一覧 戻る 祭りのあと-2 「なんだろうなー。昔もこんなことがあったような気がするような。いつだっけ……おかしいな」 そろそろと街を歩きながら、男はぶつくさそう独り言を言ってため息をついていたが、私のほうを振り返って笑った。 「まあいいや。せっかく外出してきたんだもんね。どこかいきたいとこある? 俺、金はあまりないからあれだけど、いろいろこの街詳しいから、大抵のところには案内できるよ」 男は、慌てたように付け加える。 「あ、その、俺、すごく軟派なやつに見えると思うけど、本当は、結構まじめだから。そんな軽いことないし、見境ない人じゃないからね。ね。安心してよね」 そんなことを言うと余計怪しく思えるのだが、瑠璃蜘蛛が信用しているのだから、いいところもあるのだろうと思う。 私は彼を信用することにして、いくつか装飾品の店を紹介してもらった。新しい髪飾りがほしかったので、こういうところで安くてかわいいものを見られるのはうれしかった。奥様の下ではいいものは手に入るけれど、私のお給金では少し高い。 瑠璃蜘蛛の言うとおり、彼はこの街を知り尽くしているようで、怪しげな横道にふらっと入り込んでは近道をしていた。この周辺は治安がよくないと私も聞いていたが、彼の通る道は人はいないものの、意外に綺麗で安全な道になっていたように思う。 いくつか店を回った後、彼は私に疲れないかと聞いた。少し疲れていたので頷くと、男は休憩しようといって茶店に入った。瑠璃蜘蛛との待ち合わせ場所もそこになっているのでちょうどいいと彼は言う。 男は、普段は周りにたかっているらしい様子だった。周りの顔見知りの男たちが愛想よく今日は何を俺たちにおごらせるんですかと聞いていたが、男は、今日は女の子がいるから自分で出すから、お前ら安心しろよと笑っていっていた。とても大物にはみえないようだが、彼はそれなりに人望はあるらしかった。 茶と果物と茶菓子をいくつか運んでもらって、彼と私は向かい合わせになっていた。目の前には、林檎がひとつと、茶菓子。 「食べる? 皮のままがいやなら剥いてあげるけど?」 男が気を遣ってそうきいてくる。私は首を振った。 「ありがとうございます。でも、私それが苦手で……」 「林檎嫌いなの?」 男が、目を丸くして聞いた。 「そうですね。あまりいい思い出がない食べ物で……」 「そうなんだ。それじゃ、俺がいただいとくよ。そっちの甘いお菓子でも食べておいてね」 男は、手でぬぐった林檎をかじりながら、ぼんやりと外を眺めている。 季節は春。暖かくなった日差しが、ほのぼのと軒先に降りかかっている。外でなにやらざわざわしていた。何かの準備をしているのだろうか。 「なにやらにぎやかだねえ。ああ、そうか、そろそろ星の女神のお祭りさね」 男が、ぼんやりといって大あくびをする。 「すっかり春ってわけだ。道理で眠いと思った」 やる気のない彼の様子を見ながら、私は聞いてみる。星の女神様の祭りは、都の独身の男たちにとっては、それなりに盛り上がる祭りだと聞いている。都の男性の俗説では、女神の加護を得ることができれば、女の子にもてるともいわれているそうだし、花街に通う男たちにはよりその傾向が強い。それなので、護衛になれなくても星の乙女の行列に加わったり、輿を担いだり、周りで騒いだりすることで、女神の加護を得ようとするのだ。 「あなたは、参加しないのですか?」 「俺?」 男は、そうきいて苦笑した。 「俺は廓遊びはしないからねぇ。貧乏だし。場末の飲み屋を転々とするだけだし、あんまし関係ないね。アレって大体お大尽の祭りじゃない」 男は、ついでにやりとした。 「それにさあ、俺は参加できないのよ」 「どうしてですか?」 「あれ、知らない? 女神の祭りに参加したときに、本気で好きな子ができちゃったら、その後はあんまし派手なことできないんだよねえ。街のやつら、すげー馬鹿騒ぎするじゃない? ああいうのしちゃだめなんだよねえ。ま、貢物をささげるぐらいはいいらしいけど、俺はそんなに信心深くはないし、余裕ないからそんなこともしないし」 男は、大きな目をぐるっと私のほうに向けた。 「知らない? 王都の男の中じゃ有名よ?」 「いえ、知りませんが」 「そっか。女の子は意外に知らないのね」 彼は、そんなことをいいながら、顎をなでやった。 「その日に出会った子は、女神の化身なんだってさ。でも、女神はそう簡単には微笑んではくれないから、大抵その日にであった女の子との恋愛は成就しないのさあ。第一、あの女神さんは、愛と豊穣の女神だけど、戦いの女神様でもあるのよね。知ってる?」 言葉遣いはいいかげんだったが、意外に男はまじめな話をする。 「戦いの女神っていうのは、当然怖い女神さんなんだよ。そして愛の女神でもあるわけ。そういう強い女神様は男を弄んで捨てる権利があるものさ。そんな女神様の化身に一目ぼれしたところで、ふつーの男にゃ荷が重過ぎるってことよね。ほんと、オソロシイ女神様なんだよねえ」 「あなたも、うまくいかなかったんですか?」 そうきいてやると、男は笑った。 「うまくいってたら、さすがにこんなところでぶらぶらしてない筈なんだけども。ま、俺みたいに怪しい住所不定無職だとうまくいくものもうまくいかないっていうかさあ」 自分でそこは認めているらしい。明るくいって男は、横目で私を見た。 「でも、ちょっとね、その子とは出会いがふつーじゃなかったの。それにね、俺の好みってわけじゃなかったし」 私が首をかしげると、男は苦笑して話を続けた。 「誤解を恐れずにいうとね、俺は、君みたいなちょっと気が強そうなコに一目ぼれしちゃうことが多いわけよ。んで、いつもなんだか酷いふられ方をするんだけどさあ。そのコはそういうのじゃなかったの。むしろ俺が苦手な感じのコだったの。俺は、勘がするどくて頭のいいコが基本苦手なわけよ。だってさ、なに考えてるのかわかんなくてこわいじゃん? 俺って本当は色々かわいそうな子だから、基本的には女性不信なんだよねー。馬鹿にしてるわけじゃないんだけど、まっすぐな子のほうが安心するの」 男は首を横にふる。 「好きになるとわかってりゃ、最初からやさしくしてりゃあよかったのにねえ。俺ってば、好みじゃなくってちょっと苦手な子だったから、最初冷たくあしらっちゃってさあ。あの時は、俺も餓鬼だったから、調子に乗ってるときだったしさあ」 ふうと彼はため息をついた。 「ドサクサにまぎれて抱きしめておいたらよかったのにさあ、俺ってこうみえて純情だから、本当に好きになっちゃうと、何もできなくなるんだよねえ。色々もったいない話だけど」 男はいけしゃあしゃあとそんなことをいう。 「でもさ、女神様の化身だっていうなら、手を触れられないのも当たり前だよね。俺みたいな半端者には高嶺の花だよ」 ふと、どこかで聞いた台詞だなと私は思った。私は気になって、街をぼんやりみながら話続ける彼を見上げた。男は意外に背が高く、間近にいると見上げるような形になる。笑いながら話す彼の左手の中指に、彼が持つにはいささか高価そうな銀の指輪が嵌っていた。 「ま、俺の場合は、女神様にからかわれたっていうか、そういう感じかな」 私は気がつくと彼の顔を見ていた。 私の脳裏には、しばらく思い出した事のない青年の姿がよぎっていた。 「ど、どうしたのさあ。俺の顔に何かついてる?」 よほどまじまじと彼を見ていたのだろう。それに気づいた男が、驚いたように私に聞いた。 「い、いえ、なんでも」 怪訝そうにそうたずねる男に、私は首を振った。何かと銀の指輪がちらちらと光って気がかりになった。もちろん、そんなはずはないのだけれど。言葉遣いだって、性格だって、まるで違う。それにこんなところで、ぶらぶらしているはずがない人だ。 きっと偶然の一致に決まっているはずなのに。 「おや、そろそろ帰ってきたみたいだね。それじゃ、俺の案内役もここまでかな」 彼がそういった声で、私が顔を上げる。いつのまにか、綺麗に着飾った瑠璃蜘蛛がこちらに歩いてきていた。 「いーねえ。今日は一段と綺麗じゃない。一緒にいる俺も誇らしいってもんだよね」 男は、やたらとでれでれした様子でそんなことを言う。そのうちに、瑠璃蜘蛛は店にはいってきた。 「ごめんなさい、遅くなってしまったわ」 瑠璃蜘蛛は、例のとおりの様子でそういった。 「いえ、色々ご案内していただきましたし」 「それはよかったわ。ごめんなさいね」 瑠璃蜘蛛は今度は男にそういう。男は、へらへらした様子で手を振った。 「いいよいいよ。俺のが楽しかったぐらいだよ。たまには女の子と街を歩くのも楽しいからねえ」 「でも、本当に楽しそうな顔をしているわね? 何を話していたの?」 「え? いやあ、昔の大失恋の話だよ。俺の涙ぐましい純情さを語って聞かせてたのよ」 そこまで詳しく聞いていないけれど、男は大げさにそういった。 「悲しい話の割には楽しそうね」 「そりゃー、今じゃいい思い出ってこともあるじゃないの。そういうお話さ」 男は、調子よくそういいながら、にやりとした。 「でも、今は俺は、リーフィちゃん一筋だから。その辺もお忘れなくね」 「本当かしら。あなたは口がうまいものね」 「そんな、俺はこう見えて結構誠実よ」 「どうかしら?」 瑠璃蜘蛛が、わざと意地悪めいて言った。 「マジだってば。俺がこうゆうこというの、リーフィちゃんだけなんだからねっ。その辺、ヨロシクしておいてよね」 男は、片目をつぶってみせた。 春の日差しが、ゆるやかに街に降り注ぐ。平和な街だ。 穏やかで平穏な昼下がり。かすかに遠くから、祭りの前の楽しげな空気が伝わってきていた。 『世の中って不思議なことがあるものだものね』 ふと、いつぞやの瑠璃蜘蛛の言葉が、私の耳によみがえっていた。 今年も、また星の女神の祭りが始まる。 終 一覧 戻る |