、あのタヌキオヤジ、証拠を掴ませてくれなくてな」
「なるほど。しばらくは、まだ様子見というわけか? それとも行動するまで潜むかどちらかだな」
「あぁ。これで失敗したら見事に反逆者だな。俺も損な役回りだぜ」
 ハダートは笑んだが、そのほほえみにはこの任務の難しさが投影されて、ずいぶんと複雑な表情を刻んでいた。



 シャーは、疲れ果てたと言いたげにその木の真下に大の字になっていた。街から離れた丘は、ちょっとした木々が茂っていて、隠れ場所も多い。敵がどちらからくるか見えるし、シャーはそれを考えてわざわざここを選んだのだろう。
「だはー、こんなに疲れたのは久々だぜ〜。水がほしいよー!」
 わざとなのか、それとも天然で言っているのか、そんな声をあげながらシャーはばたんと両手を倒す。ただ、ラティーナを半分抱えてここまで走った彼は、確かに喉も渇いているはずだった。証拠にあがった息は先ほどおさまったばかりである。
「ねーねー、ラティーナちゃん」
 シャーの猫なで声も、今までの疲れからかかすれていた。


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