「ああ、とっとと出てこい! 卑怯者!」
 ラゲイラの目にも、まわりの部下達の目にも、それは一触即発の危機に見えた。まさか、屋敷で将軍に刃傷沙汰を起こされては困る。ラゲイラは慌てて止めに入った。
「お、お待ちを! ここは、わたくしに免じて…………」
「ええい! 構うな!」
 ラゲイラの手をジートリューが払う。ハダートが、慌ててラゲイラとジートリューの間に入った。
「何をする! ジートリュー!」
「うるさい!」
 ハダートはちらりとラゲイラに目をやり、申し訳なさそうに言った。
「失礼します。ラゲイラ卿。私のせいでこんな事に。今日はこの馬鹿を連れて、とりあえず外にでることにします」
「何をいっている!」
 ジートリューを無視して、ハダートは続けた。
「それでは、後日また」
「おい! ハダート=サダーシュ!」
「うるさいぞ、狂犬!」
 ハダートは一喝した。
「今日、これ以上騒ぎ立てるようなら、ゼハーヴ将軍とシャルル国王陛下にこのことを報告するぞ! そうしたら、いくらお前でもこれ以上の横暴が通せまいな! お前が将軍の位でいくら威張っていようが、陛下から命令が下されて、断罪されれば下手をすると首が飛ぶ! それでもいいのか!」
 口調だけ強くいいながら、不意にハダートは困ったような目線をジートリューに向けた。頭に血が上っていたジートリューだが、それを見ると少し慌てて態度を変える。
「そ、それは…………」
「困るだろう?なら、私と一緒に出ろ! 話はそこでつけてやる!」
 ジートリューは、怒ったようにマントを乱暴に翻し、きびすを返した。武官の靴が、石畳の廊下に甲高く響く。それから、ハダートはまた申し訳なさそうな顔をし、ラゲイラに一礼した。
「申し訳ありません。それでは、また」
 それから、ハダートはラゲイラに背を向け、そろそろとジートリューの後を追った。
ラゲイラ邸の門を出、とうとう人気がなくなると、ハダートは急に態度を一変させた。今までとは違い、貴族らしい物腰は一気に溶けてなくなり、ラティーナの前のような無頼のような態度になる。
「何が、借金を返さないだ」
 ハダートは、じっとりと横目でまだ黙っているジートリューを見た。
「冗談じゃない。俺がお前に金を借りたことがあったか? もっといい口実はなかったのか? かっこわるいったらありゃしないぜ。大体詐欺師なんかいいやがって!」
「私にはラゲイラと親交がない。いきなり現れたらおかしいだろうが! お前の手紙には来いとしか書かれていなかったので、私だって考えたんだ!」
「しかも、もっと丁寧に芝居がやれないのか? ジェアバード」
 ハダートは、ため息をついた。
「俺とお前の仲が悪いという噂がなければ、あれはバレバレだな」
 水と火という噂は、ほとんど正しくない。ジートリューとハダートは、よく言い合いをするが、それは喧嘩ではない。それを周り者が誤解して広めた噂であろう。実際は、彼ら二人は家族ぐるみでつきあいのある親友である。
 参謀タイプのハダートにとっては、この噂は利用すべきかっこうの道具であり、時々こういう風に作戦に使うことができる。ただ、ここで一つマイナス要因なのは、ジートリューがあまりにも不器用だということだ。かなり自分がフォローしてやらないと、この作戦は使えない。今回は、幸い、焦っていたらしいラゲイラが気づかなかったから良かったが、ハダートは自分の芸達者ぶりをこういう時は、褒めてやりたく思うのである。
「ばれるかとおもって、冷や汗かいたぜ」
 ジートリューはそれをきき、とうとう今まで溜まり溜まった憤慨を爆発させるように、怒鳴り始めた。
「うるさい! そんな器用なことができるか! そもそも、ああいうやり方は私は好かない! 貴様が、アレを助けるには、どうしても私の助けが必要だと手紙に書いてくるから仕方なくやったんだ! おまけに、いきなりののしるとはどういう了見だ!」
「まぁ、ちょっと言い過ぎたかもしれないが、俺も大変だったんだ。大目に見ろ」
 憤然と断言したジートリューを見て、ハダートはあきれたように、それから取りなすようにいった。不意に空から黒い鳥が飛んできて、ハダートの肩にとまった。艶やかな黒い羽が印象的なカラスで、ハダートによくなついている。
「ご苦労、メーヴェン」
「その鳥は夜目がきくのか? 正確に私の屋敷に飛んできたぞ」
 ジートリューがいうと、ハダートはカラスを撫でながらにやりとした。
「さぁ、それは、本人にきいてみないとなあ」
 ジートリューは肩をすくめた。カラスのメーヴェンは、羽をのんきに繕っている。
「で、首尾はどうだ?」
 ぶっきらぼうにジートリューに訊かれて、ハダートは思い出しながら応えた。


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