辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 第八章:狼人レナル 宴(2)
 
 すでに宴もたけなわだった。ファルケンは、少し集団から離れたところでぼけーっと月を見ていた。レックハルドは、酔っ払った狼人に捕まって、散々酒を飲まされていたが、本人も酒が嫌いではないらしく、積極的に飲んでいるので、助ける必要はなさそうだ。
(綺麗な月だなあ)
 ファルケンは、そろそろ眠たくなってくる。そもそも、普段はとっくに寝ている時間なのだった。あくびを一つつき、彼は再び月を見上げた。
 綺麗な満月である。満月には人を狂わせるような力があるという。ファルケンに、それはよくわからないが、満月の夜は、確かに魔力が高まったり、邪気が力を持ちすぎたりと、色々なことが起こるらしい。
(オレにはあんまり関係ないことだけどなあ)
 ファルケンは、満月が中空に昇る頃には、大体ぐっすり寝ているはずなので、そんな力とはあまり関係が無い。それに、彼は魔力の面では、他の狼人よりもかなり弱い方だった。
「あれ!?」
 ファルケンは目を疑った。
 今、月が歪んだのである。正確には月の光が、わずかながらに歪んでいたような気がした。慌てて立ち上がり、目をこする。
 今度は、何の異常も無かった。
(なんだ、いまのは?)
 ファルケンは、何か不安な気持ちに襲われた。何だろう。この感覚は…。何か、恐ろしい事が起きるような…そんな予感。まるで日蝕を見たときと同じような、嫌な予感がした。
 しかし…何が起きるというのだろう。
「こらあ!ファルケン!」
 彼の思考を破ったのは、レックハルドの素っ頓狂な怒鳴り声だった。彼はふらふらしながら、狼人の集団から出てきて、ファルケンのところまで来た。
「こらあ、ファルケン。何、一人ぼけーっとしてんだよ!ちゃーんと飲んでんのか?ええ?」
 すでにべろべろに酔っ払ったレックハルドが、突然ファルケンの胸倉をつかんで言った。別にレックハルドが酒に弱いタイプではないのは分かる。彼がこうなる前に、周りの狼人がすでにべろべろになっていたからだ。だから、相当量飲んだということがわかる。
 ファルケンは、レックハルドの様子をみて、慌てて止めに入った。これ以上飲ませると、本当に危ないような気がする。
「レ、レック…の、飲みすぎじゃないのか、それ?」
 レックハルドは、すでに千鳥足になりながら、げたげたと笑った。明らかに飲みすぎなのだが、全く気に留める気配が無い。
「なーにいってんだー!こんなの酒にはいんねえよ。それより、お前、全然飲んでないんじゃねえのか?こういうときじゃないと、アルコール取ることないんだから、飲め!」
 レックハルドは、持ってきていた杯と酒の入った入れ物を同時にドンと彼の前に差し出した。そして、無理やりファルケンを座らせる。ファルケンは、困った顔をした。
「い、いや、オレ、その、酒は嫌い…」
「遠慮すんなって!ほらほら!いけ!」
「だって、アルコール苦いから」
「蜂蜜がばがば入ってるじゃねえか!それとも何か?お前、オレの酒が飲めねえとでも?」
 レックハルドは絡みながら、少し睨んだ。というよりは、もとからレックハルドは相当な絡み口調でしゃべるのであまり変わらないのだが、目が据わっている分、普段よりも恐いといえるだろうか。ファルケンは、思わず身を引いた。
「う、いや、そうじゃないんだけど!」
 ファルケンは純粋にアルコールの味が嫌いなだけである。アルコールの味を分かるには、まだ年が足りないというのかもしれない。何にせよ、ファルケンはアルコールが苦手なのだった。
「だろ?お前はいい奴だよなあ。だから、飲め!とことん飲め!死ぬほど飲め!」
 レックハルドに後ろからドンと叩かれて、ファルケンは顔をしかめた。コレは飲まないとおさまるまい。
「じゃ。じゃあ、もらうけど…」
「そうそう、人間も狼人も素直が一番〜。おら、ぐぐーっと行け!お前、飲めないわけじゃないんだろ!この際だ、飛べ!」
 何を飛ぶんだ。などという突っ込みをする暇も与える事もなく、レックハルドはかなり大きい器をどかんとファルケンの前に置き、肩などをくんで、大笑いし始めた。
「…レック、酒癖悪いんだな…」
 ぼそりと呟き、ファルケンは意を決して器を掴んだ。

 
 足元の草は焼き焦げた。シャザーン=ロン=フォンリアは、目をうっすらと開けた。
 赤い液体が描いた魔法陣が、まだ禍々しい光を放っている。黒いオーラが、すうっと地面から出て、それから空に一気に駆け上る。上空で何かがはじけて飛んだ。黒い欠片が、四方に飛び散って消えた。
「シャザーン=ロン=フォンリア!」
 不意に彼を呼ぶ声がして、シャザーンはゆっくりと後ろを振り向いた。姿は見えなかったが、そこから尖った細い木片が彼めがけて飛んできた。シャザーンは腰につけていた剣を引き抜き、それを払った。
司祭 ( スーシャー ) …」
 ふっと三人の男の姿が見えた。顔自体ははっきりと見えない。
『何をした!』『何をした!』『何をした!』
 違う声が、同じ言葉を繰り返していった。それはわずかに反響して聞こえた。
「……五つめの封印を解いた」
 シャザーンは静かに答える。
『自分のやっていることがわかっているのか?』
 三つの声が、不思議な音響を見せた。それは、相手を責め立てるような声だったが、シャザーンの態度は、変わらなかった。
「あなた方には、私を止める事は出来ない」
 彼は、剣を下げたままゆっくりと呟いた。
「それが、全ての答えだ」
『…何をいうか!』
 司祭 ( スーシャー ) の声が一つになり、シャザーンに向けて強風が吹きつけた。彼の金色の髪が、ばさばさと揺れたが、それ以上、彼を傷つけることはできない。
『辺境を消す気か、シャザーン!』
「…………」
 シャザーンは無言になり、わずかに目を細めた。
『人間との混血であるお前が、母なる辺境を壊そうとでも言うのか!』
『お前は、辺境の恩恵を考えた事があるのか!?』
『一体、何をするつもりだ!』
 シャザーンは、顔を上げた。
「何を話しても無駄なことだ。…あなた方は、私の話を聞いてくださらない」
 残念そうな声だった。だが、その言葉の裏には、一歩もひくつもりのない強い意志が感じられる。
「…だから、私も、こうして強硬手段に…出るしかないのです」
 びしいっと、目の前の細木が縦に裂けた。
『シャザーン!』
 一人の司祭 ( スーシャー ) の声に、怯えが混じっていた。だが、シャザーンは退かない。
「力では、あなた達は私には勝てない…。だから、…あなた達は引くしかない」
 シャザーンは、目を閉じる。木々が、怯えるようにザワザワと震えた。それから、枝がパンと大きな音を立てて弾ける。後ろで、わずかに悲鳴が聞こえた。司祭 ( スーシャー ) の一人が負傷したらしかった。別の声が、彼に向けての声を上げた。
「やったな!」
 その声とともに、何か光の弾が飛んでくる。だが、それも彼の目の前で弾けて消えた。力の差はあまりにも圧倒的過ぎた。司祭 ( スーシャー ) が、ぐっと悔しそうに歯噛みしたのを、シャザーンは闇の中の気配で感じた。
「無駄な争いはしたくはない!」
 シャザーンは叫んだ。
「…どうか、…ここは退いてください」
『このままでは済まされない。』
 応えはすぐに返ってきた。シャザーンは、哀しげな目を彼らの気配がする闇の中に凝らした。
『…お前を動かしたのは、人間だな?』
 シャザーンはゆっくりと首を振った。
「そうじゃない」
 だが、司祭 ( スーシャー ) の声は彼の言葉を半ば無視した。
『…何にせよ、お前は許されない事をしている。このままでは済まされない。』
『そうだ。我々にも考えがある。』
『シャザーン…、我々にも対抗手段ぐらいあるのだからな。』
 シャザーンは、無言だった。少しうなだれたようにも見える彼の前から、一人一人、気配が去っていく。
『…かならず…』
『人間とお前から辺境は守ってみせる』
『どんな手を使っても…』
 司祭 ( スーシャー ) の気配が消える直前に、そうした声が彼の耳に届いた。
『辺境の恩恵を受けぬ、混血のものよ。我々の命に賭けても…お前の好きにはさせない。』
 はらり…。と葉が落ちた。
 もう、司祭 ( スーシャー ) の気配はなかった。後に残ったのは、傷ついた辺境の大地だけである。自分の力で張り裂けた木々の深い傷を見て、シャザーンの心は痛んだ。
「…ごめん…」
 彼は、蚊の鳴くような声で呟いた。辺境の森はざわめくばかりで、答えをくれない。彼を恨んでいるのか、それとも許してくれるかどうかもわからない。そんな木々を傷つけるのは、とても辛かった。彼らは何も、悪くないのである。
 しかし…
「…僕はしなければならない」
 彼しか、できないことだった。そして、これは、全ての悲劇を回避する唯一の方法でもあった。…少なくとも、彼はそれを正しいと信じていた。
 ざわざわざわ
 辺境の森は不安に揺れた。黒い半透明の浮遊するものが森の中を、駆けめぐっているのを眺めながら、シャザーンは暗澹たる気持ちになった。だが、どうしようもなかった。


 ファルケンは、八杯目の酒を口に入れた後、横ですっかり酔っ払っているレックハルドを心配そうに見た。ファルケン本人は、全く顔色すら変わっていなかった。そもそも、大柄な狼人はそれだけ酒の回りも遅いのであるが、ファルケンはその中でもどうやら特別な方らしい。自分では気付いていないが、ファルケンには酒豪になれる素質が完璧にそろっているのだった。
「レック、だ、大丈夫か?」
「あったりまえよ〜!この位で酔っ払ってたまるか〜!ちょっと眠いだけだ〜!」
 おかしなレックハルドの応えに、ファルケンは心配そうな顔をする。
「そ、それって、酔っ払ってるって言わないか?」
「いわねえの!とにかく、オレは酔ってない!」
 と、言いながらも、本当はかなり酔いが回っていい気分だった。レックハルドは草の上にばったりと倒れこみ、上を仰ぐ。森の木々がうまいことそこだけ抜けて、丸い月が見えた。月というものはあんなに大きいものだっただろうか。レックハルドは妙に不思議な気がした。
 ふわあっと何か降りてきた気がしたが、レックハルドはよくわからなかった。それは、綺麗な女性達である。全員、うっすらと光っていて、まるで天女か何かのようだった。
(飲みすぎて幻でも見えたかな〜)
 くすくすくすと笑い声がした。声も不思議だ。皆同時にしゃべっているようであり、二重三重に響いて聞こえるようだった。
『このひとはだあれ?』『いやねえ、ファルケンのつれてきたひとよ』
『うふふ、ファルケンがひとをつれてきたのははじめてね』『あたしたちも人間とおはなしするのは初めてよ』『あはは』『眠ってるわよ。』『大丈夫、すぐに目を覚ますわよ』
 驚いてレックハルドは起き上がる。自分の話題が話されているらしい。コレは夢でも幻でもない。彼が驚いていると、ファルケンが応えた。
「妖精だよ」
 ファルケンは素面そのものの顔で応える。それをみて、レックハルドは密かにファルケンとは酒では勝負しない事を心に決めた。
「普段は森の奥にいるんだけど、時々でてくるんだ。大体、狼人が集団なのに対して、妖精は単体でいることが多いんだけど、集団 ( チューレーン ) のいる場所に大体そって移動してるから」
「へぇえ。そうなのか?」
 レックハルドは応えて、うっすらと淡い紅色に輝く衣をまとった女性達を見た。それはあまりにも幻想的な風景だった。妖精なら、あのロゥレンやミメルなどとはあったことがあるが、彼女達と少しイメージが違った。容姿が少女ではなく大人の女性なせいなのだろうか。そして、こう集団になると彼女達は話できくよりも美しかった。
「レナルの集団 ( チューレーン ) についてきた連中だから、皆人間好きだから恐がる事ないよ」
 といってファルケンは、妖精たちに微笑んだ。
「ケレスにレルルナ、ファーランシュ。久しぶりだな」
 妖精たちはくすくすくすと笑った。誰が誰なのか、見た目ではわからなかった。
『ファルケン、よこにいるのはどなた?』『紹介しなさいよ。』
「ああ、レックハルドって言うんだけど」
「ど、どうも」
 いきなり話を振られてレックハルドは、少し焦る。あはは、と妖精たちが、不思議な声をたてて笑った。何ともいえない幻惑の音色である。まるで不思議な竪琴の音のようだ。
『あら、かわいい』『まだ若いのねえ』『うふふ、マジェンダ草原の人と話すのは初めてだわ。』
 笑われて、レックハルドは少し言葉に詰まる。酔っ払っているだけではなく、この不思議な女性達に圧倒されてしまった。普段ならある程度返せるのだが、このときばかりは無理だった。だが、彼女達は、レックハルドが応えなくても別に構わなかったようだ。くすくす笑いながら、続ける。
『踊りましょ。草原のひと』『そうそう、踊らないのはつまらないわ』『さあ、皆で踊りましょう』
 そういって彼女らは、レックハルドの手を引っぱった。こんなに輝いているのに、彼女達はしっかりと実体もあるし、結構力も強い。
「あ、あのちょっと…」
 すでに酒がかなり入っているレックハルドは、慌ててそれとなくファルケンに助けを求めたが、ファルケンは微笑んだだけで助けてはくれなかった。
「踊ってきたらいいじゃないか」
「お、お前、オレが今日、一体何杯飲んだと…」
 そう冷静にいっているレックハルドは、すでにかなり酔いがさめてきている。だが、だからといって、踊りたいような気分ではなかった。かなり眠いのである。
『大丈夫、大丈夫』『あなたは若いもの』『ちょっとぐらい無理なさいな』
 妖精たちは笑いながらそういって、向こうですでに踊っている妖精と狼人の輪の中に、レックハルドを導いていく。輪の真ん中には、炎ではなくしろい光が立ち上っていた。何の光だろう。
『ファンダーン・トリラムよ。魔幻灯の木っていうの。…その木の実はああやって光るから、集めて固めて、私達は夜の光源にすることがあるわ』
 妖精が彼の思いを察したらしく、微笑みながら言った。
『あんな風にきらきら光るの。炎よりも明るいわ』『すごいでしょ?』
「へえ」
 レックハルドは、普通に感心した。
『さあ、踊りましょ!』
 妖精たちが、周りをふわりと舞い始める。気付くと、どこからか木を叩くリズムのいい音が聞こえてきていた。混じって、軽快な弦楽器の音がする。
 そして、歌声が聞こえていた。当然、レックハルドには意味がわからない言葉だった。意味はわからないが、それは些か心地のいい言葉だった。何となく、踊りたいような気分になり、レックハルドは気がつくと、子どもの頃覚えた、彼の故郷の踊りを踊っていた。


「よお!」
 突然、後ろからレナルが現れ、ファルケンはそちらに振り向いた。
「楽しんでるか?」
「うん、十分楽しいよ」
 ファルケンはにこにこしながら言った。向こうでは、もうレックハルドが軽快なステップを踏み始めていた。
「今までの宴も祭りもひっくるめて、今日が一番楽しいな」
 ファルケンはいい、それから杯の酒をこっそり果実ジュースと入れ替えた。やはり、アルコールはまだなじまないのである。
「あいつ、レックハルドだったっけ?すごくいい奴だなあ」
 レナルがしみじみといった。
「うん。レックはとってもいい奴だ」
 ファルケンは、得意げに言った。それから、ファルケンは、今までレナルが見たことの無いような自信に満ちた顔を彼に向けた。
「…オレは、だから、しばらく辺境には帰らないよ。レックとの契約を果たさなきゃいけないからなっ!だから、いいんだ。レナル。オレ、しばらく、外の世界にいるよ!」
「そうか」
 レナルは微笑んだ。
「じゃ、お前も踊って来いよ!久しぶりなんだろ?」
 ファルケンは頷いて笑った。
「そうだな!じゃあ、オレ行くよ!レナルも来るんだろ」
「あたり前だ!」
 レナルはばっと立ち上がった。
「宴会に踊りはつき物だからな!コレはオレが人間の世界で覚えた一番最初のことだ!」
 勘違いしやすいレナルなので、どこまで正しいかはともかくとして狼人も妖精も踊りというものが本来すきなのだった。
「なるほどな。じゃ、行ってくる!」
 ファルケンがそう応えたとき、レナルは酒の入った瓶を一気飲みしているところだった。
 踊りはいつの間にか、ファンダーン・トリラムの光を囲むようにして皆が輪になっていた。それにレックハルドが気付いたのは、もう随分たってからである。彼の横では、美しい妖精が、楽しそうに光を振りまきながら踊っていた。レックハルドが、妖精と狼人に囲まれながら踊っていると、ファルケンが輪の中に飛ぶように入ってきた。
 優雅に踊る妖精とは対照的に狼人の踊りはかなり激しい踊りで、文字通り飛んだり跳ねたり宙返りしたりするものが多い。ほとんどアクロバットに近く、いくら身の軽いレックハルドでも、アレを真似しようという気は起きない。体力がもたないのだ。
 その中に入ってきたファルケンは、彼の外見から考えられないほど軽快なステップを踏んでいた。アクロバティックなものの多い狼人の踊りの中でも、群を抜いて身の軽い踊りを踊りだしていた。普段、のそっとしたイメージのあるファルケンのこの意外な一面に、レックハルドは、驚いてぽかんと口をあけた。
「何だ、お前、そういうことも出来たわけだ」
「…え?知らなかったっけ?」
 ファルケンは首をかしげながら、空中でくるりと一回転した。
「ちっ。そんなのが出来るんなら、お前と組んで大道芸人て手もあったのに」
 踊りながらレックハルドは、そんなことを言う。
「ま、いっか。次から、その興行も考えておこう!」
 レックハルドは、そう決めて踊る事にした。それは、まるで幻のような光景だった。レックハルド自身、どこにいるのかわからなくなるほど……。時間の流れを感じることもなくなる。まるで、別世界に迷い込んだような錯覚を覚えるほどだった。
「レック、楽しんでもらえたかなあ」
 ファルケンが、そうっと訊いてきた。
「そうだな!」
 レックハルドの答えは、ファルケンが思っているよりも随分と素直である。
「あはは、今日はとても楽しかったぜ!オレ、こんな楽しかったのは久しぶりだ!」
 レックハルドは大笑いした。直後、突然疲れが襲ってきた。踊りつかれたレックハルドは、ふらふらふらっと脇にそれるとそのままそこに倒れこんだ。疲れていたせいだろうか、彼は一瞬にして睡魔に引き込まれた。
「レック!」
 ファルケンが心配して、そばに寄ってきたようだったが、彼が寝息を立てているのをみると、どうやら安心したらしかった。
「ああ、レック、寝ちゃったな〜」
 ファルケンの声がぼんやりと聞こえてきた。
「はは〜、飲み疲れたんだろ!」
「寝かせてやれよ!でも、オレたちもそろそろ眠いなあ〜」
 狼人の声が、聞こえてきた後、大あくびするような気配がした。レックハルドの意識は、その辺りで途絶えた。後は、騒ぎの余韻が、彼に心地よい眠りを与えてくれた。 
 数十分後には、彼の周りでは、すでに狼人と妖精がぐっすり眠っていた。彼らも、やはりそろそろ疲れを見せていたのだろう。酒瓶を抱えたり、石を枕にしたり、皆、思い思いの格好で泥のように眠っていた。レックハルドの横の方では、レナルがなぜか鍋を抱えたまま眠っていたり、ファルケンがからになった杯を頭に被ったまま大の字になって寝ていたりした。勿論、レックハルドは、これらの事を知らない。彼が知っているのは、心地よい月夜の下で見た、何ともいえない楽しい夢だけである。
 朝が来るまで、彼らは月の下、思い思い楽しい夢を描いていた。

 そう、朝が来るまでは……





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©akihiko wataragi
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