まくしたてるように言って、ラティーナは息をついた。ラゲイラは彫像のように動かず、それをきいている。やがて、指を組むとラゲイラは射るような目でラティーナを見た。
「あの男に、話したのですか?」
「……仲間については話してないわ。でも、大丈夫よ。お願い、殺すなんてことやめて! 命だけはたすけてあげて!」
 必死の彼女の懇願に、ラゲイラはため息をつく。
「きっと教えてくれるわ。地下道の入り口だってきっと!」
「何もわかっていらっしゃらないようですな?」
 ラゲイラは首を振る。そして、指を組みなおし、ラティーナに告げた。
「あの男は、シャルル=ダ・フールの密偵(イヌ)ですぞ?」
「嘘!」
 ラティーナは、即座に否定した。
「そんなはずないわ! あんな奴が!」
「まだ、お分かりになっていないようですな?」
 ラゲイラはにやりとする。
「あの男は、私の事を知っていましたよ。それに、あの男は、昔シャルルの影武者をつとめていたシャルル付きの戦士です」
「そんな! だって、あいつは……!」
 ラティーナは言いながら、確かにシャーの動きが不審なのを思い出して絶句する。わざと弱い振りをするシャー、そして、……シャルル=ダ・フールをかばい立てするシャー。
「……思い当たる節がおありのようだ」
 ラゲイラは、軽く笑った。
「嘘……」
 ラティーナはぼそりと呟いた。
「……さて、あなたをどうするかは、あなたが大人しくしてくれるかどうかにかかっています。一度頭を冷やして、よーく考えて見なさい」
 ラゲイラは言うと、席を立った。
「待って!」
 ラティーナの声が後ろから追ってきたが、ラゲイラは振り返らなかった。後をついて、彼女に怒鳴った部下がゆっくりと後ろを追っていく。すでに部屋を出たラゲイラを諦め、ラティーナは男に訊いた。
「待って! シャーはどうするの?」
 ラティーナが咄嗟に立ち上がる。
「あんたも知ってるんでしょ? あいつをどうするの!」
「なんだ、気になるのか?」
 男は少し下卑た笑みを見せた。
「オレの部下が聞き出すことになってるぜ」
 にやりとし、男は告げた。
「嫌だといったら、死ぬまで苦しませてな……!」
「拷問する気なのね!」
 ラティーナはにらむように男を見上げた。
「当たり前だ。あいつは、シャルルの影武者。当然、入り口を知ってるだろうからな」
 といいながら、ふと彼は訊いた
「会いたいのか? あの男に……」
 ラティーナは黙って立っている。複雑な感情が顔に見えていた。男は残虐な笑みを浮かべた。
「会いたいというなら、明日会わせてあげようか。ただな、多分五体満足というわけにはいかねえだろうが……。もしかしたらもう首だけになってるかもしれねえぜえ」
「やめて!」
 ラティーナは顔を覆った。
「ラゲイラ様が甘いから、お前は助かってるんだ。その分の咎もあの男に受けてもらうぜ。……もしかしたら今もう吊るされてるかも知れねえな」
「やめてっていってるでしょ!」
 ラティーナは、きっと男をにらみつけた。が、その目は少し潤んでいる。
「ベガード」
 急に少しこもるような声が飛んできた。
 その声はラゲイラのものではない。先ほど、シャーを蹴り倒したあの男のものである。ベガードとよばれた、眉の太い男は、きっと入り口をにらんだ。そこには刃物を思わすような姿の黒衣の男が立っている。どことなく陰気な印象のジャッキールは、そこに立つだけでも十分不気味な存在だ。
 それだけではない。ベガードとジャッキールは、お互いラゲイラに仕えてはいるが、立場が違う。ジャッキールは流れの傭兵であり、ベガードは一応ラゲイラに専属的に雇われていた。だが、ラゲイラは、新参者のジャッキールには、敬称つきで呼び、重要なポストにつけたほか、彼のことを客人扱いしている。ベガードにしてみれば、気に食わないことこの上ないのだった。
「ジャッキール! なんだ!」
「貴様の娘いじめがあまりにもひどいのでな、少し忠告をしにきたまでだ」
 ジャッキールは冷たい口調で言った。
「何だと?」
「大の男が、まだ年端も行かぬ娘に、そのような態度とは……。格が落ちるのではないか?」
 ジャッキールが、薄ら笑いを浮かべるのを見て、ベガードが、目をいからせて一歩彼のほうに体を近づけた。
「貴様! 傭兵の分際で!」
「ふん、元を正せば貴様も似たようなものだろう?」
 ジャッキールは、薄い笑みを浮かべる。ベガードが何か吼えようとしたが、ジャッキールはふいと体を後ろに向け、顔だけを半分ベガードに向けながら、静かに言った。
「これは親切心からの忠告だがな」
「な、何がよ!」
 静かなジャッキールに不気味さを感じ、ベガードは腰の刀に手を伸ばした。それをあざ笑うかのような目で見ながら、ジャッキールは言った。


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